王宮闘争 * 塔の地下
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「レオン、リウト?」
「え?」
「この気配、は、そんなまさかっ」
公爵様がいきなり魔法をぶつけて扉を吹き飛ばすとそのまま中に飛び込むように突進して。
「ぎゃあ!!」
悲鳴をあげたの私だけ。皆、メンタル鋼すぎる。
「公爵家の息子がいるみたいね」
「確かに公爵に似た気配が二つある。地下だ」
「ねぇ、この感じって」
「デカい魔法陣が常時発動している。魔力供給源に使われてる可能性があるぜ」
「最悪っ!!」
リンファとハルトの会話の不穏さに一瞬血の気が引いた。
「え、なにっ」
何が起きているのか。そんな問いかけだけが頭を巡る。ハルトとリンファは公爵様を追いかけて足早に真っ暗な塔に踏み入って、矢継ぎ早にロイド団長が兵士の一人に何か指示をして兵士数名がさっき来た道を走って戻る。騎士団、兵士、その後ろにツィーダム侯爵様たちが続けて突入していく。
自然と足が動いて私も追いかけようとして、腕を掴まれた。
「行かない方がいい」
「なんで?!」
「ジュリ、ハルトの言ったことが分かるか?」
「え、なに」
「ごく一部を除いて、魔法陣は基本発動だけでも相当の魔力を必要とする。では常時発動なら? それが、どれほど厄介なことか、知っているか?」
私は振りほどこうとした腕の力を抜いてから首を横に振る。
「魔法陣は、効果を維持するのに魔力を流し続ける必要がある。そのため素材の属性を引き上げ魔力を溜め自身の魔力を呼び水にし様々な効果や魔法を放てる付与品が主流になり、魔法陣は正直衰退の一途を辿っている状況だ」
「それは、聞いたことある、けど」
「だが、魔法陣も付与品も魔力放出には限界があり、ゆえに魔力を使い切れば必ず止まる時がくる。それでも常時発動させたいなら途切れないように複数人で交代で流し続ければ可能だが、魔力枯渇は命懸けだ。特に魔法陣は流し込みを止めても近くにいるだけで惰性でしばらく魔力吸収し続けるものが多い。魔法付与品とは違い魔法陣はその点が不便でリスクが高いため現代では使われる事が少なくなった。その代わり利点があってな。付与品は身に着けている、触れている本人の魔力を直に消費するのが前提だが、魔法陣は魔力さえ流し込めればいい。じゃあどうする? 魔力豊富な人間にやらせればいい。だが、そんな都合のいい人間がいなかったら? そういう人間を拘束して魔法陣に直に繋ぐ」
「繋ぐ、って……」
「隷属させたり意識を奪い、魔法陣の上に乗せる。魔力が空になるまで、死ぬまで乗せておく。その時に必要になるのが、意識がなくても強制的に魔力を引き摺り出せる媒体となる、魔法付与がされる前の極めて硬質な……加工済みの付与が可能な素材だ」
加工済みの付与が可能な素材。
魔素酔いや共鳴さえなければ、私は。
この世で最も硬く、無限の可能性を秘めている希少な『黄昏』の素材すら加工できる。
そしてここに連行されて、私は何を加工した?
何を加工させられた?
知らずに私は。
何を、作らされていた?
ここで。
ここでそれが来る?
「魔力を奪う人間の一滴の血と、繋ぐための術式があれば良いと言われている。魔法陣の発動と同時にその人間と血がついた物を魔法陣に接触させれば、魔法陣が壊されない限りは魔力が勝手に吸い取られ使われてしまう。その場から離脱出来ればいいが、出来なければ……死ぬまで魔力を奪われる」
一瞬呼吸を忘れる。息を止め、微動だにしなくなった私をみてグレイがそっと私を抱きしめ背中を擦ってくれた。
「私は専門家ではないし、この知識も随分前のものだ、断言は出来ないが少なくとも根本的な構造などは変わっていないはずだ。ジュリが見なくていいものが、見てほしくないものが、きっとある」
見なくていいもの、それはきっと。
「私はっ」
戦場で直接人が使う以外に、そんな使い方があるのかと、自分の中に僅かに残る冷静な部分が他人事のように考えている。そして今の私の大半を占める恐怖と動揺でごちゃごちゃした心が、瞬間的に熱を持って膨れ上がる。
「そんなことに利用されるなんて真っ平ごめんよ!!」
ぎゅっと強く抱きしめられ、私はその腕の中で叫んだ。
「嫌だ、絶対、嫌……!」
「分かっている」
落ち着いた、静かなグレイの声。
「大丈夫、ジュリの物は使われていない。そもそもジュリの加工したものは防御や補助系の付与しか出来ないという制限がある。おそらくその制限が働くはずだ、媒体として使えないだろう。……それもジュリの解放に繋がったと思っている。大丈夫、ジュリの作る物は、命を守るために使われることはあっても、人の命を奪う物に使われることは決してないしセラスーン様も許さないだろう」
目に涙が滲んだけれど、グレイの言葉でスッと荒んだ心が引いていく。不思議だ、グレイの言葉は私を不安や怒りから解放してくれる。
腕で雑に目を拭い、顔を上げる。
「……ありがとう、信じる」
薄っすらと微笑み、グレイが頷いた。
動揺してる暇なんてない。いちいち心を乱されて不安になったり怒ったりしてしまう自分が嫌になる。今はそれどころじゃない、この塔で何が起きているのかこの目で見なきゃいけないんだから。こうなったら全部、全部見届けてやる!!
