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39.着々と、



 復讐は蜜より甘い、なんて言うけれど、もしも蜜なんて目じゃないほど甘いものがあるとしたら、大抵の人はそっちに意識が向くんじゃないだろうか。


 多分、今のくるみはそういう状態なんだろうと思う。


「ありがとう皐月ちゃん本当にありがとう皐月ちゃんありがとう大好き大感謝ありがとう!」

「う、うん、分かった、分かったから揺さぶるのをやめ、ぐぇぇ」

「くるみちゃーん、皐月ちゃん三半規管弱いからそのへんにしてあげてー」


 本当に止める気があるのかないのか分からないのんびりした口調の香菜の声に、くるみはあたしの肩を掴んで揺さぶっていた手をようやく止めてくれた。

 ぐわんぐわん揺れていた視界に映った非常階段が、手を離されてからも少しだけ揺れている。ちょっとだけ気持ち悪くなって頭を押さえつつ俯いていると、はしゃぎまわっていたくるみがはっとした顔で背中を擦ってくれた。


「ご、ごめん、興奮のあまり……大丈夫?」

「うん、平気」


 ちょっと、ジェットコ―スターに乗った後みたいになっただけだから、平気。

 熊を倒せる人に揺さぶられるとこんな感じになるのか……あんまり知りたくは無かった。


「でも、そんなに感謝されることしてないでしょ? お兄ちゃんと、なんだっけ、果し合い?をする約束取り付けただけだし……頷いたのはお兄ちゃんだしね」

「だけ!? さ、流石に、くるみも不味いかなーって思ってたんだよ!? だってほら、極めた者同士が本気で一騎打ちするってことは、つまり、そういうことだよ!?」

「そりゃ、心配してないって言ったら嘘だけど……お兄ちゃんが許可したなら、まあいいかなって」


 くるみはいつになくおろおろと狼狽えている。

 アヴェルさんの貸出についてお願いされた時の反応を比べるに……この件に関してのほうが真剣味が強いんじゃないかとすら思えるほどだ。実際そうなのかもしれない、けど。


 つい先日、くるみは『アヴェルさんの知り合い』である『魔導師様』があたしのお兄ちゃんだと知った。

 元々アヴェルさんにお願いして『魔導師様』に会わせてもらって果し合いを申し込むつもりだった、らしいのだけど、流石に友達のお兄さんと一騎打ちしたい!なんて気軽に言い出せるはずもなく……。


 多分きっとおそらく致命傷――いや大怪我まではいかないだろうから、後生だからお兄さんと戦わせて!と土下座する勢いでくるみに頼み込まれたのが、つい二日前くらいのことだ。

 平身低頭。涙ながらに、『当時身体転化を殆ど終え、修行も終盤に差し掛かったことで調子に乗っていた自分の鼻っ柱を叩き折ってくれた第二の師匠とも呼べる人に成長した姿を見せたい』と語るくるみの必死さは、隣に座っていた香菜の笑みが若干引きつるほどだった。


 しっかし、いわば恩返し的な行為がなんで一騎打ちになるのか。

 答えは合間にぼそっと挟まれた『流石に今回は片手であしらわれたりはしないはず……』という低く這うような声に詰め込まれている気がする。

 いや別に、良いんだけどね。なんでか知らないけど、お兄ちゃんも歓迎している様子だったし?


「別に戦うのはいいんだけど、その代わりに場所は廃病院の裏山で、一騎打ちの動画が欲しいんだってさ」

「動画?」

「そう。お兄ちゃんの携帯で撮っても良いかって」

「いいよ、そのくらい! ありがとう皐月ちゃん!」


 両手を上げて喜ぶくるみは本当に嬉しそうだ。相も変わらず話の内容は物騒極まりないけれど、今回はお兄ちゃんにも「問題ないし、むしろ好都合! 皐月が心配するようなことは何もない!」と太鼓判を押されている。

 あたしが心配するようなことにはならないだろう、とアヴェルさんも言ってくれた。だから、まあ、いいんじゃない?って感じ。


 一騎打ちの日程は、TOP5とケリをつけた後になる。

 殺しかねないから武力行使で止めてくれ、と頼み込むほど憎い相手との後にとっておきのご褒美が待ってるというこの状況。

 少なくとも(のち)のご褒美を貰うために、刑事事件に発展するようなことだけはしなさそうだし、なんだか前よりも更に笑顔が素直になったように見える。


 作った笑みより自然と出る笑みが可愛いのは当然のことで、そんなくるみの雰囲気に当てられたTOP5も、前よりも更に鬱陶しくなってはいるんだけど……。

 生徒会長は隙あらばくるみと二人きりになろうとするし、風紀委員長はそんな生徒会長を妨害しようとあれこれ手を回しているらしいし、サッカー部のエースはメールの数がとんでもないことになっているし、バスケ部キャプテンは周りの女の子を貶してくるみを褒めるのに忙しいし、学年一位は先日女のあたしにまで嫉妬したのかすれ違いざまに舌打ちされてしまった。

