王宮闘争 * 【輪廻の雫】
爆音と爆風にかき消された悲鳴の後は、パチパチ、カランカランと衝撃による地下の壁や床の破損や亀裂から起こる音とうめき声がわずかな時間支配した。
「チッ、なんてことを」
グレイの舌打ちでハッとして、私はグレイの胸を押す。
「ジュリ、ケガは」
「大丈夫っ、グレイは?」
「私は全く問題ない」
「そう、ならよかった。……一体、何が」
恐る恐る周囲を見渡すと直ぐそばでリウト君がケホケホと咳き込んで、ヴァリスさんが大きな大きなため息をついて肩や腕を手で払っていた。
「リウト君っ、ヴァリスさん、大丈夫?!」
「は、はい、何とか」
「私も問題ありません。しかし……」
私の周りにいた団員さんや兵士さんたちは壁まで吹き飛ばされて倒れていたり蹲っている。
「ジュリ見るな」
強引に目元を塞がれた。そんな事をされる理由は直ぐに想像がついた。
爆発と爆風による濃い土埃のような臭いに徐々に混じり始めるのは血の、鉄の混じるあの臭いと嗅いだことのない汚物の混じった生臭い鼻をつく悪臭。グレイから握らされた布、ハンカチらしきものを鼻にあてがう。
何人かは何が起きたのかも分からずに即死した、そう説明するグレイに私はただ頷いて返すだけ。目まぐるしく変化する現状に私の感情が追いつかずそれ以外の反応は出来なかった。
「ニール!!!」
ロイド団長の聞いたことのない裏返った高い声。
「おいニールっ、なぜだぁ!!」
切羽詰まった叫び声に反応するように、蹲ってまていたり倒れていた近衛騎士団の団員さんたちが起き上がりフラフラ揺れながら、足を引き摺りながら、団長さんやハルト、リンファたちが踏み込んだあの壁の向こうに向かって歩き出す。生き延びてかろうじて意識のある兵士さんたちも、体を起こしたり頭を何とか持ち上げて再び騒然となったそちらを見遣る。
足が動いた。
グレイに腕を掴まれたのに、その大きな掌から腕が驚くほどするりと抜ける。
「ジュリ?」
グレイも何が起きたのか分からないそんな声を発した。
引き寄せられるように私の足が自然と真っ直ぐ迷いなく動く。誰かに動かされているとかそんなことじゃなく、私の頭の中のどの部分か分からないけれど確かに私の意思で私の足は動いていて、それを助けるかのように『何かの力』が働いてグレイに掴まれた腕が抜けたように感じた。そして数歩進んで気付いたのは、私の手が、私の腕を掴んだはずのグレイの手を握っていたこと。
「行かないと」
口から溢れた言葉に驚きはない。不思議なほど滑らかに発した一言。
チリン
チリン
チリン
ああ、やっぱり。
行かなきゃ。
そうですよね、セラスーン様。
「クッソ、最悪だな!! よりによって何でここで『最期の魔力』だよっ」
「怒るのは後にして!! 血を止めるからハルトは魔力の流し込みをしてっ、これ以上の魔力流出も流血もだめよ!」
「ニール、目を開けろ。ダメだ、お前は、ダメだぞっ。先日三人目が生まれたばかりだろうっ? 待望の女の子だって、あれだけ喜んでただろうが……」
「誰か早急に女王陛下に連絡を!!」
「怪我人は! 生存者の確認をする、ヴァリス手伝え!!」
ハルトとリンファ、ロイド団長、アストハルア公爵様、ツィーダム侯爵様の声が響いた直後その場が騒然となった。耳に届くその声は怒りや焦り、悲しみや戸惑い、色んな感情が混ざりあっていて本来なら心を乱す音のはずなのに、私の心がそれを認識していない感覚があった。単なる音として受け止めて、だから動揺など一切することがなくて、不思議な感覚に私は支配されていた。
「ジュリ待て! ダメだ!!」
「ダメじゃない、行かないとっ、ぬぉあぁぁぁ!?」
「ジュリ?!」
実に可愛げのない声で叫んだ事に一瞬自分でも驚いたわ!!
急に、急にスカートのポケットが熱い!! 何これ火傷する!!
