16.息つく間もなく
あたしの杞憂は、ショーが始まった瞬間に掻き消えた。
明るい司会のお姉さんによって会場が温まり、みんなの呼びかけによって登場したホワイティと、その敵であるブラッド(猫耳の女の子)のアクションは、想定の五倍はすごかったのだ。
始まった途端、観客の意識は全てステージに向けられた。
着ぐるみを着ているとは思えない軽やかな動きでステージを舞うホワイティ。まさにアニメの再現って感じで、終盤になる頃には子どもたちだけでなく大人たちまで夢中になってみていた。
人間って、あんな重そうな着ぐるみを着たまま宙返りとか出来るんだね。プロって凄い。
アヴェルさんもアクションには興味があるのか、最初は着ぐるみの存在に驚き、説明してからは「あんな重装備であそこまで動けるとは……相当な鍛錬を積んでいるんでしょうね」としきりに感心していた。
杏ちゃんもショーで盛り上がっている内にすっかりアヴェルさんとも打ち解けて、終わる頃には多少の緊張はあれど、かしこまることなく会話できるようになっていた。
あたしとしては、杏ちゃんが楽しいのならそれが何よりも嬉しい。誕生日にホワイティが食べてたケーキと同じケーキを作ってあげたときより嬉しそうで、ちょっと妬けるけど、それでも嬉しいことに変わりなかった。
こんなに喜んでくれるなら、やっぱりアヴェルさんにもついてきてもらってよかった。うん、よかった。多少、周りからの視線がすごかったとしてもね。……逃げてきて正解だったよ、本当。
幼稚園児から小学生まで、可愛い女の子たちが大はしゃぎでアヴェルさんと一緒に写真を撮りたいとねだっていた光景を思い出す。着ぐるみのホワイティも、なんとなく名残惜しそうにアヴェルさんを見ていたような、気がする。
どこか意識が遠くへと飛ぶあたしの耳に、杏ちゃんの声が届いた。
「なあ皐月、これ結衣香と早苗にも見せていいか?」
「ん? あー、写真? アヴェルさんが良いって言うなら、あたしは別にいいけど」
「私もかまいませんよ。どのようにして見せるものなんですか?」
ショー終了後の記念撮影までばっちり終えて、あたしたちは今フードコートでポテトを頼んで一息ついている。
注文用のベルの機械を右手に、スマホを左手に持った杏ちゃんは、アヴェルさんの問いに先程撮影を終えたばかりの写真を表示してみせた。
「こうすると出てくるんだ。送ったりもできるぞ」
「なるほど、便利なものですね」
「そ、そそっ、そうだなっ」
正方形のテーブルに、アヴェルさんとあたしが対面に、杏ちゃんがその間に座っている。
杏ちゃんのスマホを覗くためにアヴェルさんが身を寄せたものだから、杏ちゃんは一瞬、椅子から飛び上がった。
大分慣れたように見えるけれど、やっぱり不意打ちだと慌ててしまうところが可愛い。
丁度、ポテトができたと呼び出しのベルが鳴ったので、あたしは真っ赤な顔で慌てる杏ちゃんの手を引いて立ち上がった。
「ポテト取ってくるね、荷物見ててもらってもいい?」
「はい、お待ちしてますね」
「い、いってきます!」
助けが来た!と言わんばかりにあたしの手に飛びついた杏ちゃんを連れて、受取口まで向かう。
「たすかったぞ、皐月。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。杏ちゃん、ほんとにアヴェルさんのこと好きだね」
「当然だ! だって、ジェームズ様だぞ! あとはこれでホワイティがいたら最高なんだが……」
赤みの残る顔で大きく頷いた杏ちゃんは、本当に嬉しそうにしていたけれど、少しだけ残念そうに呟いた。
「あれ? 杏ちゃんはホワイティになりたいんじゃないんだ?」
「ん? 言ってなかったか? 私の目標はブラッドだ! 悪逆の限りを尽くしてホワイティを追い詰めるのが夢だ!」
「そ、その夢はちょっと改めた方がいいかもしれないなあ……?」
無邪気な顔でなんてことを。いや、多分また悪逆の意味とかを間違えてるんだろうなあ。
天使の笑みで悪魔みたいなことを言い出す杏ちゃんの夢をやんわりと軌道修正しつつ、ポテトを受け取ってテーブルへと戻ろうと踵を返したあたしは、遠目に映った光景に思わず足を止めてしまった。
手を繋いだままの杏ちゃんが数歩先を行って、動かないあたしに気づいたのか同じように立ち止まる。
振り返った杏ちゃんは、不思議そうな顔であたしを見上げた。
「皐月? どうした?」
「……うーん、アレ、どう思う?」
右手はポテト、左手は杏ちゃんで塞がっているあたしの言葉は指差すことも出来ず分かりにくかったけれど、杏ちゃんは正しく受け取ってくれたらしい。
真っ直ぐ目線を先へと向けた杏ちゃんは、アヴェルさんの周りを囲む数人の女性に気づくと、幾度か目を瞬かせた。
「……道を尋ねている、ようには見えないな」
「だよねえ」
微笑みを浮かべたまま応対するアヴェルさんを囲む女性は三人。強気な性格が露出の服装と自信に満ちた美貌にも現れていて、あんまり仲良くはなれなさそうなタイプだと直感する。
三人ともあたしより年上だろう。年上の、気が強くて綺麗な女性三人組。一方、こちらは可憐な美少女と平々凡々な女子高生。
いつもの柔和な微笑みを少しだけ強張らせているアヴェルさんを見るに、助け舟を出さなければとは思うのだけど、正直、かなり分が悪い。長期戦は駄目だ。この際ポテトは持ち帰ろう。
「よーし杏ちゃん、バッといってガッとしてダッで行こう」
「声をかけて私がアヴェル様を掴んで向こうに行こうとねだればいいんだな、分かった!」
驚異の理解力であたしの雑な作戦を把握してくれた杏ちゃんと共に、あたし達はポテトを手にテーブルへと向かった。




