13.お迎えは、
月火金と土曜はバイトの日だ。平日は夕方から、土曜日はお昼時に働かせてもらっている。
勉学との両立がしやすくて、まかない付きで時給がそこそこ良いところ、という条件で探したバイト先は、昼は食事処で、夜は居酒屋をやっている個人経営のお店だ。
店長は店のメニューをそのまままかないに出してくれる太っ腹な人で、一人娘の杏ちゃんが小さな看板娘として店に出たりしている。暖かくて働きやすい『八助』で働き始めたのは高校入学と同時くらいだから、もうすぐ一年になる。
「ん、どうした皐月。なんか上の空だな」
「杏ちゃん」
バイト上がりにカウンター席でこっそりとまかないを食べるあたしの隣に、杏ちゃんが座ってくる。
店長の口調がそのまま移ってしまったのかやたらと男前な喋り方をする杏ちゃんは、人形のように可愛らしい小学二年生の女の子だ。
腰まで伸ばした黒髪を背もたれの後ろに流しながら、漢字ドリルを広げている。
さっきまで常連さんに可愛がられてテーブル席まで行っていたけれど、店長が話し込んでいて詰まらなくなったのか、それとも宿題をやるためなのか、私の方にやってきた。
「いや、色々なことがありすぎて……なんか疲れちゃって」
「大丈夫か? 明日、おやすみするか?」
「ううん、そこまでじゃないから平気。それにほら、明日は杏ちゃんとお出かけする約束してたし」
「それなら平気だ。ホワイティは逃げたりしないからな」
心配そうに顔を覗き込んでくる杏ちゃんに、笑顔で答える。
杏ちゃんとは土曜日のバイトが終わってから、駅前のショッピングモールにお出かけしようという約束をしていた。
目当てはここ一月ほどショッピングモール内で行われている『魔法少女ホワイティ☆ベル』のステージだ。常に冷静で男前な杏ちゃんも、魔法少女には憧れがあるらしい。
まあでも、ホワイティは基本魔法とかじゃなく物理で敵を倒すから、杏ちゃんが憧れているのもその辺りが理由なんだろう。空手を習いたい、と言って店長に渋られていたのは記憶に新しい。
習い事が多くて忙しい杏ちゃんが、きっちり全て終わらせてからならホワイティのステージを見に行っても良いと言われて頑張っていたのを知ってる。
あたしと行くのを楽しみにしてくれていたから、気疲れ程度で休むつもりはなかった。
「いいよ、行こう。杏ちゃんとステージ見て、美味しいもの食べれば疲れなんて吹っ飛ぶよ」
「皐月は私を拐かすのがうまいな」
「ど、どこで覚えてくんのそういうの……あと意味違うからね」
「そうなのか?」
きょとん、と目を見開く杏ちゃんは、いそいそと電子辞書を取り出すと意味を調べ始めた。
勉強熱心だなあと感心しつつ一緒に電子辞書を覗き込む。あたしの記憶が正しければ誘拐する的な意味じゃなかったかな? 漢字も同じだったし……。
「ほんとだ、危ない。皐月にさらわれるところだった。正しくはなんだ? たぶらかす?」
「もしかして杏ちゃんの中ではあたし、悪人枠なの?」
「そんなことはない。皐月はいいこだぞ」
真剣な眼差しで言う杏ちゃんは、辞書を捏ね繰り回しながら、国語は難しいな……と呟いている。
一生懸命な様子が可愛くて笑うと、間違いをからかわれたと思ったのか杏ちゃんは頬を膨らませた。
ちょっと顔が赤くなっている。なんというか、頭もいいしきっと大きくなったらあたしより勉強だってできるようになるんだろうけど、今はまだ大人ぶりたい子供、って感じで、凛とした見た目と相まってとってもかわいい。
こんな妹がいたらいいなあ~なんて思いながら杏ちゃんと戯れていると、いつの間にか常連さんとの話を終えた店長が声をかけてきた。
「皐月ー! なんか迎えが来てんぞー」
「はい? 迎え、ですか?」
店長に呼ばれて立ち上がり、調理場に繋がる扉を抜けて裏口へと向かう。杏ちゃんももう寝るのか、二階の自宅に繋がる階段に向かうためにあたしの後ろについてきた。
迎え? バイトし始めの頃はお兄ちゃんが迎えに来てくれたこともあったけど、家に近いこともあってか今はどうしても遅くなる時――バイト上がりに杏ちゃんと遊んだりして二十二時を越えた時とか――だけだ。
今は二十一時二十四分。まだ、お兄ちゃんが迎えに来るような時間じゃない。
「お疲れ様でしたー、お先に失礼します」
「おう、また明日な」
不思議に思いつつ靴を履き換え、挨拶をして外に出たあたしは、そこに立っていた人物に素っ頓狂な声を上げた。