「あつっ! あっつ!! 何これ何なのちょっとえぇぇぇっ!!」
豪快にバタバタとスカートを仰いでからポケットに手を突っ込んだら。
コツンと指が何かに当たった。
「んん?!」
これか、これが熱いのか?! ワケが分からずパニックになりながらもそれを掴んで取り出した。
取り出した瞬間、スンと熱が引いて。
「……なにこれ」
「ジュリ、なんだ、どうした!!」
「ええっと、これ、見覚えあるけどなんだっけ」
私は取り出したそれをグレイに見せた。
「発光しているが……随分前にジュリが作った擬似レジンのグラデーションパーツの一つだ」
「よく覚えてるね!!」
グレイの記憶力にドン引きしつつ、私はグレイと目を見合わせた。
「あれ? え、これってハルトに預けて以降、そのまま……」
そこまで言って、驚異的な記憶力とひらめきでグレイも気付いたようだった。
「セラスーン様預かりになってた」
そしてハモった。
「「【輪廻の雫】」」
グレイに小脇に抱えられた。久しぶりだわこれ。
そして瓦礫や倒れる人たちを軽々飛び越え進んだグレイのお陰で私は直ぐにハルトやロイド団長達の所に到達。
「おいグレイ! ジュリは下がらせろ」
「グレイセル! こっちに来ないで!」
「大丈夫だ」
「大丈夫ってなにがだよ?!」
二人を無視し、私は小脇に抱えられたまま、地面に膝を付いているロイド団長の肩を叩く。
「ロイド団長、私に任せて貰えませんか」
「ジュリ殿っ」
振り向いたロイド団長の顔は絶望と悲壮感で塗り固められ、両目から涙が溢れ頬を伝っていた。
私の視線はそのまま流れるようにロイド団長が頭を抱えて膝に乗せているその人に移る。
ニール副団長。
目を開けたまま、口は半開きのまま、既に呼吸は止まっていた。その目と口に加えて鼻と耳から血が流れ、ロイド団長が擦ったからかその血が顔と首を赤く染めていた。
何より、左半身。その損傷は激しかった。完全に吹き飛ばされて臓器が剥き出しになり地面に大量の血と共にずり落ちている。おそらく一部は衝撃で跡形もなく潰れて吹き飛んだはず。人間の肉体に詳しいわけじゃないからどこがどうなったかなんて分からない。それでも通常なら、これは即死だし肉体の大事な箇所が失われている以上、もう助けることは不可能。私は確認の意味も込めリンファに顔を向ける。手の施しようがないと判断したのかリンファは顔を背けた。
「助けます」
ロイド団長の肩がビクリとした。怒りが混じった不信感溢れる団長の目を真っ直ぐ見つめる。
「絶対助けます」
私は【輪廻の雫】を見せた。
「あ!!」
ハルトが叫ぶ。
そして私は。
……私は。
(えーっと……どうやって使うんだった?)
『【神具:輪廻の雫】命あるものならば全てにおいて一定期間老化を止めるもしくは成長を止めることが出来る効果は個人差があり効力を使い果たすと自然崩壊する発動は身につけたその時から老化もしくは成長の停止に使用しない場合死者の復活を願いながら雫を破壊することでその死者を現世に呼び戻し生命の理に戻すことが出来る発動条肉体の腐敗が進んでいないこと自ら命を断った者ではないこと』
「いぎゃぁぁ! 強引! すみませんごめんなさい思い出しました!!」
頭の中に何かを突っ込まれかき回されて無理矢理引き摺り出された感覚って、物凄く嫌だっ! しかも一息で早口でまくし立てられるように頭の中でポンとそれが出てきて目が回る……。
やっぱり可愛げのない叫び声だし突然誰かに謝るしで不審者極まりない私。でもグレイとハルトは私のその極めて奇異な言動に何かを察した。
直ぐに私を小脇から降ろしグレイは【輪廻の雫】が乗る私の手を包むように握る。
「私に出来ることは?」
本当、頼もしい男だ。迷わず、必ず、私の力になってくれる。
「割って。ニール副団長の上で、これを割って」
グレイはエルフの里で『そんな力、何処で使うんだ?』という力が覚醒している。それはこの世に存在する【神具】を全て扱えるということ。
【輪廻の雫】は壊すことで人を救える。私でも出来るのかもしれないけれど、ニール副団長は誰もが諦めるほどの損傷でそれはリンファの反応でわかる。きっと一刻の猶予もない、非力な私がやることで時間がかかるなんてことは許されない。
私は包まれた手ごとグレイの手をひっくり返して、手を広げ【輪廻の雫】を乗せる。ゆっくり手を離すと、グレイはぎゅっと握り込んだ。
「な、何を」
動揺するロイド団長の震える声に私はただ頷いてみせた。【輪廻の雫】が神具であることを隠して説明するのが難しい。言葉を選んで説明する暇もない。だからそうしただけなのに、ロイド団長はグッと唇を噛んでから、一度目を閉じた。
「……お願い、する」
絞り出したその声に、今度ははっきり私は返す。
「はい」
