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45.『なんでも』禁止令



 友達がホワイティの中の人をやってる、と告げた時の杏ちゃんの喜びようと言ったらなかった。

 先にアヴェルさんと出会ってたのも大きいのかもしれない。ジェームズ大佐とホワイティが揃う訳だし。

 くるみがやってたホワイティは着ぐるみだけど、あの通りの目が眩むような美少女だから、コスプレとかしたらきっと本物そっくりになる。その上、アニメ顔負けのアクションが出来るとなれば……かつてないほどのハイテンションな杏ちゃんが見れる気がする。ちょ、ちょっと見たい……。


 今度絶対会わせてくれ! なんでもするから!とお願いしてくる杏ちゃんに「なんでも」は気軽に使っちゃ駄目、と釘を刺してから、あたしは迎えに来てくれたアヴェルさんと共に帰宅した。


 そして、玄関先に立つ彫像のようなくるみに遭遇した。


 ぴくりとも動かず、無表情で玄関前に立つ美少女。ちょっと異様だ。普通に怖い。見つけた瞬間軽く後ずさるくらいには。

 慌てて携帯を確認し、メール画面を開いてみるけれど、特に連絡もなかった。何の理由で訪ねてくれたのか分かればまだ恐怖も薄れるんだけど。


「……くるみ? どうしたの、なんか約束してたっけ……?」

「皐月ちゃん」


 いつになく静かな声で呼ばれ、くるりと此方を向いたくるみの真剣な顔に、やぱり思わず後ずさってしまった。

 後ろに立つアヴェルさんにぶつかってしまう。

 特に力をかけることもなく支えられて背を正す。過剰反応にもほどがある気がするが、だって、ほら、今のくるみ、完全にあの喫茶店の時と同じような顔してるし。


「皐月ちゃん、首と心臓どっちが良い?」

「え、そ、それはこう、と、取ってやるぞ的な?」

「捧げに来たの」

「さ、ささげに」


 ささげ煮。豆が浮かぶけどきっと違う。脳みそが混乱してる。

 首と心臓、ってどっかで聞いたな、と思い返して、件の喫茶店で聞いた覚えがあったと思い出す。

 そういえば詫びに差し出すだとか何だとか言われた気がする。詫びられなければならない程のことだとは思っていないし、そもそも詫びにしても仰々しすぎるから要らないんだけど……。


「くるみ、きっと戻らなきゃいけないから、早めに捧げようと思って」

「戻る?」

「戻らなきゃいけないからこんなことになってるの、師匠は優しいけど気難し屋だから、でもきっとくるみが生きてくにはあっちの方が向いてるんだと思う」

「えっと、くるみ?」

「師匠のこと大事だし好きだけど皐月ちゃんと香菜ちゃんと離れるのやだし、お詫びに心臓か首を置いてけば寂しくないかなって」

「あのね、くるみ、ちょっと、」

「転移術ってすっごい難しいから、くるみ魔法の心得ないし、あっちこっち行き辛いし、会えないかもしれないし、折角友達になったのに、でも迷惑かけたからもう友達じゃないかも、」

「くーるーみ!」


 出会った当初よりは大分テンションが低いものの、出会った当初と同じような話の通じなさを感じさせるくるみの頬を、少しだけ勢いをつけて両手で挟む。

 ぱちん、と軽く音が鳴った。同時に、陰っていた瞳がぱちりと瞬く。どうやら、意識はこっちに向いてくれたようだ。


「とりあえず、中に入ろう? それであたしにも分かるように説明してくれる?」

「……うん、ごめんなさい」


 しょんぼりと項垂れるくるみを笑って促す。アヴェルさんが玄関扉を開けてくれていたので、先にくるみに上がってもらった。

 その後姿には本当に元気がない。

 ほぼ一年がかりで成し遂げようとしていた計画が中途半端に終わったんだから、凹みようも分からなくはないんだけど、それとはまた別の理由で凹んでいそうな背中だ。


 ちょこん、と所在なさげにテーブルの前に座るくるみにお茶を出す。

 テーブルを囲んで一息ついて、話を聞く体勢に入ったあたしに、くるみはいつもよりも覇気が無い声で話し始めた。


「この間、怖い思いをさせて迷惑かけたお詫びに、首か心臓を捧げに来たんだ。竜族の最上級の謝罪で、得た者は聖女の祈りを受けたのと同じくらいの加護を身に宿すんだよ。もう皐月ちゃんが怪我したりとかなくなると思って。心臓があれば首は生えるし、首があれば心臓がなくても動くから、どっちでもいいんだけど……」

