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37.仲良し四人組のお昼風景(仮)


「………………これってどういう状況?」

「ん? 仲良し四人組のお昼風景」

「…………なんで当然のように俺が入ってるわけ」

「無論たぶっちも仲良しさんだからだよー」


 香菜のわざとらしいまでの要領の得なさに、田淵くんは「理由になってない」と深い溜め息を零した。


 金曜日のお昼時。非常階段には、いつも通りのあたしと香菜と、あと田淵くんとくるみがいる。

 昨日に引き続き呼び出された田淵くんは、長い前髪越しにもはっきりと分かるほど顔をしかめていた。


 うん、ごめん。ほとんど説明なしだったから訳がわからないよね。

 あたしもどうしてこうなったのか、イマイチ頭が追いついてないんだけど、とりあえずごめん。

 大体は勢い任せで動いたあたしのせいだよ。だから一応謝っておく。


 謝罪を口にしつつ下段の席を勧めると、田淵くんは渋々と言った様子で座ったあとに今度はあたしに問いかけてきた。


「…………俺が話したことで問題でも起きた?」

「うーんと、そういう訳じゃないんだけど……」


 そもそもくるみがこの場にいること自体、当初の予定にはなかったことだし。

 説明するほどのことでもないけれど、話すにはちょっと頭を、というか気を遣う状況だ。


 今から十数分前のこと。あたしと香菜はいつものように非常階段に移動しようとして、途中でくるみに出会った。

 正確には、来栖雷人に絡まれているくるみに。

 今日はどうやら生徒会長は傍にはいないみたいで、日頃くるみの隣を取り合っているTOP5の中で来栖雷人が昼休みの権利を勝ち取ったらしい。

 傍目から見ればいつも通り、ここ一年間ですっかり見慣れた『西園寺さんとTOP5のじゃれ合い』に見えたのだけど、事情を知ったあたし達からすると悪質な痴漢にしか見えない状況だった。

 会長よりも更にパーソナルスペースが狭いのか、しょっちゅうくるみの肩やら腰やらに手を置いては、無駄に作りの良い顔を寄せて自信満々に話しかけている。

 くるみもそれに笑顔で受け答えしてはいたけれど、さりげなく、本当にさりげない動きでしょっちゅう手を外しにかかっていた。傍から見れば完全にいちゃついているようにしか見えない動きなのがすごいけれど、復讐のためとはいえかなり嫌なんだろうなあって感じ。


 知らない内ならまだしも、知ってからは見てみぬふりもしたくない。

 一応、あたしはもはや学年中から『西園寺くるみの友達』認定されているのだし、多少の無茶も許されるんじゃないだろうか。


 そんな風に思った瞬間、あたしの口からは「くるみ! 今日、お昼いっしょに食べよ!」なんて言葉が出ていた。

 廊下を歩いていた数人の女子も、軽やかな動きで来栖雷人の手をかわしていたくるみも、なんならあたし自身もびっくりして固まった。ついでに来栖雷人には睨まれた。


 いや、うん。あたしも言うつもりじゃなかったんだけど。いずれ切り捨てて屈辱を味合わせるためにのめり込ませているんだろうから、邪魔なのかもしれないんだけど。

 それでも、主犯格に言い寄られるってのはどう頑張ってもストレスなんじゃないかって思っちゃって。

 いつも侍られてるんだし、たまには息抜きしても良いんじゃないかなって。あたしの自己満足だけど、一度そう思ったら口に出さずにはいられなかった。


 もしもくるみが邪魔しないでほしいなら、すっぱり断ってくれてもいいよ。

 そういう気持ちを込めて見つめていたあたしに、くるみはとびきりの笑顔で頷いた。


『行くー! くるみ、お友達とご飯食べるの夢だったの!』


 一笑千金。光源という光源から光を集めてるんじゃないかってくらいの勢いで目を輝かせるくるみを止められる人間なんて、その場には一人もいなかった。

 美少女の笑顔は恐ろしい。「ああ? 俺とくるみの時間を邪魔してんじゃねぇよ」などと言いかけていた来栖雷人は自分よりあたしを優先されたことも忘れて、眩いばかりのくるみの笑顔に見とれていた。


