王宮闘争 * その男は笑う
「【誘導】を、使えるだけ使っただけです」
ベリアス卿は感情が一切読み取れない表情をしてそう話し出した。
「私が何か吹き込んだとか、煽ったとか、実際に行動で誘発していたのはマーベイン辺境伯を王宮に呼び出すために議会招集した時まで、それ以降は何もしていません。ただ、人数が多かったせいかもしれませんが一気に膨れ上がるように皆欲望に忠実にはなりました」
無機質。一言で表せばそれに近い。自分が話している内容すら興味がなく頭に浮かんだ文字を声に出して読み上げているような。
不思議な雰囲気を醸し出しているベリアス卿は、そこまで話してから僅かに首を傾けうつむき加減になった。
「はぁ」
そして出たため息には、明らかに感情が乗っていた。
「そもそも私が【誘導】を使った相手は私よりも魔力が少ない相手のみ。……その意味、わかりますか?」
誰に対しての質問なのか、と疑問に思う間もなくベリアス卿は言葉を続けた。
「力のある家や立場の人間は軒並み魔力が多い。要するに、私は本来あまり国政に影響を及ぼすことがないであろう相手を中心にしか【スキル】を使わなかったということ。でも結果はどうです、 これだけ私の影響下に置かれにくい者たちがいたにも関わらずいとも簡単に崩れ混乱した。王宮が正常に機能していたら問題なんて起きなかったはずですよ」
そしてベリアス卿はアストハルア公爵様たちがいる方へあからさまに視線を向けた。
「今だから思うことは、ここにいる立場ある人間が女王陛下の行方が分からなくなったあの時になり振り込まわず探せば良かったということです。皆、国の体裁だなんだと結局自分が余計なことや面倒を背負って立場が危うくなったり脅かされるのを避けただけ、『後継者の王太子がいるから』『今国を混乱に陥れるわけにはいかないから』『他国に攻められては困るから』なんて建前のその後ろにはそれぞれ共通する自己中心的な理由があった。……もっとしつこくライジール殿下を探せばよかったのにと私は思いますよ」
そこまで言って一度ベリアス卿は言葉を切って、今度ははっきりとアストハルア公爵様本人とその隣にいるトルファ侯爵様を見比べる。
「穏健派の筆頭家と侯爵家なら、探すうちに真実に辿り着けずとも、どこにいるのか、誰が手を貸しているのか、そこまでは探り当てていたはずです。違いますか? ……特にトルファ侯爵、あなたはね」
無表情のまま微動だにしない公爵様の隣でトルファ侯爵様がムッとした顔をする。
「まるで私が知っていて隠していたとでも言いたそうだ」
「そんな事は言いませんよ、あくまで私の憶測です」
「不愉快な話だ」
「それは申し訳ありません、でもあながち間違いではない確信はあります」
揚げ足を取るような言い方にトルファ侯爵様が鼻から強く息を吐き出す。
「証拠がないならそんな事を言われる筋合いはない」
「ええ、そうですね、そういうことにしておきましょう」
ベリアス卿、わざと煽ってるよね、これ。
空気がひりつく。皆ベリアス卿の落ち着きと余裕が怖いんだと思う。それはアストハルア公爵様も例外じゃなくて。
その理由はベリアス卿の話す内容が『確証』ありきで話している雰囲気があるから。
私がペリーダ伯爵様から聞かされた『神様の語ったこと』のような、この世界で絶対的な価値と意味がある話を知っている、そんな雰囲気をこの私でも感じる。
(……確定。本当に神様から話を聞いてる。天啓として時々届く【神の声】じゃなく、私のように対個人で)
それはグレイも思ったらしい。
「どなたか……干渉しているな」
そのつぶやきに私はグレイを見上げた。
「あれは……知っているから言えることだ」
「うん、それこそ半端な情報じゃない。真実を聞かされてる」
ボソボソと、私とグレイがそんなやり取りをするのと同時進行でベリアス卿は淡々と話し続けた。
この場が整えられるまで約五時間。
この五時間は騎士団や兵士さんたちによって混乱する王宮の沈静化や、ご隠居たち重鎮による政治的部分への一時的な介入で外部への説明や会談の先送りにある程度目処が立ったのと、王都にいる立場のある神官や修道女、冒険者に商人などの王宮に出入りを許されている入宮許可証を持っている人たちに出された緊急の招集命令で集められた人たちがある程度揃うまでの時間と言っても良かった。
私の審問会も行われた王の広間は今そんな人たちで埋め尽くされている。
