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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第二章

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 降り立ったアスファルトは熱く、空気にはどことなくじめっとした感触がある。

 地理的に、近くには大きな盆地と内海があるから、まだ暑くなり始める時期にも関わらず、体感温度はずっと高い。慣れない土地というのもあるのかも。小さい頃には世界中を回らされたりもしたけど、肝心の母国は地元以外詳しくない。

 ただなんとなく、活気というか、熱量の高さみたいなものを感じる。


「わぁ……見て下さいツバサさんっ。駅前に屋台がありますよ!」


 決して旅行気分ではないんだろうけど、ミホさんはいつもより興奮した様子で笑っている。多分、僕と同じく緊張しているんだと思う。

 ここはもう敵地。今までの相手とは違って、本領を発揮してくる。未熟な僕でどれだけ対抗出来るだろうか。


「お昼には早いですけど、食べてみますか?」

「はい、食べてみたいですっ」

「おじさーん、二箱下さい!」

「あいよー」


 だから僕も一層元気に振る舞った。

 不安はあるけど、戦う前に沈んでいたら始まらない。

 買ったたこ焼きを持って、近くにあったベンチに座る。すぐ後ろには電車の走る路線があって、時折会話もできないくらいうるさくなる。でも僕らは構わずそこで話をし、慣れない買い食いを楽しんだ。


ミホさんは気にしていなかったようだけど、道行く人々の視線が結構集まってくる。

 根っからのお嬢様であるミホさんは、絵に描いたような派手な装いはまずしない。質の高い生地で、よく見れば細かい部分が凝っていて非常にお洒落、というような服装だ。男物の服しか知らなければそうそう気付けないじゃないかな。そういえば、毎回ラフな格好ばっかりだと思っていたアズサさんも、ベルトやアクセサリーなんかの小物は凝ったものを使ってる。

 女装を始めてから気づくようになったというのは二つの意味で恥ずかしい話だけど、素直に感心する部分も多い。

 因みに僕の服装は極めて地味だ。遠出するからとかいう理由で着飾る気は全くない。むしろ、ミホさんの監視がない今、パンススタイルで居たい気持ちが大きい。実は先に送った荷物にはそれが忍ばせてあって、折を見て履こうと思ってる。


 こちらを見る人達が、漫画みたいに感想を口にすることはまずない。

 けど過ぎ去った所から振り返りながら話している内容はなんとなく察せられた。女装なんてしていれば人目が気にならないはずもなく、絶対とは言わないけど、相手が何を思っているかが目で分かる。

 ミホさん、可愛いですしね。

 僕じゃないですよ?


そんなミホさんが、前を通った男の人へ視線が釣られているのを見た時、僕は意外な気持ちで尋ねた。


「背の高い人でしたね?」

「え? あ、そうですね」


 今気づいたような言い方に、僕もちょっと小首を傾げる。

 周囲の視線を気にしていたから覚えてるけど、ほっそりとした顔つきで結構カッコ良い人だったと思う。楽しそうにスポーツの話をしていて、よく笑う人だったかな? 

 なんてことを考えていた僕を見て、ミホさんは恥ずかしそうにはにかんで言った。


「バスケットボールを持っていたようなので、近くにコートがあるのかなと」

「そういえば、持ってましたね」


 ふと背中を追うも、もう角を曲がったのか姿が見えない。

 地元ではあまり見ないけど、ゴールの設置してある公園なんかもあるくらいだ。この先はオフィス街みたいだし、案外隙間にあったりするのかな?


「ミホさん、バスケットに興味があるんですか?」

「……ボールに触ったこともありません。けど」


 どこか遠い所を眺めるように、


「私を変えてくれた人が、バスケットボールの選手だったの」

「お知り合い、なんですか?」

「いえ、偶然手にした雑誌に、その人の言葉が載っていて」


 変えてくれた人、と彼女は言った。

 そう考えてみると、今の彼女はお嬢様という雰囲気があれど、不思議なほど自由だ。実家に住んでいるのでもなさそうだし、あのお屋敷で泊まることもあれば、また別の所ということも珍しくないらしい。

 いくら放任主義といっても限度があるだろう。

 何か、事情があるのかもしれない。


「聞いても、いいですか?」

「恥ずかしいわ」

「聞きたいです」

「ツバサさんって、結構人をいじめるのが好きよね」


 ええ!?

