97. 敗れた者達
埼玉県若緑市 一ノ谷邸
……………若緑市の王……と、とりあえずは呼んでおこう。
一ノ谷十三は、机に肘をついた手で自身の額を押さえている……。文字通り頭を抱えた状態で、ずっと止まってる。
その孫である英磨は落選が決定した政治家の如く、ただ茫然とノートパソコンのディスプレイを見つめていた……。
2X26年2月11日 〈2X24年度卒業生〉大林美月
おい、英磨!
この期に及んで、まだ逃げようとするのか?
こっちだってできれば、裁判なんて面倒なことはしたくないんだよ!
だけどお前が謝罪を拒むなら、告発だってするぞ!!
「う……ううううぅ!」
泣きそうな顔で、なんとも情けない声を出す英磨……。
「英磨さん……謝れば、向こうは告発しないと言ってるんです!
損得勘定だけで言っても、ここは謝ってしまったほうがお得です!」
謝る…………つまり、罪を認めるという事……!
…………英磨には、それはできなかった!
なぜなら…………英磨は先ほどから、自身の罪の意識と闘っていた!!
心の奥底より、沸々と湧き上がる罪の意識……。
酒井可憐と無理やり性交を成し遂げた、あの日…………おしとやかだったはずの可憐は、子供のように泣きじゃくった。
「うわああああああああん!!」
たまに、ふと思い出す……可憐の叫び声…………!
たかがセックスだ……大人は、みんなやってる……。
まさかあんなに嫌がるとは、思いもしなかった。
下半身を鮮血に染めながら泣きじゃくっていた、女の子……。
その彼女の姿と声が…………頭にこびりついて離れない!!
その声を聞きたくないと思いながらも、その声は頭の中に響き渡る……! 耳を塞いだって、はっきりと聞こえてくるのだ……力ずくに貫通させられ、屈辱を味あわされた少女の悲痛な叫び声が!!
だから…………罪を認めることなど、できない!
罪を認めてしまったら自分は可憐を傷つけた悪人として、一生、" あの叫び声 "を聞くことになる……!
じ……自分は関係ない! 自分は誰も傷つけてなんかいない!!
…………そう思わなければ、あの声から逃げられなかった……!
「いやだ…………」
「はい?」
英麿の耳に、東の問いかけは届いていない……。
「いやだ、いやだ! いやだああああ!!! あの声を聞きたくない!!
俺はなにもしてない! 関係ない!! 謝罪なんてしない!! したくない!!」
頭を抱え、子供のように駄々をこねる英磨。
老将軍が力なく東に頼みこむ。
「あ、東君……なんとかしろ
英麿が困っている……助けてやってくれ」
「……謝罪してください。そうすれば…………」
「だから謝罪はできねえって言ってんだろ!!」
英麿が東の胸倉を掴んで迫る…………が、東は英磨を睨み返した。
「な……なんだ、その目は……!
じ、ジイジ! 東の奴、生意気だぞ!!」
東義典38歳は、優秀な弁護士だった。
なぜ優秀か? 理由は二つ。
一つ、頭が良い
二つ、駄目だと判断したものは家族以外、切り捨てる
東は、一ノ谷家はもう終わりと判断した。
一ノ谷英磨が未成年をレイプした証拠がいくつもある……そして一ノ谷家が反社会的勢力との繋がりがあることを示す証拠も出てきた。再起は不可能だろう…………。
まさかハッカー集団如きに、100年続いた名門一ノ谷家が崩壊されるとは思わなかったが、これは事実である。
一ノ谷家は、もう終わりだ……。
「英磨さん、相手の意志に反して身体に触れることは、暴行罪となります。
手を離してもらえませんか?」
「お、おま……お前!」
さきほどまで" 飼い主 "に忠実だった男の変わりように驚く英麿と老人だったが、老人はすでに覇気を失っており、その孫はというと、反抗の目を向ける人間に対してどう対処すればいいのかわからず、その男の胸倉を掴んだまま静止していた。
東がその手を掴む……その左手の薬指には結婚指輪。東義典は結婚し、嫁と五歳になる息子がいる。東はその手で胸倉を掴んでいる英磨の手を取ると、ゆっくりと自身の身体から離す……。
「英磨さん、謝りましょう……告発されたなら勝ち目はありません。謝りましょう」
「だ……だめだ! 罪を認めてしまったら、俺は…………!」
「わかりますよ……あなたは人の痛みがわかる優しい人間だ。
だからこそ、自身の罪を認めたくない。認めてしまったら、自分が傷つけた女性の痛み、苦しみ……それら全てを自分も感じてしまうと思ってる、恐れてる」