「……先に言っとくけど、別にどっちもいらないからね」

「えっ、ど、どうして!? 皐月ちゃん、泣いたくらい怖かったって聞いたよ、お詫びするのは当然のことで、」

「誰から聞いたの!? 香菜!?」

「う、うん」

「くっ、あとで春菊クッキー食わせてやる……!」


 高校生にもなってお兄ちゃんに泣いて縋った話とか、友達に広めるんじゃない!

 別に喜々として広めた訳じゃないだろうし、心配してくれたのは分かるけど、羞恥を忘れようとしてるあたしにとってはちょっと辛い事実だ。よって春菊クッキーの刑に処す。

 拳を握り固めるあたしに、くるみは少し困惑した顔で首を傾げていた。いけない、話の腰を折ってしまった。


「兎に角、首も心臓もいらない。そもそもそんなに謝らなくてもいいし、でも、うーんと、謝罪がしないと落ち着かないっていうなら……そうだな、なんかあるかな……」

「なんでも言って! なんでもするから!」

「なんでもは気軽に使っちゃ駄目――あ、あった」


 ついさっき同じことを言った相手、杏ちゃんの顔を思い出し、お詫びをしないと落ち着かないくるみの気持ちを平和的に収める方法を思いついた。


「くるみ、ホワイティのショーやってたって言ってたよね? あたしのバイト先の子がホワイティ☆ベル好きでさ、くるみに会いたいって言ってるの。会ってあげて、ちょっとショーの真似とかしてくれたらそれでいいよ。バイト先にも迷惑かけたし、それがお詫びってことで」

「ああ、八助の一人娘さん」

「そう八助の。……あたし、くるみにバイト先の話したっけ」

「ううん?」


 なんで知ってるんだろう、と思うが、そういえばくるみは自宅もバイト先も知ってるんだった。今更だけど、くるみ、最初は普通にあたしのこと付け回してたことあるんだよな……。なんだか遠い昔みたいな記憶になってるけど。

 まあいいや、前後が逆になったくらいで、友達なら知ってることだし、友達になったなら別に問題ないし。


「本当にそれだけでいいの? 場合によっては血の契約も結べるけど……」

「本当にそれでいいよ。だから次々と物騒な話題を出してくるのやめて、普通でいいから、普通で」

「普通……」

「友達なんだから、首とか心臓とか捧げたり、血のなんとかってのもいらないよ。あれはもう、犬に噛まれたと思って忘れるし、ね。だからくるみも忘れていいよ、あの、特に、あたしが泣いたところとか忘れて」