死んだはずの女王陛下の、【英雄剣士】を伴っての登場。
玉座に上がることを許されない、発言も禁止されただ悔しげに顔をゆがませる国王、王妃、王太子。
呆気なく捕まって口に布を突っ込まれ、更に縄で縛られて床に座らされているベリアス公爵。
そして。
一人中央で独立した場所に立つベリアス卿。
何が起こるのかと、誰もが不安と困惑で言葉を発する事も出来ずにその時を待つあの経験したことのない緊張感はきっと生涯忘れない。
そしてその緊張感の中、女王陛下のたった一言。
「ベリアス卿、好きに話すがいい」
それが合図で始まった。
今考えれば女王陛下が崩御した、王太子が即位すると流れるように継承が行われた時に本能的に『もうダメだ』と思っていたのかもしれないと。あの頃はまだ何も知らずただそんなことでいいのかという憤りが占めていて気付かなかっただけで、国王を玉座から引き摺り下ろし王太子を傀儡にし新しい王政を敷けばいいという父親の考えに賛同することで本心に蓋をしていたのだろうと。
そして徐々に内部クーデターを起こしたはずの国王が無能で何一つ一人では決断出来ないこととそんな国王の隣で国政に携わり文官や大臣がいるから上手く回せていることに気付かず自分が国を動かしていると勘違いし始めた王妃を見ているうちに『お前たちじゃない』という漠然とした鬱屈した考えが積もり積もっていった、と。
「そうしてここまで来たんです」
この瞬間、ここに来てから初めてベリアス卿が強い感情を露わにした。
「そして、気づいたんですよ」
その声に滲むのは喜び。
「真実を授かって私は気づいた」
ふ、と笑った。とても薄いけれど柔らかな笑みだった。
「私は操りたい、支配したい、そんなつまらない考えで動いていたのではない、と」
そしてずっと沈黙している国王と王妃にゆっくりと目を向けて、視線を固定した。
「『初代王の血』を汚した王家そのものの消滅を望んでいるのだと」
その場は沈黙に支配された。私も固唾を呑み沈黙に身を委ね、目だけを動かし周囲を観察する。
その視線が捉えたものに私は目が点になる。
(え、この状況で王妃……めっちゃグレイのこと見てる)
ええ?
嘘でしょ?
この空気の中で?
(意味わからん! 本当に、あの人理解出来ないんだけど……)
しかもその目が。
(助けを求めてる……?)
僅かに眉毛を下げて、ちょっと泣きそうに見える頼りない顔とでも言えばいいのかな、あれは。そんな顔してすっごいグレイを見てる。
普通に気持ち悪いんだけど。
堪らずグレイの袖を掴んだ。
「どうした」
「見てる、よ。王妃が」
「そうか」
「ん?」
「放っておけ、興味ない」
「おぅ……」
変な声出た。この男、無関心。好きの反対は嫌いじゃなく無関心とよく言うけど、あれの典型的な例がここにいた。
そしてこの情けない変な声が引き金になって沈黙が破られる。
質問したのはトルファ侯爵様だった。
「要するに卿は、ベイフェルア王家を終わらせたいということか?」
「そうですね……正確には『今の王家』を終わらせたい、ですね」
まただ。
『今の王家』。
もうこれ確実。
ベリアス卿は『神様から教えられて』全て知っている。
「別にベイフェルア国を終わらせたいわけじゃないんです。王政を終わらせたいわけでもない。今の王家……王族に、この国をこのまま委ねたくない、それだけだと言えば分かりますか? でも国が崩壊して消えるのも面白いので大歓迎です。王族諸共滅んだ方が歴史にも残りそうですしね」
達観した極めて冷静な語り口調が物語るのは、真実と、それから導き出された自分の決断。
ここまではっきりと潔く王家の、国の崩壊を心から望むこの男に教えたのは誰だろう……。そう、ふと思って、私の置かれた立ち位置を思い出す。
目の前に【種】が撒かれたのは、私。そしてその【種】を生み出したのは、ベリアス卿。
(セラスーン様しかいないじゃん……)
だとすれば、このベリアス卿の態度も頷ける。最高神の一柱から干渉されたなら、少なくとも誰にでも自信をもって語るくらいはできてしまうだろうから。
そんな事を考えているその間もトルファ侯爵様とベリアス卿のやり取りが続く。
その光景を横目に私は再び王妃に目を向ける。
気づけば王妃は俯いていた。
俯いていて表情が確認出来ない。
と、その時。
ベリアス卿が実に軽やかな明るい場違いな声で笑い出した。
「私が【誘導】したのは国王だけですよ!」
え?