 見とれている間にさっさと非常階段までやってきて、いつの間にか姿が見えなくなっていた香菜がにこにこしながら田淵くんを連れてきたのがついさっきのことだ。

 学食派らしいくるみが購買部でお昼を買って、戻ってきたのと丁度くらい。当のくるみは上機嫌にあたしのお弁当を覗き込んでは「これ皐月ちゃんが作ったんだよね? すごいね!」なんてはしゃいでいる。

 香菜は香菜で、これで仕事はおしまいとばかりに微笑みながら見守るばかりだ。


 多分、口で説明するより仲良くなったところを見せた方が早いし、なんなら直接くるみと話してもらったほうが手間が省けるとでも思って連れてきたんだろうけど……もうちょっとさ、手順とかあるんじゃないの?

 香菜は敵と判断した人以外には本当に嫌がることはしない主義だから、そこは信頼してるけど、田淵くんは一定周期で溜息吐いてるし。


「田淵くんのおかげで、くるみとも話が通りやすかったから、その御礼、的な? たぶん」

「…………勝手に個人の事情をバラしたんだし、普通は怒るもんじゃない」


 田淵くんの視線がくるみに向かう。

 きっと、この場に来てからわざと田淵くんの存在をスルーしていたのだろうくるみは、やきそばパンを開けながら淡々とした口調で答えた。


「別にいいよ。皐月ちゃん達には話すつもりだったし、説明する手間省けたし」

「…………雨宮さんのお兄さんの友達を借りる為に?」

「うん、そう」

「…………そうまでしてあいつらにこだわる必要ってある?」


 田淵くんはもう、ここに呼ばれた時点で『西園寺くるみ』と『矢車くるみ』が同一人物だってことに確証が持ててるんだろう。

 元々九割がた確信していたようだけど、もう何の疑いもなく昔の幼馴染に向けるように話していた。

 くるみも、隠す意味も避ける意味もないと分かっているみたいで、どこかそっけなさも感じるような声音で答える。


「あるよ。私はあいつらに『頭の足りなそうな女の子に良いように踊らされて、挙句何の興味もなく捨てられて笑いものにされる学校生活』を送らせてやらなきゃいけない」

「…………でもお前はもう誰にも馬鹿にされないじゃないか。過去に囚われて自分を貶める必要なんかないはずだろ」

「それを正隆に言われるとは思わなかったね。いい加減前髪切りなよ」


 過去に囚われてるのは田淵くんも同じだ。平坦な声で告げられたくるみの言葉に、田淵くんは反論できずに息を詰め、そして諦めるようにそっと肩を落とした。

 昼休みも半分を過ぎようとしている。「見つかったら男子に殺されるな……」と呟きつつ下段に座った田淵くんは、カツサンドを広げると無言で口にし始めた。


 沈黙が落ちる。

 無言で満面の笑みを浮かべる香菜と、無言で卵焼きを切り分けるあたしと、無言で焼きそばパンをかじるくるみと、無言でカツサンドに噛み付く田淵くん。


 ……気まずい!! どこから見ても仲良し四人組の食事風景じゃない!!


