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40.決行日(前)

二話投稿

1/2


 決行日は終業式当日、場所は学校から少し離れた喫茶店に決まった。

 アヴェルさんがアステルから戻る時間に合わせて、待ち合わせは午後六時。一度家に帰ったくるみは、目一杯着飾った姿で今、あたしの家の玄関先にいる。


「じゃあ皐月ちゃん! ちょっとだけアヴェルさん借りるね!」

「うん、頑張って。でも借りる報告はいらないからね」


 どうして頑なに借りようとするのか。満面の笑みで貸し出し宣言をするくるみに、一応否定を返してはみたけれど、編み込んだポニーテールを揺らして首を傾げたくるみには、上手く伝わっている気がしない。


「あたしはバイトあるから特に出来ることないんだけど、応援はしてるから」

「応援だけで一騎当千な気分だよ!」


 必ず仕留めてくるからね!と意気込むくるみが宙に向かって突き出す拳は、通常ありえないような轟音を立てている。

 本気で一騎当千しそうだけど、くれぐれも本当にぶっ飛ばすことだけはしないでね。あくまで精神的、精神的にぶっ飛ばす感じでお願いします。


「あの、その……それで……お、お、お、お兄様は……」

「え? あ、ああ、今日は普通にバイト」

「そ、そそそ、そっか」


 靴を履き換えて、靴紐を縛りつつくるみを見上げる。

 決行前に訪ねてきてくれた時点でなんかそわそわしてたから、気にしてるんだろうなとは思ってたけど、くるみにとってはお兄ちゃんはよほど大きな存在みたいだ。

 憧れでもあり宿敵でもある、みたいなニュアンス。前髪を弄るくるみはまるで恋する乙女のような顔を……か、顔を……顔を!?


「待ってくるみ」

「待つよ!」

「も、もしや、もしかして、くるみは、うちの愚兄が……その、好き、だったりする?」

「好き?」


 思わずがしっと肩を掴んでしまった。フェミニンな印象の白いワンピースの生地は薄くて柔らかい。その下の肩は普通の女子より少し逞しく、多少力を込めて掴んだくらいじゃびくともしなさそうだった。

 でも見た目は華奢に見えるんだから、龍への転化ってすごいんだな……まあ、半分人間じゃないんだしね……。


 夜の龍、とかいう神様の使い的存在を師匠に持つくるみは、修行の過程でお師匠さんの血を取り込んで、今はもう半分ほどしか人間の部分が残っていない、そうだ。

 転移時の疲弊した精神状態と、異世界での生活、常識はずれな師匠の修行の結果、時折人間的感性とか情緒が薄くなっているらしいんだけど……その場合って、恋愛感情、とかあるんだろうか。


 お兄ちゃんはちょっとちゃらんぽらんなところはあるけど、良いやつだとは思うし、別に人を好きになるのはその人の勝手だと思うんだけど、……もしもくるみがそういう感情をうちの兄に持っているのだとしたら、そう、つまり将来的にくるみがあたしのお義姉さんになる可能性がないこともない訳でさ!?


