30.助手は務まりそうにない
「………………何の用?」
昼休み、いつもの非常階段には、あたしと香菜、そして香菜に連れてこられた田淵くんがいた。
パック詰めのサンドイッチとお茶を持った田淵くんは、普段と変わらない長い前髪を垂らして俯いている。
「えっと、急に呼び出してごめん。と、とりあえず、座って?」
「………………用だけ聞いたら戻るから」
居心地悪そうに視線を床に落としている田淵くんに席を勧めてみたけれど、首を振られて断られてしまった。
揺れた前髪の隙間から、警戒の滲む目が覗く。何の用かと聞きつつも、もう予想はついてるみたいだ。
まあ、香菜だけなら兎も角、あたしもいるとなれば用件なんてひとつしかないよね。図書室で西園寺さんのことも話題に出してたし。
あれ以来香菜を避けていた田淵くんを今日は全力で捕まえに向かったのだから、そりゃあ、警戒もされるか。
立ったまま微動だにしない田淵くんは本当に、用だけ聞いて帰るつもりのようだ。
じゃあ、話は早い方がいい。そう判断したあたしが香菜を見上げると、小さく頷いた香菜はあたしの隣に腰を下ろして話を切り出した。
「西園寺さんについて知ってることがあれば教えてほしいんだよね」
「……………………前にも言ったけど、何も知らない」
「じゃあどうしてこんな手紙くれたのかな。丸文字で誤魔化してるけど、『あ』の書き方がたぶっちの字だよ?」
「……………………出してないよ。用ってのが、それだけなら……もう戻るけど」
香菜の言葉に、田淵くんはぶっきら棒に答える。前と同じく落ち着いた声音に聞こえたけれど、香菜が取り出した切れ端の警告文を見た田淵くんはバツが悪そうに唇を噛んだ。
どこか逃げるようにして踵を返しかける彼を、急いで引き留める。
「本当に知らない? 敵意はなさそうなんだけどなんだか話が通じないところあるし、悲願とか言われても訳が分からなくって、もしも何か知ってるなら些細なことでも知りたいの」
「…………………………雨宮さんに話したの? あいつが?」
あたしの言葉に、振り返った田淵くんは一瞬驚いたように目を見開いた……ように見えた。揺れた前髪の間からでは表情がよく読み取れない。
でも、少なくとも声も動揺しているように聞こえる。反応しているのはやっぱり、西園寺さんの『悲願』についてだ。
田淵くんは彼女の悲願とやらについて、何か知っているらしい。それに、あいつ、という呼び方も引っかかる。
普段からあまり人付き合いをしない田淵くんが女の子をあいつ呼ばわりするのはちょっと違和感がある。前に話した時は言い訳にしても『西園寺さんのファンだった』と言っていた人がそんな呼び方はしないと思うんだけど……。
「今日の朝にね。なんか、あたしに悲願達成のために協力してもらいたい、らしくて」
「……………………それで付きまとうような真似を」
思わず、と言った様子で小さく呟いた田淵くんに、香菜がどことなく楽しげに頷く。
「みたいだねぇ。あの態度を見るに、いつぞやのTOP5に言い寄った女の子達みたいな扱いは受けないだろうと思うけど、流石に事前情報なしに西園寺さんからの話だけで判断したくないんだよね」
「…………………………だからってどうして俺に? そういう話は、女子に聞いた方が早いと思う」
「一応、少しは聞いたんだけどね。あんなに有名だし目立つのに、西園寺さんって入学前のことが一切出てこなくって。それで、うちに入ってからはあの調子でしょ? 知ってそうなたぶっちに聞くのが手っ取り早いかなーと」
話しつつ、香菜は上機嫌にお弁当を広げている。
あたしには、香菜が田淵くんに拘る理由が今一つ分かっていないんだけど、それでも確かに西園寺さんについて何か知っているのなら、聞きたいとは思う。
学校生活が脅かされる心配は減ったものの、西園寺さんの得体の知れなさは依然薄れないままだ。
何が何だか分からないまま巻き込まれるってのは少しばかり胃に悪いし。広げる気になれない弁当を見下ろすあたしの横で、香菜はなんだか面白がっているような声音で言った。
「それに、情報収集する内に気になることも出てきたんだよねぇ。例えば、TOP5に熱を上げている女の子達の様子、とか」
香菜の言葉に、田淵くんが視線を逃がすように顔を逸らした。