「……………………」
英麿は、自身の心を見透かされてると思った。事実、東は英磨の胸の内がわかっていた。今まで数多くの犯罪者と向き合い、弁護をしてきたのだ……それは東にとって造作もないことだった。
東は目の前に立つ10代の青年を見る。その見つめる目は、自身の息子を見る目に似ていた…………。優しく……しかしはっきりと自身の思いを述べる。それは今まで仕えてきた主、一ノ谷家への情けでもあった。
「英磨さん、あなたは自身が犯した罪の重さに押し潰されるのを怖がってる。だから罪から逃げようとする…………。
違います! 逃げても、あなたが背負ってるその罪は、いつまでも重いままです」
「…………!」
英麿はなにか反論しようとするが、上手い言葉が出てこない……東は話を続ける。
「逃げるのではなく、向き合うんですよ……自身が犯した罪と。
向き合っても罪は消えません…………しかし、被害者の痛みと向き合ったという事実は、罪の重さに苦しむあなたを……きっと助けてくれます!」
「く…………う、ううぅ……」
英麿の目に、涙が浮かんだ……。
「もう一度言います……あなたは優しい人間だ。開き直って悪人になりきれず、酒井さんの声に怯えているのがその証拠です。
大丈夫……日本国憲法において、あなたが幸せな人生を歩む権利は保障されています。もしこの先の人生であなたの名誉と人権が傷つけられるようなことがあるなら、わたしに依頼して下さい。全力を持って弁護します!」
東は淡々と、一ノ谷家に雇われた弁護士としての責務を遂行する。
「う、ううううううぅう……!」
部下だった男に情けをかけられ、英磨は泣きながら崩れ落ちた。そしてパソコンのキーボードへと、ゆっくり手を伸ばす……。
2X26年2月11日 〈2X24年度卒業生〉一ノ谷英磨
高校二年の冬休み、俺は仲間三人と酒井可憐さんをレイプしました。
申し訳ない
謝ってすむ話ではないが、悪かった
ごめんなさい
英麿は泣きながらキーボードを打つ……。はじめは辿々しく、しかし徐々に軽快になっていく…………。
己の罪と向き合った時、今までずっと心の奥底に封印していた酒井可憐への償いの言葉が、文字となって次々と現れ出ては止まらなかった……。
数十分後……英磨はあの日の真実を全てを掲示板に向けて話した。洗いざらい吐き出した英磨の顔は……どこか落ち着いていた。
「……お疲れ様でした」
東が青年の労をねぎらう。
……その一方で、敗軍の将となった老人が力なく呟く。
「英磨……一ノ谷家は終わりだ…………。マスコミが騒ぎ立てるぞ……女を強姦したと。それだけじゃない…………あのファイルもだ……」
「連中は謝罪すれば、ジイジのファイルは消すと言っているけど……」
「ふん……! 奴らが消したところで、もう遅い……。
わしらを嫌う者達は、それをハイエナのように嗅ぎつけ、かっさらっていく…………。政治の世界というのは、そういうものだ」
「…………十三様」
一ノ谷家を見限った東だったが、長年仕えてきた主の落ちぶれた姿には一片の同情を憶えた。
その落ちぶれた王が、ゆっくりとノートパソコンを指差しながら東に尋ねる……。
「奴ら、なんと言ったかな…………そいつらの名前だ。
ぶら……ブラ、なんだっけか」
「……Black Maskです。
もともとは新型コロナ流行時、インターネットでマスクの着用を訴えるだけの集団だったと記憶しています」
「そうか……。
ふん、たいした連中だ……一ノ谷家を一夜にして滅ぼすとはな…………ははは。
……東、お前との契約はまだ切れていない……! だから、わしの言葉を書き込め!」
「はい、承知しております!」
「Black Mask、お前らの勝ちだ。一ノ谷家は敗北を認める」
「ジイジ……!」
「……英磨! 強者は負ける時も威厳を持つものだ!! それを忘れるな!」
「う、うん……いや、はい!!」
…………東はなにも言わず、主の次の言葉を待つ。
その主が口を開く……。
「エイト06を持つ者、たいしたもんだ。日本の全てを見る" ちから "を持ちながら、見ず知らずの女の為に闘うとはな……。
黒いスマホということは貴様、叡智防壁群か。AI専制派は、すでに動き出してるぞ……人類のために、どこまで戦えるかな。
せいぜい頑張るがいい」
「……以上だ。投稿しろ」
「…………はい」
言葉の意味をよく理解できないまま、東は言われるままに文章を投稿した。