 そこは本当に忘れて。あたしも忘れるから。忘れるのは得意な方だ、多分。

 『普通』からかけ離れている自覚はあるらしいくるみは心底困った顔をしていたけれど、『友達だから』と聞いたところでほっと息を吐いて、嬉しそうにはにかんだ。

 うんうん、そうして笑ってくれてるのが一番良い。

 そう思ってあたしもほっとしたのだけれど、くるみの表情は何故かまたすぐに陰ってしまった。


「くるみと友達でいてくれるの、すっごい嬉しい。嬉しいんだけど……もしかしたらくるみ、ファブルヘイムに戻らなきゃいけないかもしれない」

「え? 戻るって、でも、どうやって? なんか、転移術とかがいるんじゃなかったっけ、もしかして、お兄ちゃんに頼むとか?」

「ううん、くるみにはこれがあるから、ファブルヘイムに戻る……っていうか、喚び出されることだけは簡単に済むんだ」

「ちょっ、待っ、くるみ! 待って、ストップ!!」


 これがあるから。そう言って示されたのは、胸元に光る黒く輝く宝石だった。胸元に。胸元だ。つまり、くるみは今、ふわふわのブラウスの胸元を無造作に開けている。

 そして今、あたしの隣にはあたし達の話を邪魔しないように黙って聞いてくれているアヴェルさんがいる。

 今までの人生で一番早く動いた自信があった。慌てて隣に座るアヴェルさんの顔を覆うが、それより先にアヴェルさんは少し眉を寄せて目を閉じていた。

 あ、ありがとう、ごめんね。あたし、無駄なことしたね。


「クルミさん、淑女がみだりに素肌を晒すのは如何なものかと思います」

「あ、そういえばアヴェルさんいたね。忘れてた」

「お邪魔でしたら、このまま席を外しましょうか」

「別に、いてもいいし、見てもいいよ。くるみ、分類的には神族と精霊の中間みたいなものだから、別に素っ裸でもいいし」

「何が何だか分かんないけど、それはよくないでしょ、くるみ」


 素っ裸はよくないでしょ。神族と精霊の中間だから素っ裸でも良いって、神族?とやらはみんな素っ裸なの? やだよそんな神様……って思ったけど神様って結構肌露出してたり、するね? もういいやこの話は考えるのやめよう。

 花妖精とか素っ裸なのに……と、あまり納得が言ってない様子で呟くくるみを宥めて、胸元のボタンを留める。


 胸元の間に埋め込まれているらしい、黒い楕円形をした宝石。近くで見ると、深い夜空のように小さな光が瞬いているのが見えた。

 ボタンを閉めている間に皮膚の下に潜っていくのを見るに、いつも出ている訳じゃなさそうだけど……まったくもって謎な体をしている。

 もう大丈夫、とアヴェルさんに告げておく。


「それでね、この宝石は師匠の召喚術で召喚された証なんだけどね。この間からこれ、ちょっと熱くなってるの。多分、師匠が戻ってこいって言ってるんだと思う。くるみは、あいつらに痛い目を見せてやるつもりでこっちに来たいってお願いして、師匠もそれに関しては了承してくれたけど、多分、あいつらに痛い目見せた後はいつまでもこっちにはいれないんだと思うんだ」

「……いつかファブルヘイムに行っちゃうってこと? それっていつになるの?」

「分かんない。師匠が決めちゃうのか、くるみの気が済んだらなのか……でも、あんなことになっちゃったけど一応やり返すことはやり返したし、それでこれが反応してるなら……多分、全部終わったら戻るんじゃないかな。春休み明け、とかかも」


 寂しそうに呟くくるみに、どうしてあんなにもしょんぼりしていたのかがなんとなく分かった。

 転移術とか召喚術とかのことはよく分からないけど、あたしよりは理解しているだろうくるみがこうやって落ち込んでいるってことは、もしかしたらくるみは、ファブルヘイムに戻ってしまったらこっちには来れないのかもしれない。


 考えて、もしそうだったら嫌だなと思った。仲良くなり始めた友達が、急に転校することになった寂しさに似ている。

 寂しさがそのまま顔に出ていたのか、あたしの顔を見たくるみははっとしたように頭を振ると、小さく笑った。


「でも、行かなきゃいけないなとは思うの。くるみはこれまで、逃避してたようなものだから」

「逃避?」

「うん。こっちが嫌で嫌で仕方なくて、そしたら向こうに行けて、何も考えずにそのまま受け入れて過ごして、好きなことだけしにこっちに戻って、今度は楽しいことがありそうだから残りたいってのは、ちょっと我儘かなって思う。散々逃げてた訳だし、師匠に寂しい思いさせたい訳でもないし、むしろ師匠には会いたいし」


 なんか急に帰るかもってなったら寂しくなって愚痴っちゃった、と笑ったくるみになんて言ったら良いか迷っている内に、玄関扉の開く音がした。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす」


 次いで聞こえた声に振り向くと、買い物袋をぶらさげたお兄ちゃんとその隣で手を振る香菜が目に入った。

 どうやら二人の用事は済んだらしい。何をやってきたのかは知らないけれど、何をやってきたにしてもやりすぎてきたってことはないだろう。多分。きっと。ちょっと不安だけど。


