結論
気がつくと、視界が真っ白だった。
あぁ、ここが天国か、と彼は思った。
頭がぼんやりとする。
なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
そういえば、罪を犯して死んだのに、なぜ天国にいるのだろうか。もしかしたら、これから地獄に落とされるのかな。
ふと、妙なものが視界に映った。見たことがあるものだった。
蛍光灯。へー、天国にもこんなものがあるのか。
その時だった。急に大きな叫び声が聞こえた。
「……! 意識が戻ってる!? 大至急院長を呼んできて!」
インチョウ…………? 何の話だ?
誰かがバタバタと走ってくる音がした。
「結城さん! 結城さん! 意識ありますか?」
誰かの声がした。男の声だった。
次の瞬間、白衣を着た男性が、視界に入ってきた。首には聴診器を掛けている。
彼は驚いて飛び起きた。
見るとそこは、天国でも地獄でもなく、ただの病室だった。右手には窓があり、そこから暁光が射し込んでいた。
「ここは……?」
「はぁ、意識が戻って良かった! ここは病院ですよ」
「病院……、どうして……死んだわけじゃなかった……?」
その時また一人、病室に駆け込んできた。
「結城くん! 目を覚ましたっていうのは本当か!」
彼の友人だった。
「あぁ、どうやら本当に生きてるようだ! 一体僕に何があったんだい?」
「何があったも何も、君は一週間もずっと意識不明の重体だったんだよ」
「意識不明? 一体どうして?」
「本当に覚えていないのかい? 君はあの日、レストランで一緒に食事をとった日、喧嘩を止めに入っただろ?」
「うん」
「その後、君はワインを飲み過ぎて、帰り道の階段で転んで頭を打ったんだ。結構酷く頭を打って、君は意識不明の重体になった。脳挫傷による外傷性くも膜下出血が原因だよ」
「そんなことが…………」
彼はハッとした。
「……! ということは、今まで見ていたものは夢だった……?」
「夢を見ていたのか?」
「あぁ、自分が死ぬ夢」
「えっ!」
「何かよく分からないけど、途中から君の視点になってたような……」
「はぁ」
「それより僕、君に言わなければいけないことがたくさんあったんだ。君に色々謝らなければいけないことが」
彼の言葉はそこで途切れた。彼はその先を続けることが出来なかったのだ。
視界が歪んで、滲んでいった。
気がつくと、大粒の涙が彼の頬を伝っていた。
「……どうした?」
友人は、狼狽えた様子で聞いた。
「……いや、…………夢で良かった……、死んでなくて……」
「えっ?」
「……じゃなきゃ一生、……後悔してた」
彼は少し気持ちを落ち着かせ、夢の話を友人にした。全てを包み隠さず打ち明けて。
もう彼は、友人に真実を話すことに、抵抗はなかった。
友人は、最初相槌を打ちながら話を聞いていたが、途中、話に合わせて笑ったり、泣いたりして聞いていた。
夢の記憶は、自分でも驚くほど鮮明だった。滞りなく友人に話すことができた。
漸く話終えたときには、二時間も経っていた。今まで隠してきたこと全てを打ち明けたので、何だかとても清々しい気持ちだった。
「……そうか、そんなことが…………」
友人は話の余韻を味わった後、声を発した。
「夢のお陰で、今死んだらたくさん後悔するって気付かされた」
「……結城くん、よく聞いておくれ」
「何だい?」
「不意打ちにあったんだよ、甥は。柔道の試合で甥に負けた相手が、逆恨みして仲間と共に甥を突然襲ったんだ。抵抗する余裕も無かったそうだ」
「まさか……」
「つまり、正真正銘、君のせいではないよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない! 君は知らないかもしれないが、あの後、暴行を加えた少年が裁判でそう証言している」
「そんな……」
「だから…………、だから、君は生きろ! せっかく怒りとも向き合えたんじゃないのか?」
「…………」
「そうだ、君を心配している子達がいるよ。君が意識不明の間、何度も大勢でお見舞いに来てた」
「……!」
「その子らの為にも、まだ生きなきゃなんないんじゃない?」
「…………、そうだな」
「よし、それじゃあ、早く退院して会いに行ってあげなよ。君の意識が回復したのは、私が伝えとくから」
「ありがとう!」
いつの間にか太陽は高く昇っていた。空は、春らしく霞んでいたが、彼の心に広がっていた厚い雲は幻だったのか、心はすっきり晴々しかった。
皆さん、初めまして。神尾点睛です。
『怒り』を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
さて、この小説を書き始めたきっかけは、何となく怒りという感情の存在意義を再確認したかったからです。
この小説の主人公、結城は、怒りこそ諸悪の根源だという考えでした。この考え方は、僕の小さいの頃の考え方に似ていました。僕の小さいの頃の考え方は、結城ほど極端ではありませんでしたが、みんながみんな怒るのをちょっと我慢するだけで、みんな幸せになれるんじゃないかと思っていました。よく、親や先生が子供に叱るときに、「怒りたくて怒ってるんじゃないよ!」と言いますが、「じゃあ、怒るなよ!」と子供の頃思った方も多いと思います。そんなイメージです。
けれども、大人になるにつれて、段々と、怒ったり、怒られたりということも、必要なことなんだと理解していきます。それが理解できなかったのが結城なのです。ある意味子供なんですね。ですが、それは決して悪いことではないと思います。よく言えば、子供のように素直だということです。
最後に一つ、この小説の執筆中の裏話をお聞きください。
第6話から第7話の展開に驚かれた方も多いかと思いますが、実は当初、この小説の結末は、主人公が自殺して終わるという予定でした。ですが、それだと暗くなって、つまらないかなと思い、どうしようか迷っていたとき、うっかりそのまま微睡みに落ちてしまいました(笑)
起きたときに、ふとこれは使えるかもと思い、急遽第7話を追加し、一転主人公を生き返らせました。
第4話の途中から、友人の視点なのは、その名残です。
長々と書いてしまいましたが、読んでくださり本当にありがとうございました。よろしければ、感想をお聞かせください。お願い致します。