「それに私の後の息子の一大事! グレイ、私たちも行こう!!」
「ああ。……うん?」
地下といっても、物語によく出てくるような螺旋階段をずーっと降りていくなんてことはなく、普通の途中に折り返しの踊り場がある階段で二階分相当進めば目的の場所らしい所にあっと言う間にたどり着いた。扉は誰かが壊したらしく、完全にひしゃげて転がっている。
開放的な入り口になったその向こうは怒号飛び交う騒然とした現場になっていた。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
結論から言えばリウト君とレオン氏が本当にいた。リウト君は額に汗をにじませつつ憔悴していたもののケガもなく無事。
問題はレオン氏だった。
「ジュリさんの審問会まで兄上とお茶をしていました。そこに当家の魔導師が『西地区で不審な動きをしている者がいると報告がありました』と。西側は兄が出入りできるようになっていたので警戒し近づかないように、とのことでした」
リウト君は続ける。
「父上にも報告をするためその魔導師が部屋を出ると兄上が行ってみると言い出してしまって。私は残るよう言われたのですが、心配になり、後を追いかけている途中で父上から秘密裏に西側を探るのと、好奇心旺盛な兄上を監視する命を受け戻った側近とこの塔の手前で会ったんです。……結界が一部解けていたので兄上が塔に入ったのだろうと私たちもそこから。そして、私が見つけた時には兄上と、先に巻き込まれたらしい王宮の魔導師も首に隷属具があって、血を流して倒れていたんです。慌てて魔法陣から引き離そうとした側近が吹き飛ばされ重傷を負ってしまいました。それに呪術のせいか兄上たちを魔法陣から離そうとすると呼吸ができなくなってしまうためその場から動かせず、途方に暮れていたときに急に結界が崩壊したので―――……」
アストハルア公爵様とリンファが冷たい床に仰向けで倒れているレオン氏と見知らぬ魔導師、そして公爵様の側近に回復魔法を掛けながら魔力を流し込むという治療を施している。ロイド団長の話ではレオン氏の右手首に切り傷があり、致命傷にはならなかったものの血が魔法陣の周りに飛び散っていたのでやっぱり呪いの媒体に利用されていたという。
魔法付与される前の素材は既に外にいた時のハルトの足踏みで粉々に砕けていたので無効化されたものの、あと一時間見つけるのが遅れていれば生命維持に必要な魔力すら吸い取られ命を落としていた可能性もあったと聞かされて血の気が引く思いをすることになった。
それを遅らせていたのがリウト君で、自分が危険な状態にならないよう少しずつ魔力を媒体に流し込こんで魔力が吸い取られるのを邪魔して時間稼ぎをしていたらしい。そんな事は今までしたことがなかったけれど手当たり次第に試してみたら僅かながらそれが出来るようになってずっと側についていたとのこと。凄い子だわ。
「頑張ったね」
頭をナデナデ。するとリウト君はちょっと泣きそうな顔をして、でもキュッと唇を一度噛むと笑顔になった。
「はいっ」
私はリウト君の肩を抱き、その隣ではグレイが鋭い目つきで辺りを見渡している。
そしてその視線が一点に定められた。そこにはツィーダム侯爵様やヴァリスさん、そして兵士達が群がっている。
「あそこ、なに? 何かあるの?」
「ジュリは見なくていい、あそこは……死体がある」
「え」
びっくりして声が上擦った。
「魔法陣の常時発動のために、魔力のために、犠牲になった……獣人です」
リウト君のか細い声が発した言葉に、私は息を呑む。
その数、この場所だけで八人。そして後に塔を徹底的に調べて判明することになるのが隠し部屋や裏庭に合わせて三桁に迫る白骨化した遺体が隠されたり埋められていたということ。
その遺体には全て隷属させるための魔道具を嵌められた痕跡が首や腕、足首にあったと報告を受けることになる。
動揺してその場から動けなくなった私は、一層リウト君の肩を抱く腕に力が入った。
「そもそも何のための魔法陣だ?」
グレイがポツリと呟く。一人離れた所で隅々まで何かを探すように観察しているハルトも同じ事を思っているのかもしれない。
「それが、分からないんです。兄上は一瞬で魔力を大量に奪われ直ぐに意識が朦朧とする状態になったようで……あ、ただ兄上が」
ふと顔を上げたリウト君はグレイを真っ直ぐ見つめる。
「魔力を集めているらしい、と」
「集める?」
