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17.たたかう ▶にげる


 近づくと、アヴェルさんに向けられる甘い声は刺すような声量になって耳に届いた。

 恐らく、これには牽制、みたいなものも含まれているんだろう。何への、って言えばそりゃあ、あたし達への?


 ポテトを貰いに行った一瞬の隙を狙って声をかけたのだから、あたし達がアヴェルさんと一緒にいることは知っていた筈だ。

 多分、あたしと杏ちゃんがアヴェルさんから離れるのを待ってたんだろう。ステージはショッピングモール内でも目立つ位置でやっていたし、アヴェルさんの存在はそれなりに人目についただろうから。


「出身どこなんですか~? お名前教えてください~」

「さっき写真撮ってたよねー、あたしたちとも撮って欲しいなー!」

「彼女とかいるんですかぁ?」


 女性三人組は、確かに強気で声をかけていけるだろうと納得するだけの美貌を備えていた。整ったプロポーションと、完璧な化粧。逆ナンどころか、ナンパにだって慣れているに違いない。

 ただ、美人だろうとなんだろうと、既に連れがいる男性に横から声をかけるのは失礼だと思うよ。なんたって、今日は杏ちゃんとアヴェルさんのデートなんだから。邪魔する輩は許さないからね!


「ご、ごめーん、待った?」

「サツキさん」


 足早に近づき、深呼吸をしてから声をかける。すると、アヴェルさんが振り返ると同時に女性三人の目があたしに向いた。

 ひ、ひええ。こわい。こわすぎる。

 意気込んだものの、苦手なタイプに真っ向から立ち向かうというのは恐ろしい。それに、女子ってのは人数が集まれば集まるほど強くなるのだ。

 杏ちゃんは年齢的に敵認定されなかったのか、品定めするような視線はあたしだけを、上から下まで撫でていった。


 綺麗だけどちょっと化粧が濃いんじゃないだろうか、という感じの女性三人は、生来少し明るいものの染めてすらいない髪にごく一般的な顔立ち、さして気合の入った訳でもないファッションのあたしに、相手にもならないと判断したのか小ばかにしたような表情を浮かべた。

 いや、まあ、分かる。分かるよ、あたしが日ごろから自分を磨いている女性と比べるべくもないってことはね。別にそこで勝つつもりで来た訳じゃないし。ただちょっとした物悲しさは覚えた。


 ここであたしが取るべき行動はひとつ。アヴェルさんを連れて逃げる、それだけだ。

 それだけ、なのだが、女性陣にはその拙い作戦すら許すつもりはないらしく、冷ややかな声があたしに突き刺さった。


「ねえねえ、あたし達お兄さんと遊ぶ約束しちゃったからさー、二人でもっかいショーでも見てきてくれない?」

「私達と遊ぶ方がお兄さんも楽しいと思うんだよねえ」

「ごめんね~、ほら、お小遣いでもあげるからさ~」


 そういって五百円玉を取り出した女性に、他二人が超優しい!なんて言いながら笑い出す。

 アヴェルさんが眉を寄せて立ち上がりかけるけど、あたしはそれを手で制した。ポテトで制したみたいになったけど気にしない。

 このショッピングモール、利用しやすいからよく来るんだよね。多分、彼女たちも地元の人だろうから、万が一目をつけられて鉢合わせしたりするとかなり気まずいことになる。

 ここは穏便にいきたい、というあたしの気持ちを察してくれたのか、アヴェルさんは立ち上がり、視線を遮るようにあたし達の前に半分割って入るだけに留めてくれた。


 それでも、三人にとっては気に障る行為だったみたいで、空気が変わるのを感じた。

 冷汗を掻くあたしの隣で力づけるように手を握ってくれた杏ちゃんが、その可愛らしい顔を最大限活かした困り顔でアヴェルさんを見上げる。

 そうして、こてりと首を傾げてアヴェルさんの手を握った。


「おにいちゃん、早く行こう? わたし、あっちのアイスもたべたい!」


 花開くような愛らしい笑みに、周りで盗み見ていたお客さんはもちろん、傍で見ていたあたしとアヴェルさんも息を呑んだ。そのくらいの破壊力があった。

 つ、つよい。美少女のおねだり、とてもつよい。かてない。


「ねっ、はやくいこー!」

「そうですね、行きましょうか」


 普段凛として男前な杏ちゃんだけれど、そこは商売人の娘というべきか、きっちり猫を被ることも大人を翻弄する手段も覚えている。

 そんな杏ちゃんのダイレクトアタックは華麗に決まったのだけれど、それでも、アヴェルさんを逃すのは惜しいのか、彼女たちもたじろいだものの退くことはなかった。


「えー、いいじゃん。その子はそこのおねえちゃんに任せちゃえばさあ!」

「そーだよ~、お兄さんもそんな子たちと一緒じゃつまんないだろうし~」

「子守り大変でしょー、息抜きしましょうよー」


 なんというか、やはり獲物を前にした女性は強い。

 いやでも、どう考えても、知り合いだろう女の子たちを目の前で蔑ろにするのってマイナスじゃないかな。

 笑みこそ浮かべているものの、どこか冷ややか空気を漂わせ始めているアヴェルさんの気配を近い分鮮明に感じているあたしは、明後日な心配をし始めてしまう。


 た、頼むから、斬り捨てちゃだめだよ!? 穏便に、穏便にね!

 初めて会った時の、お風呂場での眼光を思い出す顔をし始めているアヴェルさんに目で訴えると、視線に気づいたのか一瞬目が合った。

 そして、にっこりと微笑んだアヴェルさんは瞬く間に杏ちゃんを抱え上げ、あたしの肩にそっと手を回すと、女性陣に向かって完璧ながらも棘のある笑みを向けてみせた。

 敵意の滲む笑みを共に、アヴェルさんが口を開く。その口からは、何とも冷ややかな声で読み上げたような台詞が放られた。


「スミマセン、ワタシ、ニホンゴシャベレマン」

「は?」

「え?」

「何?」


 あ、これ教えたのお兄ちゃんだな、とあたしは直感的に察した。


「ワタシニホンゴシャベレマセン」

「えっ、何!? さっき喋ってたじゃん!?」

「シャベレマセン、ではお暇させて頂きますね」

「喋ってんじゃん!?」


 かろうじて反応できている女性ひとりと、ぽかんとしている二人をおいて、アヴェルさんは滑らかな動きであたしと杏ちゃんを連れて足早にその場から立ち去った。




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