「んー……多分そういうんじゃないよ。死闘を繰り広げたいけど、恋仲になりたいとは特に思わないな」

「そ、そっか」

「うん。それに、どっちかっていうと、師匠の方が……あ、皐月ちゃん、時間!」


 くるみが、ぱっと見は華奢な手首に巻かれた腕時計を見下ろして声を上げる。

 見れば、五時ちょっと前だ。急がないとバイトに遅刻してしまう。八助までは自転車で数分とかからないけど、安全運転を心がけたい。


「うわっ、やばい! そ、それじゃくるみ、頑張ってね!」

「頑張るー! 皐月ちゃんもいってらっしゃーい!」


 慌てて家に鍵をかけ、自転車に飛び乗る。見送ってくれるくるみを背に、あたしは八助まで自転車を漕ぎ始めた。





 学校でもバイトでも友達との約束でも、遅刻はなるべくしたくない。時間通りに行くと嬉しくなるのは、もうちっちゃい頃からの性分だ。

 その日に何をやるのか決まっているとやる気が出る。両親がいないからやってる、ってのもあるけど、家事もそういう理由で好きだ。

 タイムセールにやる気が出るのも同じ原理かもしれない。

 兎も角、やむを得ない理由以外で遅れたくはない。けれども安全に行動したい気持ちもある。自転車なんて、誰かにぶつかったら自分だけじゃなく相手も大変なことになるし。


 だから、なるべく、あたしは安全運転を心がけていた。


 いたのだけれど。


「流石に、横から蹴り飛ばされたら対処不可でしょ…………」


 体が痛い。腕と太ももを擦りむいた。頭は打ってないし、捻挫も突き指もしてない。擦り傷だけならまだマシかな? マシな訳あるかと言いたい。

 言えるのならね。


 八助に向かう道すがら、人気の少ない路地で突如横から蹴り飛ばされたあたしは、自転車ごと地面に転がっていた。


「そうそう、こいつだよこいつ。最近くるみの近くでちょろちょろして鬱陶しいの」

「…………やはりくるみさんの様子がおかしいのは貴方のせいだったんですね」


 立ち上がることも出来ないあたしを見下ろす影はふたつ。

 沈みかけの夕日と、早めに着いた街頭で照らされたその顔には見覚えがある。

 来栖雷人と、久我みやび。……バスケ部キャプテンと学年一位様だ。一位様のくせに、なんか頭の悪そうなことを言っているのは気のせいだろうか。多分、気のせいじゃないな。


「……傷害で訴えますよ」


 痛みを堪えつつ、自転車を起こして立ち上がる。その瞬間、来栖雷人の足が自転車を蹴っ飛ばした。

 多分、乗って逃げ出さないようにだろうけど、この状況で呑気にもたもた自転車乗って逃げ出そうなんて考える訳ないでしょ馬鹿なの。

 それよりも修理代、あとで絶対に請求する。あたしにとっては生活必需品なのよ、自転車は。あんたは今、うちの洗濯機やコンロや冷蔵庫を蹴っ飛ばしたのと同じ事をしたのよ。許すまじ、許すまじ来栖雷人。


「好きなだけ訴えれば? その前にお前がどうにかなってオシマイ、だろうけどな」

「…………それで、用件はなんですか」

「あ~? あー、そうそう、なんか今日ー、くるみが話したいことがあるって言ってんだよ。どうせだから俺らも聞きたいことあるし? あんた連れて行こうって話になった訳」


 なんでだよ。話されても結論に至った理由がさっぱり想像できないよ。

 何やら反論するより先に、来栖雷人があたしの腕を掴んで引っ張る。結構な力で、しかも擦ったところを握られたものだからかなり痛かったけれど、それよりも優先して言うべきことがあったので、歯を食いしばって耐えた。


「ちょっと、あたし今日バイトなんだけど!」

「知らねーよ。こっちの都合優先に決まってんだろ」

「はあ!? あたしは契約してお金貰って仕事をしてんの! 口約束すらしてないあんたの約束よりバイトが優先に決まってんでしょ!?」


 舐めてるのかこいつ!! バイトを舐めてんのか!! というか金銭を貰うという行為自体を舐めてんの!?

 あんたが今蹴飛ばした自転車にもあたしが使ってる携帯にも学用品にもお金がかかるんだよ! お・か・ね・がッ!!

 そりゃあお兄ちゃんは何も心配いらないから好きに使えっていうよ、でももしもお兄ちゃんも倒れちゃったりしたら? その時お兄ちゃんを助けるためにも、あたしが生きていくためにもお金がいるの! 大事なんだよお金は! あと信頼も!


「今此処でバイト先に連絡入れさせてくんないなら、あんたが小学生の時に転んで犬の糞に手ぇ突っ込んで泣いてた話を全校生徒に広めるから!!」

「はっ、ハァ!?! テメェ、なんでそれをっ……クソっ、さっさとしろよブス!」


 一瞬動きを止めた来栖雷人は、盛大な舌打ちをかましつつも一旦立ち止まった。くるみが些細な思い出話として話してくれていた『暗黒の小学生時代』が役に立った、ような、立ってないような。

 ぶっちゃけ、今言ったところで誰も信じないだろうけど、事実なだけに反論しづらいんだろう。

 見張りのつもりか、久我みやびが覗き込んでくる中で八助に電話をかける。しばらくコール音が響いた後、電話からは杏ちゃんの声が聞こえてきた。


『はい、八助です』

「えっと、杏ちゃん? あたしだけど……店長はもう下?」

『皐月? どうした、遅れるなんて珍しいな』

「うん、ごめん、今日ちょっと行けなくなっちゃって……突然で申し訳ないんだけど、お休みにしてもらってもいい? 本当にごめん、」

『別に大丈夫だぞ。今日は予約のお客さんもいないし、るー姉も戻ってるから』

「本当ごめんね、店長にもよろしく伝えておいて」


 通話を切って、携帯をしまおうとしたら久我みやびに奪われた。睨みつけるも、澄ました顔で「あとで返します」と答えてくるだけだ。

 あとは黙り込んで、代わりに来栖雷人があたしを引っ立てていく。なんだ、この、何もしてないのに罪人みたいに扱われる状況。

 贅沢にもタクシーを止める久我みやびと、それに上機嫌で乗り込む来栖雷人。挟まれたあたしに逃げるすべはない。


 ていうか、単純に男二人に女一人なんだから、逃げようとするわけないんだし離してほしい。本当に離してほしい。

 座った瞬間震えそうになる足をなんとか押さえつけて、あたしはバックミラーを睨みつけるようにして目的地に着くのを待つしかなかった。





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