愛おしい
「元気…… だったか」
フェイの顔をじっと見つめながら、ジンがそう言った。
「…… うん。
だけど、どうして…… 。
突然、リュウ恩師の家から急に居なくなって…… 一体何処に行っていたの?」
フェイは涙を浮かべてそう呟いた。
だがジンは、そのまま振り返って、
「フェイ、やっぱり駄目だ。
先輩やキャサリンに知られたら…… 」
そう言った。
それでもフェイは、問い掛けるのを止めなかった。
「ジン、今、何処で何をしているの?」
すると、
「僕は、日本の警視庁で田辺康太という名前で、警部補をやっている」
と答えた。
「そうなの」
フェイは、ずっとジンの事を見つめていたままだった。
「フェイは」
と、今度はジンが問い掛けると、
「私はリュウ恩師の家にいるわ。
一度は離れようと思ったけど出来なかった」
と、フェイが答えた。
するとジンは、フェイの方に振り返った。
そして、
「それじゃ、なぜ君がここに居るんだ」
と言って、険しい表情でフェイの肩を掴んだ。
「そ、それは…… イタリアに買い物に来たの。
前から憧れていたから…… 。
それで、香港からの船に乗ったら、騒ぎに巻き込まれて…… 。
そこで、あのおじ様達が居たの」
フェイはそう言って、ジンから眼を逸らした。
フェイは、嘘をついた。
その事を解っていたジンだった。
チェンから聞いた言葉を思い出していたのだ。
だが、その事を言えなかった。
その時、ジンの携帯電話が鳴った。
「田辺、何しているんだ。
早く来いよ。
港の前にあるホテルの四階だ。
そこのイタリア料理のレストランに居るから、解ったな」
大島警部からだった。
「はい、解りました」
そう答えて電話を切ると、
「今の電話、さっきの日本人」
と、フェイが心配そうな顔で尋ねた。
余りの声の大きさに、声が聞こえていたのだ。
「そうだよ。
僕の先輩で大島って名前の人だよ。
警部をやっててね。
ちょっと口煩いけど、とてもいい先輩だよ。
さっき居た白人の女性は、キャサリンって名前で、やはり警部なんだ。
アメリカから来たFBIだよ。
それより、このままだと怪しまれるから早く行こう」
二人の事を話したジンは、フェイの手を取って走りだした。
そしてフェイも走った。
握り締めた手は、子供の頃のジンの手の温もりと変わってはいなかった。
そしてその温もりを、愛おしく胸に感じながら…… 。
レストランに着くと、二人は大島警部一行を探した。
「あっ、居た」
そう言って、早足でそこに向った二人だった。
すると、
「田辺、何をのんびりとしている。
いくらその娘が可愛いからって、お前は警察なんだぞ」
大島警部は怒鳴った。
「あ、いや…… 急いで来なきゃと思って」
そんな弁解をする田辺警部補だった。
すると、
「あ、あの…… 手を…… 痛い…… 」
そう呟くフェイが居た。
その時初めて、事の重大さに気付いた田辺警部補は、握った手を慌てて離した。
その状況に、大島警部が肩を抱いて、
「まあ、確かにお前好みだけど…… 。
ところで、その娘は誰だ?」
と、耳元で呟いた。
すると突然、
「違います、違いますよ。
そんなんじゃありません。
ナンパなんてしていませんからね。
今から説明しますよ」
田辺警部補は、怒りながら椅子に座った。
そんな二人の遣り取りを見ていたフェイは、含み笑いをしながら隣の椅子に座った。
するとチェンが笑いながら、
「私から説明した方がいいだろう。
そうでないと、そこの若い刑事さんの誤解も解けないだろうからな」
そう言って、船の中での出来事を説明した。
その頃、『ジニーニョ一家』のドン・ジニーニョの家では、
「そうか、中国で殺されたか」
「はい。
一緒に居た部下達も、全て殺されていました。
一体誰がやったのか…… 」
ジニーニョのところにも、中国で殺された大男の幹部の情報が入っていた。
そこへ、もう一人の幹部の男がやって来て、
「ボス、ワンとチェンがこのイタリアに着いたそうです。
今度こそは、失敗せずにやります。
ボス、いつ殺しにいきましょうか」
幹部が殺されて、もう後が無いジニーニョ一家だった。
「あいつらの乗っていた船が、何者かに襲われたと聞いたが…… 。
助かっていたとはな。
まあ、慌てるな。
手筈は整っている。
ここイタリアに来たからには、生きて帰る事は出来ない」
ジニーニョはそう言うと、葉巻を口にしてニヤリと笑った。
チェンの話を聞いた大島警部一行は、食事を済ませるとチェン一行の泊るホテルに向った。
もちろん別行動での移動だった。
ホテルの玄関口では、二つのチャイニーズマフィアの部下達が出迎えていた。
そしてフェイも、同じホテルの中に入って行った。
それを、田辺警部補は車中からじっと見つめていた。
大島警部一行も、そのホテルの前にあるビジネスホテルに泊まることにした。
その日の夜。
「キャサリン警部、キャサリン警部」
部屋の外から、田辺警部補の声がした。
「どうしたの。
あの三人を見張らなくていいの?」
部屋のドア越しにそう言うと、
「先輩は、今シャワーを浴びてます。
その後は、二人でゆっくりと食事にでも行って来ればと思いまして。