「そっ、そういう訳で! えっと、くるみはどうやって、その、アヴェルさんと、あのアレ、ほら、えっと」

「えっとねー、春休み前には決着つけたいんだー! 元々一年でやめるつもりだったしー」

「あ、そ、そうなんだ。い、一度に話すの? 場所とか、決めとくつもりなの?」

「一度にするよー。お互いに『自分が一番好かれてる』って思ってるからー、その場に五人いるだけで他の四人相手にも恥かいた気分になると思うのっ! 場所はどうしようかなあー、アヴェルさんの都合もあるしね! えへへ楽しみ~」

「そ、そっかー」


 何か話そうとして脳内を引っ掻き回すも、話題が件の復讐についてしかない。なんて殺伐とした食事風景なんだろう。女子高生としては間違っているような、合っているような……。

 誰それが嫌だとか、誰が目立ってるとか、結構そういう話って出るもんなあ。


「アヴェルさんはただいるだけでいいからねっ! あとはくるみが勝手にやるから!」

「まあ、いるだけですごいからね……」


 昨日はそれどころじゃなかったからあんまり意識してなかったけれど、くるみの隣にアヴェルさんが並ぶって、すごい光景だ。

 直視したら目が耐えきれないほど眩い気がする。雪原の照り返しみたいな。


「…………雨宮のお兄さんの友達は、その辺了承してるんだ」

「え? あ、うん。事情があるなら協力するって言ってたよ。多分、気持ちがちょっと分かるんじゃないかな」

「…………そっか、なら大丈夫そうだね」


 『貸し出し』の件を聞いていた田淵くんはその辺も気にしてくれたみたいだ。

 貸してとか返すとかの表現についての誤解は大体が異世界関連のごたごたが関わってくるし、上手く説明は出来ないのでとりあえず安心してもらえるよう頷くだけに留めておいた。

 少なくとも、モノ扱いされてる訳じゃないしね。ちゃんと話した上で、アヴェルさんの意思で決めたことなら問題ないはずだ。


 アヴェルさんが話してくれた自身のことを思えば、なんとなくくるみに協力しようとする理由は分かる。

 本人じゃどうにも出来ない理由でよってたかって虐げる、ってのはアヴェルさんも異母兄弟の人たちにやられたことだ。

 田淵くんが復讐なんてやめてほしいって思うのも分かるけど、やられた方がやり返さないで黙って忘れなきゃいけない、ってのもちょっと違う気がする。

 もしも、やり返してもずっと囚われたままならその時は止めた方がいいだろうけど、それで前に進めるなら必要だとも思うし。


「ねえ、くるみ」

「ん? なになに? おかず交換する?」


 いや、おかずって、くるみの持ってるものでおかずって呼べるの、やきそばだけじゃん?


「あたしは直接手伝えることはないんだけど、なんかあったら言ってね。貸せる力なら貸すから、ちゃんと決着つけて、それで春休みにはみんなで楽しいことしよう」


 ぱちくり。そんな音が聞こえそうなほど目を瞬かせたくるみは、嬉しそうに笑って頷いた。


「うん! ありがとう皐月ちゃん!」

「あ、私も私もー。手ぇ貸すよー。ちょっと思ったんだけど全書って記名で持ち主判断してるからー、会長の名前とか書いてもらえば面白いことになるんじゃないかなーって思ったんだよねえ」

「香菜ちゃんもありがとう! それ、再起不能の深淵に引きずり込む夢魔の拷問術だよ! 本当にえげつないね!」

「そ、それは最終手段にしときなさいよ……」


 呆れ半分に言うと、香菜は分かっているのかいないのか、のんびりと間延びした声が返ってきた。

 田淵くんと溜息を吐くタイミングが被る。全書が何かは理解出来なくても、香菜のやり口は分かってるんだろう。

 視線が合うのを感じて、労りを込めた微笑みを交わし合う。昼休みもあと僅かだ。とりあえず復讐の件は置いといて、残ったお弁当に手を付けることにした。


 感情を昇華して、乗り越えていく方法は人それぞれだ。

 くるみみたいにそれを中心にして積極的に動くのも、香菜みたいに溢れさせて違うものに変えてみるのも、お兄ちゃんみたいに全て飲み込んで受け入れちゃうのも、結果的に進めるならそれでいいんじゃないかと思う。

 何故かふと、アヴェルさんはそういう時にはどうするんだろう、とちょっとだけ思った。






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