18.ニホンゴシャベレマセン
フードコートを抜け、念のためかエスカレーターを上がり、屋上の駐車場へと向かう廊下の端までやってきたあたし達は、そこでようやく一息つくことが出来た。
そこまで酷い言葉を浴びせられた訳でもないけれど、やっぱり他人から悪意を向けられると変に息が詰まる。
息苦しさと動機からつい蹲ってしまったあたしに、真っ赤な顔の杏ちゃんを降ろしたアヴェルさんがしゃがみこんで声をかけてくる。
「サツキさん? 大丈夫ですか?」
「う、うん、なん、とか……」
「み、水でも飲むか? 買ってくるぞ!」
丁度、自販機がすぐ傍にあるからと杏ちゃんが鞄を片手に駆けていく。
大丈夫かな、届くだろうか。心配になって顔を上げたあたしは、そこで目の前に膝をついているアヴェルさんと至近距離で目が合って固まった。
「お、おわあっ」
「どうかしましたか? どこか不調でも、」
「い、いや! その、ち、近い!」
不意打ちで受け止めるのはやっぱり厳しい。理屈とか抜きで顔に熱が上る。単純に、お兄ちゃん以外の男の人とこんなに近い距離になったことがない、ってのもあるけど。
慌てて逃げようとしたあたしはその場で尻餅をつき、這うようにして壁際まで逃げた。
その様子を不思議そうに見やるアヴェルさんに、さっきとは違う理由で赤くなってしまう。もう、恥ずかしい。免疫ないせいで一人でわたわたしてるとか、見苦しいにも程がある。
これが杏ちゃんみたく可愛い女の子なら微笑ましいんだろうけど。かわいいしね。見てて癒されるからね。
そんな可愛い杏ちゃんは、水のペットボトルを持ってきて、どこかしたり顔であたしを見下ろした。
「なるほど! いっぱいいっぱいの人がいると、たしかに落ち着くな」
「……でしょ?」
なんだか楽しそうに笑う杏ちゃんはあたしにペットボトルを渡して納得したように頷いた。
突然アヴェルさんに抱き上げられて混乱と羞恥で慌てていた杏ちゃんは、さっきのあたしを見て落ち着いたらしい。うん、そういうこと。
分かってもらえたようで何より。赤い顔を一刻も早く冷ますために、一口飲んだペットボトルは頬に当てておいた。
そっと息を吐く。心配そうにこちらを見つめるアヴェルさんと目が合ったので、安心させるように微笑んでおいた。
「ごめん、助かったよ。ありがとう」
「いえ。私は特に何もしてませんから……こちらこそ、助けに来ていただいてありがとうございます」
「あ、やっぱりアレ、助けてほしかったんだ?」
「無論です」
大真面目な顔で頷くアヴェルさんに、思わず笑ってしまう。無論って、へえ、無論なんだ。そっか。
笑っている間に、女性陣とアヴェルさんのやり取りが脳裏に浮かんで、ますます笑いが深くなる。
杏ちゃんも、あたしが何で笑っているのか察したのか、口元に手を当ててくすくすと笑い出していた。
「ねえ、アヴェルさん、あの、アレ、何」
「何がですか?」
「ニホンゴシャベレマセン」
「んふっ」
あたしがアヴェルさんの真似をすると、堪え切れなくなった杏ちゃんが噴き出した。
「ああ、あれですか。ソウタから鉄壁の呪文だと教わったので、使いました」
「そっ、そう、そんっ、ふっ」
「たしかに、鉄壁だったな!」
「やめっ、あんずちゃ、ふふっ、ひっ」
駄目だ、緊張から解放された反動か、やたらと面白くなってしまう。
しかも、アヴェルさんは至って真面目な顔をしているもんだから尚更だ。お腹に来る。耐えられそうにない。
「でもな、喋っちゃったからな」
「あんずちゃん!」
『喋ってんじゃん!?』が脳内にリフレインして、あたしはとうとう耐え切れずに笑い出してしまった。
駄目でしょ、ニホンゴシャベレマセンなんだから喋ってちゃ駄目でしょ。でもアヴェルさんからすれば言葉は通じるんだから母国語ってことになるのか。喋れても変じゃない。いや変だよ。少なくともあの場では変だよ。
笑いすぎて立ち上がれなくなり、涙まで出てきたあたしに、アヴェルさんは最初は困ったような顔をしていたけれど、直に柔らかい微笑みを浮かべた。
「そんなに面白かったですか?」
「う、うん、だめ、ごめんね、ふふっ、笑っちゃう、」
「いえ、いいんです。サツキさんが楽しいなら、私も楽しいですから」
「あ、ありがとう、すごい、たのしい、よ」
「それは良かった」
今日一番の笑みを浮かべて穏やかに言うアヴェルさんは、何とか立ち上がろうとするあたしに手を差し伸べてくれた。
その手を取って立ち上がるも、まだ笑いの波が引かない。助けを求めて杏ちゃんを見ると、彼女も笑いを堪えるような顔をしていたので、逆効果になってしまった。
結局そのまま、あたし達は時折思い出し笑いに悩まされながら色々と遊びまわることにした。