 そうなのかな?

 今まで意識したことなかったけど、僕って、気付かない間に人をいじったりしてるのかな?


 わあ、自覚無かったの? っていうミホさんの視線が痛い!

 少し本気で落ち込んでいたら、頭を撫でられた。なんだかあやされてる気分。


「『君には無理だよ』という人の言うことを、聞いてはいけない」


 ポツリと漏らしたミホさんの言葉に、僕の奥底がほんの少しだけ軋んだ。

 彼女の目は遠く、僕を見ていない。

 それは、きっと幸いだった。


「『もし、自分でなにかを成し遂げたかったら

 出来なかった時に他人のせいにしないで

 自分のせいにしなさい

 多くの人が、僕にも君にも「無理だよ」と言った

 彼らは、君に成功してほしくないんだ

なぜなら、彼らは成功出来なかったから

 途中で諦めてしまったから

だから、君にもその夢を諦めてほしいんだ

 不幸なひとは、不幸な人を友達にしたいんだ

 決して諦めては駄目だ

 自分のまわりをエネルギーであふれ

 しっかりした考え方を、持っている人でかためなさい

 自分のまわりを野心であふれ

 プラス思考の人でかためなさい

 近くに誰か憧れる人がいたら

 その人に、アドバイスを求めなさい

 その人に、アドバイスを求めなさい

 君の人生を、考えることが出来るのは君だけだ

 君の夢がなんであれ、それに向かっていくんだ

 何故なら、君は幸せになる為に生まれてきたんだ

 何故なら、君は幸せになる為に生まれてきたんだ……』」


 目を閉じてその言葉を噛み締めた。

 これはきっと、大変な思いをしてきた人の言葉だ。理不尽以上の壁に、何度も足を止めさせられてきたから、負けるもんかと紡がれた。

 不屈と覚悟、希望を抱いた言葉。

 諦めるなと、先へ進んでいった人が続く人へ送った想い。

 本当に、


「いい言葉だと思います」

「えぇ」


 この言葉に、ミホさんは変えられたという。

 一体、何があったんだろう。何が彼女を諦めさせようとしていたんだろう。


 諦めた僕とは違う道を辿ってきた彼女に、今までよりずっと興味が湧いた。


「バスケットの試合は見るんですか?」


 聞くと、ミホさんは照れたように笑い、けど楽しそうに言った。


「実は、たまにNBAの試合の録画を見るの。私が憧れた人は、ずっと昔に引退してしまったから、昔のプレー集なんかを何度も」

「もしかしてお屋敷に置いてあったりするんですか?」

「ありますよ。ふふ、知識も何も無いんですけど、その人のプレーはとても面白くって、つい何度も見ちゃうんです」


 意外な一面、なんだろうか。

 普段より興奮して見えるミホさんに、本題を切り出してみる。


「ちょっとだけ、やってみませんか?」


 ただ憧れただけなら、バスケットボールにまで反応はしないと思う。

 何度も見てきた面白いプレーとやらを、自分もやってみたいと考えるのは当然のものだ。ただ、彼女は女の子だし、やるべきこともあった。うっすらと願望はあっても、一人で始めるのは腰が引けたのかもしれない。


 案の定、ミホさんの目が輝いた。


「一緒に、してくれるんですかっ?」

「はいっ」


 やるべきことはある。

 魔法少女なんて使命を背負った僕らは、必然的に本来得られた筈の時間を失っていく。特別やりたいことがあった訳じゃない僕だけど、ただただ役目に追われ続けるなんていうのは御免だ。

 負った責任の分だけ特権を使うことは悪じゃない。

 誤解を受けることは多いけど、あるべき補填なんだ。


 それから僕らは、屋台のおじさんにスポーツ用品店の場所を聞き、足取りも軽く大通りを歩いて行った。普段が落ち着いているだけに、笑顔のミホさんはずっと幼く見えて、それが妙に僕の内側をくすぐってくる。