「おかえり。えーと、なんだかんだ紹介してなかったよね。この子がくるみ。……でも顔見知りなんだっけ?」

「ほうほう、その子がくるみちゃんな。まあ、顔は見覚えがあるけど、どうも知ってる子とはちょっとばかし違う気がするなー」


 靴を脱ぎ捨て――ちゃんと整えてっていつも言ってる気がするんだけど――、なんとも軽やかな足取りでやってきたお兄ちゃんは、無遠慮な視線をくるみに向けると、気が抜けたように座ったままのくるみの前にしゃがみこんだ。

 唐突すぎるお兄ちゃんの登場に呆然としているらしいくるみの前で、お兄ちゃんはへらりと笑う。


「よっ、久しぶりだな一番弟子。元気にして――――うぉおっ!?!」


 色々としんみりとした空気を醸し出していたくるみは、へらへら笑うお兄ちゃんに、一瞬で膝を立てると迷うことなく片手をついて右足でお兄ちゃんの顔面を蹴り抜いた。

 いや、正確に言うなら蹴り抜こうとした。風切り音まで放った一撃をお兄ちゃんはギリギリでかわして、そのまま風圧で飛びかけたテーブルを抑える余裕まで見せつけた。


 そして何故かあたしはアヴェルさんに抱えられたまま部屋の隅に跳んでいた。あ、ありがとう。速すぎてちょっと怖かったけどありがとう。


 って、ちょっと待って。なんで急に戦闘開始してるのかな!? 室内だよ!! いや、別に室内じゃなくても基本的に戦闘は禁止だよバカ!!


「ええぇっ、嘘だろ! よく喋る笑顔の可愛い子って聞いてたんだけど何も変わってなくねえ!?」


 泣き言めいた叫び声を上げたお兄ちゃんが、無表情で蹴りを繰り出すくるみの足を捌いている。

 奇跡的に家具にも家屋にも損傷は出ていないけれど、轟音と共に放たれる蹴りと拳を見るに時間の問題といった感じだ。

 あたしを抱えて離れてくれたアヴェルさんを見上げると、珍しいほどに眉を寄せたアヴェルさんは、呆れを隠すことなく溜息を吐いた。


「見ただけで理性を失わせるようなことを仕出かしたのかあいつは……」

「あっ、あの、ご、ごめんアヴェルさん呆れてるとこ悪いんだけどアレ止められたりするっ!?」

「俺よりサツキさんの一声の方が利くと思いますよ」

「そうだねぇー、利くと思うよ~?」


 あたしを抱えていた腕を放してくれたアヴェルさんと、いつの間にか横にやってきていた香菜に揃って同じようなことを言われる。

 お兄ちゃんから受け取ったのか、買い物袋の中からチョコレート菓子を手に取り齧る香菜は、器用に狭い室内で格闘する二人に目をやると、あたしに耳打ちしてきた。


 えっ、何!? そんなんでアレが止まるとでも言う気!? 正気か!?


 耳打ちされた台詞に目を白黒させているあたしに、香菜は満面の笑みでサムズアップしてくる。

 いや、絶対面白がってるでしょ。こんな意味分からない状況で、よくこんなこと提案できるね、香菜。

 胡乱気な視線を向けてみるも、それ以上の助力をしてくれるつもりもないようなので、あたしは仕方なくお兄ちゃんとくるみに向かって高らかに宣言した。


「ふ、二人とも! それ以上やったら絶交だからね!」


 すごい。馬鹿の極みみたいな台詞を吐いてしまった。


 少し目を放した隙に青白く発光する鎖でくるみの片足を床に拘束しているお兄ちゃんと、いつになく迫力のある無表情で握り拳を作り構えるくるみの前で、阿保みたいな台詞を吐いてしまった。