見張りは、僕一人でも十分ですから。
それに、今日は大丈夫だと思いますよ」
すると、廊下に鈍い音が響いた。
「痛いっ」
突然ドアが開いた為に、頭をぶつけてしゃがみ込む田辺警部補だった。
そんな事には気を止めずに、
「そうなの。
それじゃあ、ちょっと出掛けてこようかな」
そう言いながら部屋に入って行った。
暫くすると、ドレスに着替えたキャサリンがやってきた。
二人で大島警部の部屋まで行った。
「先輩、先輩!」
田辺警部補の声でドアを開ける大島警部の前には、上機嫌で微笑むキャサリンの姿があった。
「先輩、こは僕に任せてキャサリン警部とゆっくりしてきて下さい」
そう言って、キャサリンの後ろから顔を出した田辺警部補だった。
突然の訪問で、
「な、なんだよ…… いきなり」
大島警部はそう言ったが、
「田辺警部補が、ああ言っているんだし、食事にでも行きましょう」
と、キャサリンに引っ張れながら部屋を出て行った。
「先輩もキャサリン警部も、今日は無礼講ですからワインでも飲んで、ゆっくりしてきて下さい」
と言って見送る田辺警部補だった。
そして部屋の中に戻ると、置手紙をして急いで部屋を出て行った。
〔一緒に居たフェイが、単独でホテルから出て行きました。
何かあってはいけないので、僕が尾行しながらガードします〕
田辺警部補は、フェイに会いに行ったのだ。
そうとは知らずに、大島警部とキャサリンは、
「大島警部。
田辺警部補も良いとこあるわね。
何と言うか、頼りになるって言うか…… 」
「まあ、そうだな。
チェンとワンの部下達も、あんなに来ているから大丈夫だろう」
そんな会話をしながら、ホテルを出て行った。
後ろから出てきた田辺警部補は、二人を横目に反対方向に向った。
その先で、フェイが待っていた。
「久しぶりに、二人で食事でもしようか」
二人は、傍にあった日本料理の店に入った。
「ジンが居なくなって五年もなるのよ。
その間、私がどんな気持ちで居たか。
…… こいつめっ」
そう言いながら、フェイはこの再会を心から喜んだ。
ジンの事を、心の底から愛しているのだ。
その気持ちは、ジンも同じだった。
しかし、
「悪かった。
本当にすまないと思っている。
だけど…… やらなければいけない。
恩師の…… リュウ恩師の仇を打たないといけないんだ。
その為に僕は、いくら辛くても修行してきたんだからな」
そう言った。
「それは私も同じよ。
だけど…… 敵わないよ、あいつらには。
だからそんな事はやめて、一緒にリュウ恩師と住んでいたあの家に帰りましょう」
そう言って、ジンの手を強く握り締めた。
フェイは、ジンを失うのが怖かったのだ。
確かに、ジンは強くなっていた。
だが、敵は数も多く、そして何よりも強い。
だが、ジンの気持ちも痛いほど解った。
だから同じ思いで、既に行動に移していた。
そしてその事は、ジンには言えなかった。
「ジン、覚えている。
リュウ恩師の家に居た頃の事。
二人で一緒に、木の実や槙拾いをやった事」
「ああ、覚えているさ。
イノシシに追いかけられた事もあった。
あの時は、逃げるのに必死だったよ」
「そんな事もあったわね。
私は、いつも泣いてばかりだったから、ジンに助けてもらった」
「あの時以来、強くなる為に、二人で武術を練習したじゃないか」
二人の話は、いつまでも尽きる事はなかった。
一方、大島警部とキャサリンは、
「ひゅまんな…… キャサリン。
ちょっと…… ろみすぎてゃ」
「いくら久しぶりに飲んだからって、疲れているのに、あんなにボトル開けて…… 」
大島警部は、既に泥酔状態だった。
キャサリンの肩を借りないと、歩けないほどになっていたのだ。
そんな中でも、
「キャサリン、今回の事件は必ず俺達の手で決着をつけような」
と、捜査の事は忘れてはいなかった。
そして、
「それに、君のお父さんの仇を取るんだ。
俺は、その為だったら何でも協力するからな」
と言っていた。
「大島警部…… 」
キャサリンがそう言うと、
「俺には両親はいない。
俺の親父も警察官だったが、事件を追っていて犯人に撃たれて…… 。
お袋はその後、病気で死んだ。
だからキャサリンの気持ちは、痛い程よく解るんだ。
だから、必ず『アサシン』見つけ出す」
「う…… うん」
大島警部の言葉に、涙を流しながら何度も頷いくキャサリンだった。
その夜は、何事も起こらなかった。
田辺警部補が戻ったのは深夜だった。
静かに部屋に入ると、既にベッドで眠っている大島警部の姿があった。
それを確認した田辺警部補は、再び部屋を出て行った。
そして翌朝。
大島警部とキャサリンがホテルから出て来ると、田辺警部補は外で待っていた。
「お早う御座います」
と声をかけると、
「あら、おはよう」
朝から上機嫌のキャサリンと、
「あ…… ああ、おはよう」
二日酔いで、ぎこちない返事の大島警部だった。
そして、
「帰って来るのが遅くなってすいません。
フェイを追っていて…… 。
でも御心配無く、無事にホテルに戻るのを確認しました」
いつもの様に振る舞う、田辺警部補だったのだ。