トルファ侯爵様の質問をはっきりと聞き取れなかった私はその後のベリアス卿の発言から侯爵様の質問内容を理解したものの、その言葉に衝撃を受けあ然とする。
「躓いたから手を差し伸べたのにその手を払い除け『汚らわしい』と言うような女の手を私が握ると? これでも私は愛妻家なんですよ、何を勘違いしていたのか知りませんが私のことを異性として嫌っていたのは王妃自身です。今までおべっかが過ぎましたかね、それを情の含む心だとでも思ったんでしょうか? 国王一人【誘導】するだけで面白いほど崩壊していくんですからわざわざ面倒な王妃や私を警戒していた王太子や王女にまでするわけないでしょう」
あまりにも愉快そうに話すその姿に恐怖すら感じた。
それにしても。
「……【誘導】されていたのは、国王だけか」
グレイのつぶやきにハッとする。
そう、そこよ。
王太子、王女、そして王妃。
ベリアス卿の餌食になっていなかった。
「父とこれだけは意見が合いました。『なんと楽なことか!』とね」
そして、誰かの息交じりの呟きが届く。
「……そ、うそ、だわ」
王妃だった。
すかさずベリアス卿が反応する。
「いまさら嘘を言う理由、ないので私は真実しか語りませんよ」
ここで、ベリアス卿は吹き出し笑いをして身をかがめた。
「っふ。ふははっ! 何ですか? もしかして一人の男に夢中で周りが見えなくなっていたのは私のせいだと言いたいのですか?」
あ、グレイのことを言っている。あえて名前は出さずともベリアス卿は知っていてわざと言っている。
「あなたの側近もその男に夢中でかなりあなたは不快だったようですね。いいタイミングで追い払ったもののやっぱりいないとその男の情報が減るから呼び戻そうとして、でもそれ自体が無駄になって、相当焦ったのを見ていましたが……面白過ぎますよ。私言いましたよね? 相談に乗りますって。素直に従ってたら、少しはあなたに機会なり時間なり、私の『最後の慈悲』を分けてあげることで得られたのに。それすら捨てましたからね、もう諦めて下さい、その男との縁は切れたとね」
『最後の慈悲』が何を意味するのか分からないけれど、慈悲というあたり神様が関係している気がする。そしてそれをベリアス卿は人に分け与えてもいいと思っていたってこと?
(それだけ、この人は、もう何もいらない、全て捨てる、そんなところまでいってしまってる)
ベリアス卿のその覚悟というべきか諦めというべきか分からない原動力は、良くも悪くも王族の今を浮き彫りにさせていることは間違いない。
「違う、私はあなたに操られていたわっ」
「いいえ? あなたは……その男が結婚すると知った時から、自分の意思で王妃の役目と責任や母親としての責任と愛情に背を向け始めたんですよ。馬鹿みたいに男の接触を許さず、神官すら遠ざけていたのはあなたですよ。そんなあなたにいつ私が触れました? それこそ嘘はやめていただきたいですね」
「違う、違うっ、私は……陛下?」
取り乱しかけた王妃が、急に振り向いた。
隣にいたはずの国王が、後ろに下がり、少し離れた所に移動していた。
「そう、か、王妃の語る愛は、嘘だったのだな、やはり、そうか」
「陛下っ、あの罪人の話など真に受けないでください!」
「うるさい! これに関してはベリアス公爵の言っていたことが正しかったな!! 良くもまあ笑顔で私の隣にいられたな、貞淑とは程遠い。ああ私は騙されていたんだな!」
そこから始まった国王の王妃への暴言。その豹変ぶりに私たちは勿論ベリアス卿まであ然としてしまった。
パンパン!
二度軽やかに響く手を打つ男。
やはり、ベリアス卿だった。
「陛下、そんな女のために叫ぶ価値などありません」
その言葉にまばたきをして国王は頷いて、更に王妃から離れた。
ベリアス卿がまた笑った。
「そしてあなたにも価値はありません」
その笑顔は穏やかで、恐ろしかった。
「【思想の変革】」
ベリアス卿の視線が突然私に向けられた。
「思った通り、お前が起こしてくれそうだ」
満ち足りた笑顔から私は目が離せなくなった。
「私は満足だよ、その足がかりである【種】を蒔いたのだから」
陶酔感。そんな雰囲気を醸し出し、ベリアス卿は目を伏せ胸に手をあてがう。
「最後の『初代王の血』を持つ女王陛下がベイフェルア王家を終わらせ、そして新しいベイフェルアが生まれる」
背中がゾワゾワしてしまうのは、ベリアス卿が冷静なこと。正気なこと。そして、『知っている』こと。
「まさに神々の望む【発展】が起こる。その瞬間に立ち会えた。私はそれで満足だ」