 釣られて楽しくなっていた僕も、意気揚々とついて行く。


 そこで起きる悲劇など、まだ僕は予想もしていなかったんだ。


   ※  ※  ※


 どうやらこの近くに、大型のスポーツセンターがあるらしい。

 センターの隣にはビルの一階と二階を貸し切ったショップがあったので、僕らはバスケットの話をしながら店に入っていく。


 先にセンターで確認した所、ボールやシューズなんかは貸し出してくれるらしい。

 出先で荷物を増やしすぎるのも面倒だからと、買うのはユニフォームだけに留めた。ミホさんがお金は出しますと言ってきたけど、流石に移動から宿泊まで出してもらってるからと断った。


 んー、最近出費が多くて心が揺れたけど、こういうお金の使い時には気にしない。

 節約とは日常の中ですべし。遊ぶ時は別。

 でないと、何のための節約か分からないしね。

 戻ったらしばらくは一食二百円かな。お祖父様、ごめんなさい。


 お店には思ったより人が入っていた。

 連休の始めというのもあってか家族連れが多い。特にヤンチャな男の子がいるらしく、騒いでは親に怒られてるみたい。


 お店の人に聞いてバスケットのコーナーへ向かった先で、僕らは次々と服を合わせていく。

 ただ、


「色は、どれがいいんでしょう?」

「黄色です」


 カラーは即決だったから、後はデザインを選ぶだけだった。

 同じ色もいいけど、ミホさんが黄色なら僕は黒かな?


「アズサとシズクにも買って行きましょうっ」


 自分の分を決めた後、赤と緑のユニフォームを選んでいくミホさん。迷いない手つきに、なぜ二人のサイズを把握しているのかという疑問が湧いたけど、気にしないことにした。僕のは知らないですよね?


 取り出しては戻し、好みのデザインを探していく。

 こういうのって、番号に偏りがあるけど、有名な選手のだったりするのかな?

 なんてことを考えながら引き抜いたユニフォームが思いの外しっくりきた。番号は『23』だ。誰の番号なのかな。


 手元へ夢中になっていた僕は、あれだけ騒がしく店内を駆けまわっていたヤンチャ少年が、自分の真後ろで立ち止まったことに気付かなかった。


 ふわりと捲れ上がるスカート。

 ふとももからお尻にかけて、外気がうっすらと肌を冷やす。


 空白の思考のまま後ろを振り返ったそこには、未だ両手で僕のスカートを掴んだまま中を覗いている少年が居て、


「あれー?」

「ッ――キャアアアアアアアアアアア!!」


 スカートを払い、真っ赤になってうずくまる。

 あわ、あわわーわわーわわー!


 なんだどうした!?

 なにが起きたんだ今!?

 咄嗟に身体が動いたけど、頭が上手く回らなくて状況が分からない。

 なんか顔が物凄く熱いし、目尻には涙が浮かんでるし、あれ、さっきの悲鳴って僕が出したの? すっごく自然に女の子の悲鳴が出たんだけどどういうこと!?


「お姉ちゃんのパンツ、なんかおとう――」


 少年の口を片手で塞いだ。

 そのままこちらへ引き寄せ、残る右手で肩を掴む。

 うん、一気に思考がクリアだ。クリア過ぎて笑顔まで晴れやかだ。なんか黒いのが出てる気がするけど気のせいだ。

 僕は出来うる限り優しく、いたずら小僧へ語りかけた。


「今見たことは忘れなさい」


 コクコク!


「後、お店の中で走り回っちゃいけません」


 コクコクコク!


「人のスカートを捲るなんてもっての外です、いいですね?」


 コクコクコクコク!


「お父様、お母様の言う事をちゃんと聞くんですよ?」

「は、はいっ!」


 手を離すと、目を潤ませた少年が気を付けの姿勢で返事をしてくれた。

 いいですね。僕の誠意が伝わったみたいです。そんなに感動しなくてもいいんですよ?