 けれども何よりも阿呆みたいだったのは、この馬鹿丸出しの台詞で、今の今まで戦闘態勢だった二人がぴたりと動きを止めたことだ。

 瞳を薄く光らせた無表情のくるみと、この世の終わりみたいな顔をしたお兄ちゃんが揃って此方を向いている。


 三秒の沈黙。


「さっ、さ、さっ、皐月ちゃーん!! やだよー! ごめんなさいー!!」

「グワァァッ、やめてくれぇっ、兄でなくなったら俺は何になって生きていけばいいんだーーッ!」

「産業廃棄物とかじゃない?」


 泣きながら飛びついてきたくるみを受け止めて、崩れ落ちたお兄ちゃんが香菜に止めを刺されるのを眺める。

 なんだかめちゃくちゃいい匂いがするふわふわした感触に包まれながらくるみを宥めていると、アヴェルさんが黙々と片づけを始めた。

 ひっくり返ったテーブルが綺麗に整えられ、乱れた絨毯が元通りになる。ついでに蹲ったままのお兄ちゃんを軽く突き飛ばしたように見えたのは気のせいだろうか。


「くるみ、皐月ちゃんとはずっと親友でいたいよ!」

「ああ、うん、大丈夫、親友でも心友でも神友でも幾らでもなるからさ、とりあえず抱き着く力緩めて。首が、ぐぇぇ」


 多分、全然これっぽっちも本気ではないのだろうけど、そこそこの力で抱き着かれているせいでとても苦しい。

 蛇に締め付けられたムツゴロウさんの気持ちが少し分かるくらいには辛い。

 くるみを引きずりつつ、アヴェルさんの片付けの手伝いをする。ようやく落ち着いたのかくるみが離れると同時に、買い物袋を置いた香菜が小首を傾げつつ言った。


「あれあれー、待ってねくるみちゃん、まだ皐月ちゃんの親友の座は私だけのものだよー」

「そうね香菜、あたし達親友ね。だからあとで春菊クッキー食べてね」

「……あれぇー? どうしてかなあ」


 笑顔のまま固まった香菜が一歩引いたのが見えたけれど、構うことなくあたしも笑顔で追撃しておいた。

 わざわざ言わなくても察したらしい香菜が困ったように眉を寄せつつも、諦めたらしく渋々頷く。

 そうして未だ蹲ったままのお兄ちゃんを明確に蹴ると、買い物袋を開いて中から色々と食材を取り出し始めた。


「皐月ちゃん、今日のご飯決めてたりする?」

「え? そういえば、まだだけど。なんで?」

「もんじゃ焼きしない? なんか急に食べたくなっちゃってねー、買ってきたんだ」


 チーズとかキャベツとか明太子とか、使い切れるくらいの材料が入っている。

 どういう経緯があったのかは謎だけれど、まあ、今のところ残ってる食材も足が早いものはないし、予定変更でもいいかな。


「うん、まあ、いいけど。じゃあくるみもついでに食べてく?」

「もんじゃ? いいの?」


 頷くと、くるみは大喜びで連絡し始めた。多分自宅……なんだろう。くるみの自宅(・・)がどうなっているのか、そういえば聞いたことはないけれど、さっき言っていたことが事実なら、くるみは晩御飯を作って待ってくれている人たちの元からも去らなきゃいけないことになる。

 電話してる様子を見ると、帰るのが嫌な場所ではないみたいだし……そうなると別れるのは辛いんじゃないかな。


「…………ねえお兄ちゃん、転移術ってやつのこと、詳しく聞いてもいい?」

「ん? どうした、今まで興味なさげだったのに。ま、まさか行きたいとか言わないよな、駄目だぞ、あんなんすすんで見に行くもんじゃないからな」

「いや、別に行きたい訳じゃないんだけど……あとで説明するね」


 何故か起き上がることなく俯せのままあたしを見上げるお兄ちゃんに上手く言えなくて言葉を濁すと、特にそれ以上問われることなかった。

 まずは食事の準備だ。なんだかんだで夕飯時になってしまっているし、お腹も空いたしね。


「しっかしノーチェの野郎、弟子馬鹿極まってんなあ。ありゃ加護ってより呪いだぜ」


 台所に向かう途中、お兄ちゃんが何か呟いていた気がするけれど、すぐに香菜に踏まれたのか潰れたカエルみたいな声に搔き消された。



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