動ける人たちがいつの間にか集まっていた。犇めく人たちがニール副団長の無惨な姿に涙して蹲ったり、嗚咽し仲間と抱き合ったり、呆然とその場に佇んだり。
その場が強い強い悲しみと絶望に支配される中、グレイだけはとても涼やかな顔をして。
スッと手をニール副団長の胸上に伸ばしたグレイの腕の筋肉がグッと張った。
「行くぞ」
「うん」
パキ。
乾いた軽い弾けるような割れる音。
刹那。
「ぐおっ?!」
誰の発した第一声か。
グレイの指の間から眩い金色の光線が放たれて視界を奪われる。
あまりのその光の強さに殆どの人が目を腕で覆ったり身を捩ったりした。
その中で、私たちそしてロイド団長だけは目を細めつつ発光源、グレイの手から目をそらさずに済んだのは、神様の采配かもしれない。
そして、ゆっくり、ゆっくり、グレイの指が動く。まるで光にこじ開けられるように、その手が開かれる。その間光は質を変えて光線が粒子になり、その粒子はグレイの掌から泉の如く溢れ落ちていく。
金色の光の粒子はどんどん増して。グレイの膝まで隠す勢いでニール副団長を覆い始めた。留まることを知らない金色の粒子がニール副団長を抱えるロイド団長の腰まであっと言う間に到達し、完全にニール副団長が見えなくなって。
甲高いビシ、ミシ、と聞き慣れない音を立てながら山となった金色の粒子は凄まじい勢いで弾けて跳ねる。ややあってグレイの手から金色の粒子が溢れなくなった。掌に残ったのは歪に真っ二つに割れた【輪廻の雫】。
「え、お、お? ……見たこと、あるわ、これ」
堪らず奇妙な声を出してしまったのは、ニール副団長を覆う金色の粒子が線香花火のような光を時々発しながら今度は別の動きを始めたから。それはなんと、スライム様を二色使うグラデーションをかける時の、棒でゆっくりかき混ぜると見られるもったりとした液に出来る筋と波紋と同じ。それがロイド団長の下半身ごとニール副団長を覆うこんもり山となった光の塊の表面で起きている。いや、そもそもそうだと気づいた事も驚きだけども。
「……まんまだわ」
私のつぶやきを拾ったグレイが私を見た。
「スライムを混ぜる時か?」
こんな時に、同じ事を思った私たち。しかも、混ぜ方が私だ。基本的には同じ作業をしていても、経験を重ねて慣れてくると混ぜる時のスピードや道具の傾け方、力の加え方など個人に若干の違いがあって、完成品に影響しない個性がそこで確認出来る。ほぼ私のコピーと言える完成度を可能とするキリアとロディムだけど。うん、これは私だ……。
「ここに私の特徴が出るんだ……え、キモッ」
「そうだな、出てるな……」
いやグレイが判断できるのはちょっとおかしいことだから、とツッコミを入れる余裕があるくらいに急に緊張感が私たちから走って逃げた感覚に陥ったのは気の所為じゃない。
パン!!!
突然だった。グレイと二人表現が難しい複雑な心境になって数秒後、今度は耳元で風船を割られたような音に襲われた。
「ぬぉあぁ!」
今日の私がとにかく色気が皆無な悲鳴しか出せない事実はその辺にぶん投げる。
音と同時に金色光の粒子が弾け飛ぶ。テレビで金色の紙吹雪が盛大に舞うシーンを見たことがあって、あれに近いとあとから思う事になるド派手な弾け方をした光。
弾けたらそれは積もることもなく地面に触れたらそのまま染み込むように消えた。
周りを見渡せば、私たち以外はまだ目を覆ったりしているので一連の出来事は見ていないらしい。
「……ニール?」
か細く震えるロイド団長の声にハッとしてニール副団長をみれば。
「あ」
パチパチと小さな光がまだ身体から弾けている。
でも。
「すげぇな、おい」
ハルトは言葉とは裏腹に、とても無邪気な笑顔になった。
「さすがは【輪廻の雫】だな」
「……ああ」
グレイが陽気なハルトの一言にホッとした息と共にそう返した。
リンファは思案顔をしてから、苦笑して私の肩をトントンと軽く叩いてきた。
「とんでもない隠し玉持ってたじゃないの」
いや違う、私も想定外。と素直に答えたら一瞬キョトンとして彼女は声を抑えて笑った。
目を見開いて、唇を震わせて、ロイド団長は滂沱の涙をニール副団長の顔の上に溢す。
「……どう、したんですか。泣いているんですか。……やめてください団長の、泣き顔、気持ち悪い、です」
ニール副団長が、呼吸が苦しそうなままとんでもなく嫌そうな顔をしてそう吐き捨てた。
この状況で言うことはそれかとハルトが一人大笑いした。
輪廻の雫は使い所がここでした。
いやはや、自分で書いていて改めてこの一話のために時間がかかったし遠回りだったなと少々呆れている今日この頃です。
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