12.親友は怪奇現象をご所望です
「そういえばお兄ちゃん、アヴェルさんのことって、香菜に話してもいい?」
「香菜さま、いや香菜ちゃんに? 別にいいけど、多分がっかりされんじゃないかなー」
金曜日の朝。バイトが入っているので朝食と共に夕食まで作り置いて、弁当をしまって玄関に向かう。
出かける直前に思い出して尋ねれば、お兄ちゃんからは間延びした答えが返ってきた。途中、なんだか妙な敬称が耳に入った気がするが、意識は『がっかり』の方に向かってしまう。
がっかり? きらきらと期待に満ちた顔であたしを見つめていた香菜の顔から察するに、それはないんじゃないかと思う。
何はともあれ、お許しは出た。
二日連続で香菜のきらきら光線に耐えられるほど、あたしの胃は強くない。
一度話せば満足するだろう。あたしは昨日よりも軽やかな足取りで自転車に跨り、今度は安全運転で学校まで向かった。
「なるほど~……異世界トリップだったかぁ~……」
「……なんでちょっとがっかりしてんの?」
昼休みになって、香菜とあたしはお決まりの非常階段で昼食を取った。
人目がないことを確認してから、ひっそりとアヴェルさんやお兄ちゃんについて説明する。
怪奇現象やら都市伝説やらが好きな香菜のことだ、多分喜ぶんじゃないだろうかと思っていたのに、異世界の話やお兄ちゃんが魔法使いで錬金術師だった話をしても、香菜の反応はイマイチだった。
まあ、あたしとしては反応がイマイチでも問題ないし、引かれなかっただけで十分ありがたいんだけど、ちょっと不思議に思ってしまう。
お兄ちゃんの言った通り、少しがっかりした様子の香菜は、あたしの問いに慌てて顔を上げた。
「あ、別に皐月ちゃんの話がつまらなかったとかじゃないよ? ただ、そっちか~って思って」
「なに、どっちだったら良かったの?」
「そうだなあ、平行世界の人類が現れた!とか、別惑星から新たな知的生命体がっ!とか、未来人が地球滅亡を警告にっ!みたいなのを想像してた」
「そ、そっちかぁ……」
どちらかというと、ファンタジーよりSF系が好きってことだったか。
香菜は好きなものは自分で楽しんで、あまり人には話さないタイプだから、そのあたりの分類に疎いあたしには違いが分からなかった。
お兄ちゃんには分かってたのに。なんだか親友としては悔しい気持ちだ。
「まだこっちに来たばかりで色々大変だろうけど、慣れたらお話聞きたいなあ。星命石も気になるし」
「あっ、あー、うん。いいんじゃない? 落ち着いたら会えないか聞いてみるね」
「……皐月ちゃん? もしかしてまだ話してない情報があるのかな?」
「ないよ!? ないない、なんにもない!」
「ふぅん?」
にこにこしながら首を傾げる香菜から逃げるように目を逸らす。
香菜に話したのはアヴェルさんがファブルヘイムという異世界からやってきたことと、その世界で騎士をやっているということ、内戦が起きて国がなくなり、こっちの世界に逃げてきたことくらいだ。
空には人々と繋がった星があって、星命石と呼ばれる石を持って生まれてくること、というのもざっくり説明したのだが、それを渡すことが婚姻だの忠誠だのの証になることは、どうしてか言い出せなかった。
別にそういう意味で渡された訳でもないのに変に意識してるのも恥ずかしいんだけど、茶化されたりしたらもっと意識してぎこちなくなりそうだし。
忠誠を誓うと言い出した時のアヴェルさんの、真剣な眼差しが、どうにも脳裏に残っていて……変にどぎまぎしてしまう。
これから一緒に生活するんだもの、変な態度を取ってますます気を遣わせたりしたくはない。
だって、アヴェルさん未だに敬語だし。あたしの方が年下なのに。ん? そういえばアヴェルさんっていくつなんだろう。
「皐月ちゃーん? 何か別のこと考えてるー?」
「えっ? い、いや、別に、きょ、今日はバイトだな~って!」
「そうだねえ、バイトだねえ」
適当な相槌を返してくる香菜の顔に浮かぶのは満面の笑みだ。
全部分かってますよー、みたいな笑みに狼狽えていると、香菜はふっと表情を緩めて息を吐いた。
「別に皐月ちゃんが悲しくなるような秘密じゃなければ私は全然構わないんだけどね~、あからさまに反応されると気になっちゃうんだよねえ」
「だ、大丈夫……もう心配かけるような隠し事はしないから、安心して」
「してるよー、皐月ちゃんがそんな顔してるんだもん、とっても安心中~」
そ、そんな顔って。どんな顔をしていたんだろう、あたし。
鏡がないので見ることもできないし、と思いつつ視線を泳がせるあたしの隣で、デザートのオレンジを食べる香菜は満足そうに頷いていた。
香菜があたしの隠し事に敏感になったのは、三年前の出来事が原因だ。
三年前、お兄ちゃんは三ヶ月ほど姿を消した。その消えた三ヶ月の間に異世界に転移していたのだろうけど、当時のあたしはそんなことは知らないから、突然消えたお兄ちゃんが心配でたまらなかった。
でも、お兄ちゃんは絶対にあたしを捨てたりしない、って分かっていたから大家さん以外には言わずに信じて待ってた。事件や事故に巻き込まれたかどうかだけが心配だった。
大家さんが色々と気を回してくれて、あたし一人でもしばらくはなんとかなった。
でも二ヶ月が経ったあたりで、何の音沙汰も目撃情報もなくて、信じていてもどうしても不安になって、香菜には話してしまった。
話している内にどんどん不安になって、泣くつもりなんかなかったのに泣いてしまったあたしに、香菜は慰めと励ましと、それ以上の怒りをぶつけてきた。
『どうして話してくれなかったの、皐月ちゃんが困ってるならいくらでも助けるのに!』
声を荒げたところなんて見たことがなかった香菜が、何度も繰り返しバカだとかアホだとか言いながらあたしを罵倒して、家まで引っ張っていった。
その後は安西家にお邪魔して、香菜と香菜のご両親、弟の立樹くんと一緒にお兄ちゃんが帰ってくるまで一緒に過ごさせてもらった。突然押しかけたあたしを暖かく迎え入れてくれた安西家には感謝しかない。
しばらくの間、香菜との会話には『バカ』と『アホ』がねじ込まれるようになったけれど、自分でもバカだと自覚したので甘んじて受け入れた。
いや、だって、うん。バカじゃん? 心配かけたくないから何も相談しない、とか。誰かに頼らずに生きなきゃいけない、とか意固地になってたんだろうけど、今思い返すと本当にバカだ。
そういうわけで安西家で一ヶ月ほどお世話になった頃、お兄ちゃんは無事に帰ってきた訳なんだけど。
あの時の香菜の剣幕はすごかったなあ、と思い返していたあたしは、ふと横からつっつかれて顔を上げた。
「一個だけ、創兄にお願いしてもいい?」
「ん? 何?」
「えげつないタイプの魔導書とかあったら見せてほしいなーって言っといてー」
えへへ、と日だまりのような笑顔で放たれた言葉に、あたしは引きつった笑みを返すことしかできなかった。




