7.入団申し込み
第一騎士団との距離感に悩みながらも、日々はあっという間に過ぎていき、騎士団の入団試験申し込みの始まる季節になった。
アーツは、ムラノ団長に何度も何度も確認した。
「団長、本当に、本当に、今年は第二騎士団の魔法使いの採用は無いんですね??」
「おう、そうだ。たとえあってもお前さん治癒魔法そこそこしか使えないんだろう?」
「それは、完璧じゃないです。でも、結構頑張ったんです。もしも採用があったらって思って」
「おお、可愛いこと言うじゃねえか。でもお前さらに、男爵家の跡取りになったんだろう?隠してたな?次男と跡取りじゃ全く違うぞ。隠し事は良くなかったな」
「すみません……。でも、ここより、第一のほうが良いだろうって思われるのが嫌で……」
ガシッと、鼻がつぶれる勢いで抱きしめられた。
「なんちゅー、可愛いことを言っちまうやつだ!」そのままワシャワシャ撫でられて、ふわふわのくせ毛は完全にこんがらがってしまった。
「失礼する」
開いたままの扉の外から堅い声が響いて、ヴァルがムラノ団長の部屋へ入ってきた。
慌てて、腕から抜け出して、髪の毛を整えながら、
「トルティン団長お久しぶりです」と挨拶した。
只ならぬヴァルの様子に、なにか重大な案件の話し合いが始まるのかと、ムラノ団長の顔を伺うと、ニヤニヤと笑っていた。それ程深刻なことではないようだ。
それでも、邪魔はできない、退室しなければと、アーツは声をかけた。
「僕、失礼しますね。また、来ます」
出て行こうとすると、ヴァルが「待て」と引き留めて来た。
「なんでしょうか?」
一気に緊張する。今までは挨拶程度しか話したことがないので、呼び止められてまでする話に見当がつかない。
「さっき、少し話を聞いてしまった。第二騎士団に入りたいという話だ」
「あ、はい」
お願いしても、採用枠がないので入団試験さえ受けられない。完全に撃沈なのだから、格好悪い話だ。あまり聞かれたくは無かったなと思ってうつむくアーツに、ヴァルは予想を超えた話をし始めた。
「今年から、第三騎士団で魔法使いを採用することにした。一枠だけだ。君が適任だろうと考えている。話を受けてくれないだろうか。受けてくれるなら、私の特別推薦という形にして、入団試験は免除させてもらう」
えぇぇぇっ!?
ここ数か月お世話になっている第一でも、数年お世話になった第二でもなく、第三騎士団!?特別推薦!??聞いたことのない枠だ。
「おお、そうきたか!」
ムラノ団長は楽しそうに聞いている。
なにかの詐欺とかではなさそうだが……。
公爵家の持ってくるうまい話には乗ってはいけない。アーツが離婚された8歳の頃から、それが家訓のようになっていた。
どうしよう。どうしよう……。公爵家、うまい話、よくないことが……。
アーツは、家財道具と一緒に王都まで揺られた荷馬車の中を思い出していた。あの荷馬車の揺れが、まるで昨日のことのように蘇ってきた。
「大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
ムラノ団長に肩に優しく手をのせられ、宥めるようにゆっくり撫でられた。
「あ、はい。すみません」
「突然で驚いたよなあ。公爵家からくる話が、全部が全部プンダリス公爵との結果みてえにはならねえからな。心配ないぞ」
ハッとして、アーツは口を押えた。心の声が漏れていたようだ。
「すみません!」
頭を下げられるだけ下げてお詫びをした。
「いや、いいんだ。君が、君たち家族が、昔酷い目にあったのは知っている。そして、知っているからこそ、無理強いはしない。ただ、第三騎士団は君のように、立ちはだかる壁にもめげず、努力を怠らない者を仲間に迎えたい。君はよくがんばっていると思う」
「あ、ありが、……」
ありがとうございます、という言葉がつまって出てこなかった。涙が止まらない。
ヴァルの『よくがんばった』という言葉は魔法みたいだった。
夜逃げのように公爵領を追い出された心もとなさも、同情されるだけされて過ごした子ども時代も、バツイチとからかわれる学生生活も、すっかり慣れて消化されたものだと思っていたのに。
ヴァルがハンカチでアーツの涙を優しく押さえた。
でも、さらに出て来た涙をみて、壊れ物のように抱きしめられた。
ムラノ団長の腕のなかとはなぜだか全然違っていた。