 ……うーん、ギスギスしていらっしゃる。校内でも人気のTOP5だけれど、どうしてそこまで人気があるのか分からない。いや、昔は確かに人気があったんだろうけど、興味ないし、近づくのも怖いから調べたりもしない。


 触らぬ神に祟りなし。もうすぐ神々が武闘家の一撃で沈むというのなら、あたしは静観するのみだ。

 それよりも、あたしはあたしで、ちょっとだけ気になることがある。


「あ、あとね。もしよかったらなんだけど、向こうで会った時のお兄ちゃんのこととか、ちょっと聞きたいなって」

「魔導師様の?」

「うん。その、……元気にしてたかなって、気になってさ」


 お兄ちゃんは、魔法とか錬金術とか魔石がどうとかは話してくれるし、アヴェルさんとどう出会ったかとかは教えてくれたけど、向こうでどう過ごしていたか、は全然話してくれない。

 多分、ファナントが荒れた国だからあんまりあたしに聞かせたくないとか色々考えているんだろうし、結局話してもらってもお兄ちゃんのことだからもしも自分に何かあってもそういうところは話さないと思う。


「いいよ! ちょっとしか会ってないし、くるみは師匠と魔導師様が話してたのを聞いてたくらいだけど!」

「ありがと」

「そのかわり、くるみも皐月ちゃんに色々聞きたいな!」

「お兄ちゃんのこと? まあ、あの通りの変人だけど……」

「えっと、皐月ちゃんと香菜ちゃんのこと! 二人って仲良しだよね! どうして仲良くなったの?」


 きらきらとした顔であたし達を見つめるくるみに、思わず香菜と顔を見合わせる。

 香菜とは小学校の時からの付き合いだ。今更仲良くなったきっかけ、と言われると記憶もおぼろげで頼りない。

 なんかの班で一緒になったんだっけ? えっと、市民プールで遊んだ記憶もあるけどあれはいつごろの……え、ええーっと?


 自分のあまりの記憶力のなさに愕然としていると、呆れがちに片眉を上げた香菜がなんだか少しだけ躊躇うように笑った。


「うーんとね、私ってこの通り性格が悪いんだけどねー」

「……香菜はちょっと、負の感情に素直なだけでしょ」

「悪くない、とは言わない皐月ちゃんの正直なところ、好きだなあ」


 まあそりゃ、本当に性格が悪くない人はわざわざ自分で『性格が悪い』とは言わないでしょうからね。

 フォローを入れさせるつもりでも、入れさせないつもりでも、場が気まずくなる魔のワードよ、それ。

 いつもほわほわした空気でにこにこしている、ってのも一種の気遣いだし、それはそれで優しいところもあると思うんだけど、今の主題はそこじゃないから黙って続きを促す。


「これってもう、物心ついた時にはそうだったんだよねえ。それで、子供の時なんて取り繕う知恵もないからー、小学生の時には本ばっかり読んでる捻くれ屋の出来上がりって感じでねー」

「あ、そういえば、一人でいる香菜に話しかけた、ような……?」

「そうそう。丁度私が多分人生で一番性格が悪くなってた時期なんだけどー」


 お弁当箱を丁寧にしまった香菜が紅茶に口をつける。今日はホットの気分なのか、注いだカップからは微かな湯気が上っていた。

 くるみは興味津々と言った様子で聞き入っている。あたしも、記憶を辿るのに必死であまり話す方に気が回らない。

 しんとした非常階段に、香菜の、どこか楽しげな声が響く。


「小学校に入ってー、子供は外で遊びなさい主義の先生に毎日嫌味言われてー、外に出た振りして隠れて本を読んでたんだけどー、その頃にねえ、弟が生まれてねー」

「へー、香菜ちゃん、弟がいるんだ!」

「うんそう。立樹っていうんだけどー、それまで一人娘で愛でられに愛でられまくっていた私にはねー、どうもその新しく現れた『弟』っていう謎の生き物がどうにも受け入れられなくてねー?」


 まあ要するにただの嫉妬なんだけどー、と呟く香菜に、ようやく一つの記憶が引っ張り出せた。

 小学校低学年。同じクラスになった香菜とあたしには、その頃接点らしい接点はまったくなかった。あの頃のあたしは今と違って誰とでも遊ぶ活発な子だったし、香菜はクラスでもちょっと、その、変わり者?というか、いつも分厚い本とにらめっこしているような子だった。

 あまり友達もいないみたいで、でもそれを全く気にしないような感じの子。大体のことには無頓着っていうか、読んでる本に面白いところがあれば目を輝かせていたけれど、基本的に会話を放棄してるっていうか。


 そんな香菜が、突然不機嫌オーラ全開になった時期がある。

 クラスのお調子者の男子が一度ちょっかいをかけたのだけど、二言三言話しただけで泣いて近寄らなくなったくらいに凶悪になった時期が。

 当然、そんなことになればますます近寄る人は居なくなるわけで。


 日に日に不機嫌度が増していく香菜と、怯えるクラスメイト。しまいには本を読むことすらしなくなって自分の席でじっと宙を睨むようになった香菜と仲良くなったのは何が理由だったか。