 遅れてやってきた母親が重ねて僕へ謝罪し、少年を叱った。

 気付けばミホさんが隣に居て、僕のことを心配そうに見ていた。


「大丈夫? ツバサさんの悲鳴が聞こえて、慌てて二階から戻ってきたんだけど」


 良かった……もし彼女が近くに居て、スカートの中を見られていたかと思うと。

 アズサさんの指導により化粧まで覚えた僕だけど、最後の防衛線として下着にまでは手を出していない。アズサさんもそこへ踏み込むのは躊躇われたのか、話題にも上げないから、僕は今でもトランクスを履いている。ミニスカートなんて履くつもりはないから、滅多なことじゃ中を見られたりはしない。その、筈だったのに。


 あぁ、思い返しても恥ずかしい。

 バレるとか以前に、意図せず誰かに下着を見られるなんて誰だって恥ずかしい。そうだ。別に悲鳴を上げるのなんて男女関係ないんだ。ちょっと含まれるニュアンスが寄っていただけで、異常なことなんてなにもない。


「だ、大丈夫です。ちょっといたずらされちゃっただけで」

「まあっ。ごめんなさい、私が傍に居ればそんなことさせなかったのに」


 なんて言ってミホさんの視線が僕のスカートへ。

 そのままじっと考えこむ。


 なんですか……その視線は妙なプレッシャーがあるんですけど。


 やがて視線が上へ。

 僕の胸部に目が留まる。

 周囲を確認した後、そっと身を寄せてくる。

 小さな風と一緒に運ばれてくる香りに、ちょっとだけ緊張が強くなった。


「ツバサさん……もしかして、ブラ付けてないの?」


 ……………………え?


「だめよ。まだ膨らんできてないからって付けないでいると、悪影響が出るんだから」

「ふぇ? ぁ……あの、でも僕、まだまだ小さいから……」

「それでもダメって言ったじゃない。ふふっ」


 いい事思いつきましたわ、なんて感じの笑顔に、僕はそれとなく距離を取る。


 パシッ!


 くっ、肩を掴まれた!

 撤退は……無理なのか……!


 いい笑顔で迫るミホさんに連れられて、僕は二階の奥まった一角、下着コーナーへ連れて行かれた。スポーツショップに下着コーナーって、普通は無いと思うんだけど。

 見れば、このオフィス街で仕事帰りのOLさんをつかまえるべく新規に設置しました、みたいなことが入り口に書かれてた。余計なことを!


 といいますか、男の僕がこんな所に入るのはいろいろと問題が!

 わ、わあなんだこの空間!? さっきとは別の意味で恥ずかしいっ……他にお客さんが居ないことだけが救いだった。


「もう……そんなに照れなくていいのよ。皆最初は緊張するけど、すぐ慣れるものだから」


 慣れてしまったら僕の人生は終わりだと思う。

 極力周りを見ないように俯いていると、ミホさんがお姉さんっぽく笑って僕の手を引く。さっきまでスポーツの話題だったのに、何故こんなことになったのか。


「ツバサさんの初ブラを選べるなんて光栄よっ」

「ぁ……ぁの…………やっぱりそういうのはまだ……」

「だーめっ」


 ミホさんのテンションは鰻登り。

 いや、そろそろ登竜門を超えるかもしれない。


 あれやこれやと選び出した数着を持って会計に行くのは、ただ女物の服を買うよりもずっと恥ずかしかった。

 店を出る時、あの少年がミホさんへ向けて敬礼をしていた。

 序列というものを、少年は学んだらしい。


 その後、逃げるのもむなしく捕まった僕は、スポーツセンターの個室で、あろうことかミホさんの前でブラを付けさせられた。背中を見せて前は隠したけど、これってどっちが犯罪なんでしょうか。

 下だけは隙を狙ってトイレへ駆け込んで着替えた。荷物も外のコインロッカーに仕舞ったから、帰りに気をつければ更衣室へ入ることもない。かなり躊躇ったけど、下も一緒に買ったものに履き替えた。トランクスだと短いバスケットのユニフォームからはみ出してしまったからだ。

 せめてスパッツでも買っておけば良かったかな、なんて考え始める自分に落ち込んで、ユニフォームの隙間から見えたスポーツブラのラインに膝を屈した。


 とうとう、ブラジャーまで身に付けてしまった……。

 僕はもう引き返せない所へ来てしまっているんじゃないだろうか……。





悲劇……!!

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