「魔法陣が吸収し続ける魔力が、明らかに魔法陣の発動に必要な魔力を大幅に上回っている、と。その有り余る魔力が何処にいっているのかわからない、と。その後は意識が朦朧としてしまい聞けなかったのですが……」
私とグレイは顔を見合わせる。
この人の命を奪いかねない悪質な魔法陣。
有り余るはずの魔力が、何処かに消えた? そんな事ある? 私たちが答えの見えない疑問にぶつかったその時。
ハルトがこちらにやってきて、グレイの肩に腕を乗せて寄りかかる。
「あのさ、ちょっと確認なんだけど、ここの塔に出入りする奴らの服装ってグレイは覚えてたりすんの?」
突然この場で無意味そうな質問をしてきたハルトに訝しげな目を向けながらもグレイが頷く。
「紺色で、胸ポケットや袖に灰色の二本線が入っていれば魔法研究をしている奴らだ、魔法関連部署なら服そのものの色は違えど灰色の二本線が入っている公務服が与えられるからな」
「なるほど? 死体には勿論そんなのないし、何より……いないぜ? 一人も。生きてる人間、踏み込んだ俺達以外、この場にはいない」
するとグレイは目を細め、ハルトを睨みながら肩に乗るその腕を払いのける。
「おい、冗談はよせ」
「冗談なものか。今俺はこの場にはって言ったんだ」
含みのある言葉に、グレイはハルトから目を逸らした。そして、とある一点にその視線を固定する。ハルトも同じ方を見た。
そこには、何もない。正確にはただの石壁。
「あの向こう、いるのが灰色二本線だったりして」
「やはり、あの向こうに人がいるか」
「いるねぇ、隠蔽魔法でかなり上手く隠れてるけどな」
わざとらしく笑みを浮かべたハルトの一言に、私とリウト君も自然と目がそこに向いていた。
レオン氏は目を覚ましたものの、意識が朦朧としたままでしっかり話せる状態ではなかった。このあとも治療が必要なため王宮に移動することになったけれど、それでもこれだけは伝えたいと苦しそうに息切れしながらも私たちに教えてくれた。
隷属具を破壊しようとする度に呪いが発動し、それから身を守るために防御魔法を使っても魔力が奪われてどうすることもできなくなったと。隷属具自体も魔法陣と繋がっている極めて高度な術式が組み込まれている、と。
伝えたいことを伝えて気絶したレオン氏。治療を継続すればそのうち目を覚ますとリンファが太鼓判を押したので安静にさせるために兵士さん達に彼が担ぎ出されたのを見届けると、ハルト、グレイ、ロイド団長とニール副団長が先ほど気になった壁の前に立つ。私はリウト君とヴァリスさん、そして他の人とそこから離れ壊された扉付近に移動して見守る。
「隠し扉、だね」
「見えるんですか?」
「うん、ある、たぶん。奥が空洞じゃないかな」
近衛騎士団に所属する女性魔導師さんが険しい顔をして四人の背越しに壁を見つめる。
「その奥に……確かに、人の気配。生きてる。でも、なんだろう、よく見えないけど、なにか……」
「なにか?」
ヴァリスさんのその問いかけに魔導師さんが頷いた。
「物凄く遮られて。……重ね掛隠蔽魔法で、何かが隠されてるかも」
「よーし! ここはやっぱり力技!」
場違いな陽気な声の直後、ドゴォォォ!! という轟音と地響きで私はリウト君に抱きついた。
「他にもやり方はあっただろうが」
怒気の籠もった低い声でグレイがそう言いながらハルトを殴っていた。
ハルトよ、他にもやり方があるというグレイに私は同意だわ……。
「いってえな!! いいだろ! こんな時だし。てか、ほれ、見てみ。おかげで丸見え」
「ちっ! クソ見つかったか!!」
「貴、貴様ら余計なことを!!」
「ここは研究員以外は立ち入り禁止だ!!」
「近づくんじゃない!」
声から少なくとも三人か四人の人間がいることはわかったけれど、私の位置からその人達の姿はグレイたちに遮られて見えない。どんな奴だと顔を見たいと思ってちょっとだけ背伸びしたり体を傾けたりしていたその時。
「えぇ……?」
リウト君が絞り出すような形容のしがたい声を発した。
「なんだ、ろう、あれ」
「え?」
「変です、あれ。あの魔石、すごく、変です」
「魔石? え、何処に? そして変?」
「ジュリ!!」
突然のグレイの叫び声。目がグレイを探す暇もなく、私はグレイに抱きしめられて視界が完全に遮られた。
直後。
鼓膜が破れたのではないかと思える爆発音と抱きしめられていても押されて飛ばされそうな錯覚に陥る爆風が襲った。
私の悲鳴はその爆音と爆風に完全にかき消された。
次回は通常更新に戻り、明後日の28日ですのでよろしくお願い致します。