 確か、下校時刻を過ぎても教室から出ようとしない香菜と先生が言い合っているところに、割って入ったのが始まりだった気がする。


 当時の先生は今思えば少しヒステリックな先生で、あんまり子供が反抗することを好ましく思っていない人だった。

 そんなことをしていると親を呼ぶ、と叫んだ先生に香菜が泣きそうな顔をしたから、あたしはとっさに手を引いて、「一緒に帰る約束してたのに待たせちゃった」とかなんとか言ってごまかして、逃げるように学校を出た覚えがある。

 でも、二人で通学路を歩いている内に、香菜が「帰りたくない」って言い出したんだ。


「せっかくお母さんが帰ってきたのに両親は弟が最優先だし、『お姉ちゃんなんだから我慢しなさい』だし、泣き声がうるさくて本も読めなかったし、すっごく家に帰りたくなかったの」

「それで、あたしがうちに来なよって呼んだ、気がする」


 家に帰りたくない気持ちは、当時のあたしには上手く理解できなかったけど、いつも凛と澄ました顔をしていた香菜が泣きそうにいうもんだから、これは助けなきゃいけない、って思った。

 そうそう、と頷く香菜は少し気遣わしげな顔であたしを見て、咳払いをひとつ響かせる。


「その時に、皐月ちゃんがずっと、『弟っていいな~、いいな~、うちお兄ちゃんしかいないよ~、いいな~』って繰り返し繰り返し言うもんだから、なんか、段々弟って良いものなのかな~って思えてきたんだよねー」

「なるほどー、それで家に遊びにいく内に仲良くなったんだ!」

「うん、私が皐月ちゃんと一緒にいたいなーって思うようになったのはその辺からかなー。皐月ちゃん、いっつもにこにこしてて可愛かったから、私もそうなりたいなーって思ってそうしてるの」

「え、そん、そんな経緯があったの?」


 それは初耳だ。びっくりして香菜を見つめると、香菜はいつも通りのほんわかした笑みで楽しそうに頷いた。


「そっか……なんか照れ臭いけど、ありがと」


 可愛い、とか久々に言われたな。妙に顔が熱い気がして、水筒のお茶に口をつける。


「だから早く前にみたいに笑ってほしいんだけどねー、私は」

「うん? 笑ってる、とは思うけど?」

「そうだねえ」

「何、昔に比べてってこと? そりゃ、誰だって子供の頃は可愛いでしょうよ」

「もちろん、今も可愛いよー?」


 笑みを崩さない香菜に、思わず胡乱げな視線を向けてしまう。待てよ、可愛かった、ということは今は可愛くないと!?なんて勘ぐってしまった。

 別に自分のことを可愛いと思ったことなんてないけどさあ。あの頃は可愛かったなーなんて、親戚みたいなことを言われても! こんな感じに育っちゃったんだから! しょうがなくない!?


「そういえば、あたしが香菜と友達になりたいなって思ったのはもう少し後だったな」

「家に何回かお邪魔してからってこと?」

「うん、ほら、あの、なんだっけ、あたしがさ、部屋の隅に変なのがいて怖いって言ってた時あったでしょ?」

「あー、シャドーピープル!」

「そうそれ」


 ワントーン上がった香菜の声音に、くるみが不思議そうに幾度か瞬きする。


「お化けかもしれない、って怖がってるあたしにさ、香菜が『シャドーピープルだよシャドーピープル! 本物が見れるなんて! 写真! 写真に残そう!』ってカメラ片手に大はしゃぎで寝室を撮りまくっててさ……」

「香菜ちゃん……その頃からなんだね……」

「なんかもー怖がってるあたしが馬鹿みたいだなーって思えてきて。色々気が抜けた結果、今こんな感じで一緒にいるって感じ?」

「そっかあ、二人は本当に仲良しさんなんだねー」


 いいなあ、とくるみの煌めく瞳が言っている。友達ってものに憧れがあるらしいくるみにとって、この話は大層お気に召したみたいだ。

 最初の出会いは最悪だったけれど、別に今は嫌いじゃないし、一生懸命なところは良いなとも思う。

 気が合わないかも、と思ったりもしたけど、なんだかもう色々と破茶目茶すぎてそんなことを気にしている余裕もない。


「くるみとも仲良しさんでしょ、もう」

「ほんと!? くるみも仲良しさんかな!!」

「そうそうー、これからもっと仲良しさんになるだろうしねー」


 TOP5とケリがつけば、くるみにはとっておきのお楽しみが待っている。その後は春休みだ。

 休みの期間は短いけれど夏休みに比べて過ごしやすいし、色々遊びに出かけるのもいい。確か、ホワイティのショーもあったし、今度はみんなでくるみのショーを見に行ってもいいし。


「そっかあ! 嬉しいな、明後日の作戦決行が楽しみだね!」


 にっこりと微笑むくるみの笑顔は春風のように爽やかに輝いていて、まぶしかった。





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