「TOP5は入学当初から色んな女の子に人気だったみたいだけどー、それってどうも、『中学時代の人気』が継続してるって感じなんだよねぇ。勿論、顔が良いとか経歴が派手とか実績とかも関係してると思うよー? でも、圧倒的に熱を上げてるのはTOP5と同じ中学を卒業した子たちなんだよねー、まあそこの詳細はどうでもよくて、重要なのは、高校入学後、西園寺さんに次々落とされていったTOP5が、人気の方もじわじわ落ちてるってことかなぁ?」
「え、そうなの?」
「そうなんだよ~、じわじわ落ち続けてる感じー」
TOP5と言えばうちの高校どころか近隣でも有名なイケメン集団、みたいなイメージだったんだけど、あたしのイメージはもう古いんだろうか。
元々噂には疎い方だとは自覚していたけど、もしかして自覚以上に疎いのかもしれない。でも噂ってどうやって追えばいいのか全然分からないんだよね。
スーパーのチラシみたく、どこを見ればいいか一目で分かるようになってればいいのに……。
「西園寺さんに遠ざけられた女の子達って、みんなその時は辛い思いをするんだけど、結局その後は吹っ切れて楽しく過ごしてるんだよねー。狂信者みたいな女の子ともやり合ったりしてさー、でも結局みんな『西園寺さんにメロメロすぎるTOP5』に熱が冷めちゃったっていうか、目が覚めちゃった、みたいな? 自分が頑張って落とした、誰もが羨むような男たちが落ちぶれるような方向に持っていくかな~?って不思議に思ってさ。まあ、単純に西園寺さんがおバカってこともありうると思うんだけど~」
「あいつは馬鹿じゃないよ、あいつは、何でも出来て、誰よりもすごい。だから、あんな目に――――、」
「あんな目に?」
殊更に馬鹿にしたような口調で言った香菜に、田淵くんは反射的に反論してから、はっとしたように口を噤んだ。
けど、既に笑みを深めた香菜は、針にかかった獲物を見るような目を田淵くんへと向けていた。田淵くんも察したのか、バツが悪そうに視線をつま先に落とす。
「………………なんでもない」
「あんな目に、何?」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべる香菜の眼光は、声音とは裏腹に鋭い。面白い玩具を見つけたような輝きを放つ瞳に、あたしは此処らへんでストップをかけることにした。
「香菜、言いたくない話なら無理に聞き出すのはやめとこ。誰にだって、言いたくない話の一つや二つはあるんだからさ」
「それは勿論、分かるよ~。でも、本当に言いたくない話だったら、そもそも関わろうとしないんじゃない? 関わった時点で、本当は誰かに聞いてほしいとは思ってるんだよ。無意識だったとしても、ね?」
茶目っ気を含ませて小首を傾げた香菜の言葉に、田淵くんはどこか気まずそうに身体を強張らせた。
「ふっふっふ、全てお見通しなんだよ~。抵抗はやめて大人しく投降してもらおうかっ」
「……もう、探偵ごっこみたいでちょっと楽しくなってきてるでしょ」
「あれっ、そんなに分かりやすかった? ごめんねー、でも三分のニくらいは真面目にやってるからねー」
わざとらしく驚いて目を瞬かせた香菜に、あたしは肩から力を抜きつつ苦笑した。
西園寺さんが持ち掛けたのが交渉であって脅しではないと分かってから、香菜の態度から若干棘が無くなっている。
話を持ち掛けられた際の態度からも、実害はないと判断したんだろう。そうと分かれば、こんな謎だらけの状況で面白いことに目がない香菜が楽しまない訳がないのだ。
香菜の言葉を聞いた田淵くんは、しばらく呆気に取られたように言葉に詰まった後、大きな溜息を吐きながらあたし達よりも下の段に腰を下ろした。
「…………確かに、安西の言う通り……俺は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない」
サンドイッチのパックを雑に開いて、疲れの滲む声音で呟く。
「………………先に言っておくけど、俺だってあいつから直接何か聞いてる訳じゃないよ。だから、俺から話せるのは…………俺が知ってるあいつのことだけ、なんだけど……」
「なんだけど?」
「…………そもそも、その前提からして間違ってる、って可能性はあるから、話半分に聞いて欲しい」
そう言って、田淵くんはぽつりぽつりと語り始めた。




