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怒り  作者: 神尾 点睛
6/7

告白

『あなたがこれを読んでいるということは、もう僕はこの世にはいないのでしょう。


  まず最初に断っておきますが、これは、遺書なんかじゃありません。僕の犯した罪の告白文です。僕は、いつかあなたに話さなければならないと思っていながら、とうとう話すことなく自殺を選びました。本来、あなたに直接話すべきことであることは分かっていました。しかしどうしても、直接話す勇気がありませんでした。我ながら卑怯な奴だと思っています。でもどうか、最後まで読んでください。あなたにこの真実を伝えなければなりません。


  僕は三年前、人を殺めました。その子は、僕の教え子でした。とても聞き分けがよく、素直で優しい子でした。

  今でも忘れられません。その子の遺体を見たときのことは。身体中あちこち傷だらけで、無残な有様でした。

  一体何があったのかと話を聞くと、不良に絡まれて暴行を受けて殴殺されたと聞きました。僕は驚きました。彼は柔道部のエースでした。そんな彼が、高が不良如きに負けるとは到底思えなかったのです。

  しかし、更に驚くべきことに、検死結果に拠ると防御創が無かったのです。つまり、彼は対抗できる力を持っていたのにも関わらず、何もせずにただ黙って殴られていたのです。それも自分が死ぬまで。警察や彼の両親は、なぜ彼が抵抗しなかったのか、分からなかったようでした。でも僕には、彼が抵抗しなかった理由が分かってしまいました。

  紛れもなく僕のせいなのです。僕があんなことを教えなければ、彼が死ぬことは無かったのです。僕が彼を殺したも同然です。彼は最後まで、僕の言ったことを守り続けたのです。何があっても怒るなという言葉を。痛かっただろう。辛かっただろう。

  しかし僕は、その事を彼の両親に言いませんでした。言わなければいけないと思いつつも、お前のせいだと咎められるのを恐れ、言えませんでした。やっとのことで言えたのは、

  「僕のせいです」

  という言葉だけでした。それに対する両親の返答は、

  「そんなことはありません。先生のせいなんかじゃありませんよ」

  という温かい言葉でした。それは、本当に温かい言葉でした。あまりに温かかったので、思わずその言葉を信じてしまいました。僕は、彼の両親に本当のことを言わなかった挙げ句、温かい言葉を恣意的に解釈してしまったのです。

  僕はその後も、その言葉だけを信じて、再び生徒たちに、怒りの愚かさを説くようになっていきました。


  そんなある日、ある男と知り合いました。その男は、僕のことを覚えていなかったようでしたが、僕はその男を前から知っていました。

  その男は、亡くなった生徒の叔父でした。前に一度だけ、体育祭を見に来ていた時があったので、覚えていました。でも、初対面であることには変わりないので、その話はせずにいました。

  その男とは、すぐに意気投合し、まもなくして互いに良き理解者となりました。

  ある時、会話でさりげなく亡くなった彼の家族のことを聞いてみました。すると、驚いたことに、彼の両親は、あれから暫くして立て続けに病に倒れ、逝去されていました。彼の遺族は、もうその男だけでした。その男に話さなければ、もう彼の遺族の誰にも、真実を話すことが出来なくなります。その男と知り合ったのは、神様がくれた最後のチャンスだと思いました。しかし、どんなに仲良くなっても、彼の死の本当のことは、やはり言えませんでした。

 

  そんな折、あの事件が起こったのです。あなたもご存知の通り、僕はあの事件で自分の教えてきたことの間違いを、まざまざと見せつけられました。でも、実は既に知っていました。僕の教えてきたことが間違いだったこと。本当は、彼が死んだときに気がついていました。それなのに、僕は正当化し続けてきました。見て見ぬふりをしてきました。

  あの事件がきっかけで、僕は正当化を止めました。もう潮時だと思いました。今更止めたって、もう遅すぎることは分かっていました。彼の両親はもういません。彼の叔父にも今更言い出せません。

  けれども、止めるとなんだか、すっきりしてきました。そうして初めて、気がつきました。ずっと咎められることを恐れて黙ってきたけれど、正当化を止めて、間違いを認めた方が、実は気持ちがいいのだということに。ずっと僕は正当化して、自分に嘘をついて、苦しんで来たんだって。やっと、苦しみから解放されるんだって。そう思うとなんだか、今すぐ死んでも後悔しない気がしました。いずれにせよ、僕は多くの人を騙してきたのだし、死ぬべきだと思っていました。


  こうして僕は、段々と自殺の方向へ傾いていったのです。またその過程で、僕は生来嫌ってきた怒りと、向き合うことが出来ました。僕が、怒りについて下した結論は、怒りは人間と切っても切り離せない存在であるということです。怒りがあるから、喜びがある、楽しみがある、悲しみがある。その事にやっと、気がつきました。僕は決して、絶望して死んだのではありません。また、苦しんで死んだのではありません。寧ろ、喜んで、そして、希望を持って、死にました。ですから、どうか、あなたは悲しまないでください。


  最後に、あなたにお願いがあります。僕は先ほど、後悔無く死んだと言いましたが、一つだけ後悔があるとすれば、遺された生徒たちのことです。

  彼らには、僕の間違いに付き合わせてしまいました。そんな彼らに、僕は償いをしなければなりません。

  単刀直入に申し上げます。彼らに、僕の過ちについて、話してあげてください。そして、僕の考えは間違っていたと伝えてください。ただ話すだけでは、彼らは容易には受け入れてくれないかもしれません。僕が徹底的に教え込んでしまったので。そこであなたには、このことを、本にして出版して欲しいのです。生徒たちには、その本を課題図書として、読書感想文を書かせるようにします。誠に勝手ながら、校長には既に話を通してあり、あなたが本を出版すれば、その本を授業で利用するという手筈になっています。

 

  どうか、彼らが、僕と同じ過ちを犯さないように、また、僕の罪を世間に公表するために、あなたが本を書いてくれることを願っております。


  さて、ここまで読んだあなたは、もうここに書かれた死んだ生徒が誰なのか、その叔父が誰なのか、察しがついている事でしょう。

  あなたには一番、謝らなければなりません。

  あなたが、あの生徒の唯一の遺族だからというだけじゃありません。

  あなたは、最も近くにいて、最も伝えなければいけない人だったのに、最期まで、僕は伝えませんでした。あなたは僕を信頼してくれていたのに、僕は裏切ってしまいました。剰え最後は、あなたにお願いまで遺してしまいました。


  僕は本当に図々しいです。

  あなたの甥に、誤った教えをして死なせた上に、今まで本当のことを黙ってて、本当にごめんなさい。こんな手紙だけじゃ足りないのは分かっています。でも、面と向かって謝れなくて本当にごめんなさい。

  そして、今まで信頼してくれて、一緒に食事をしたり、会話をしたりしてくれて、本当にありがとう。さようなら』

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