王宮闘争編 * ひっくり返る瞬間
今回文字数多めです。
「ジュリ・シマダ前へ!!」
名前も知らない男の揚々とした声が響く。宰相や主だった貴族たちが口いっぱいに苦虫を突っ込まれたような顔をしている。
派閥のバランスが大きく崩れて、この大混乱を好機と捉え審問会以外のことに集中する貴族も多く、気づけば審問会を唯一止められる上申書への署名が半分も埋まらない事態を引き起こしていた。クノーマス家が離脱宣言して以降侯爵家に連なる中立派の一部も追随する形でベイフェルア王家による王政からの離脱に向けて動いていて、それをツィーダム家が黙認している事が輪をかけたらしい。中立派は本来王家に忠誠を誓い政治介入しないというので作られた派閥。その派閥の半分を担う家が離脱宣言しても声明を出さないツィーダム家に批判が集まったことも大混乱の要因になっている。
中立派の分断と見えてしまう今回の動きに翻弄されている派閥を無視した家々がせめて旨みだけでも、と目先の利益に飛びついて審問会が止められない状況となったこのベイフェルア王宮。
長らくベイフェルア国の均衡を保ってきた形が完全に破綻した今、審問会への関心そのものへの温度差でも混乱が伝わってくる。
ここまで来るともうこの国は終わりを迎えるか、変わるしかない。
(さて、私はどう戦おう。なにより【思想の変革】。……まだ来ていない)
一人臨戦態勢に入った。
もうやるしかない、と自分から突っ込んで行ってやるって気持ちになって。
すると突然。
「審問会だが」
国王だった。
「中止だ」
……は?
全員、いや正確には国王と王妃、そして王太子以外がその言葉を一瞬理解できず真顔になっていたと思う。
それに気づいているのかいないのか。
「その女はもういらない」
国王が発したのはとてもあっさりとした一言だった。
「は?」
ベリアス公爵の気の抜けるような声。
「直ぐに解放してしまえ」
そして国王は突然私に向き直り。
「付与品を作れないなら強制士官にする意味もない。喜べ、ククマットに帰れるんだから」
たぶん、私の顔は『なに言ってんだコイツ』って顔をしていたと思う。
「陛下……何を、仰って?」
ベリアス公爵が呆然としたまま、思考が纏まらず言葉が途切れ途切れになっていた。
わかる。
何がどうなって急に。
私も混乱して思考がまとまらない。
(何が起きたの?! ちょっと待って、想定外過ぎる!!)
一人中央にポツンと立たされたまま、冷静さを保つためにも深呼吸をする。
その間も国王に食い下がるベリアス卿。けれど国王は手で払い除けてそこをどいてくれと言って本当に出ていこうとしていて。そのやり取りを見て王妃が前に出てベリアス公爵の側に行き、何か耳打ちした。
すると、あれだけ騒ぎ散らかしていた公爵は静まって明らかに動揺し顔が強張る。
(何を聞かされたの?)
そして何か言葉をいくつか交わした後、王妃は椅子に戻ることもなく。
ベリアス公爵は深呼吸を繰り返していた。
(明らかに、様子が……)
私の眉間にシワが寄ったその時。
「ちゅ、中止だ!! 審問会はこれにて閉会だ!!」
ベリアス公爵の声が響いた。
「それでは下がらせて貰うぞ」
国王が続いて平然と言い放った。
「そんなバカな!!」
国王の後を追いベリアス公爵が足早に歩き出す。さらに王妃、そして王太子が続いて歩き出してしまった。
「ちょっ、おかしいでしょ!! 何なのこの茶番劇みたいな展開! 馬鹿にするにも程が―――」
私の慌てる大きな声をドン! という音が遮った。びっくりしてその音の出処に顔を向ける。
アストハルア公爵様が手にしていたステッキを床に叩きつける音だったと、その杖が転がるのを見て理解した。
そして。
「アストハルア公爵家は今後ベイフェルア国における全ての権限および決定権を放棄する!!」
叫ぶに近い大きなアストハルア公爵様の声が響いた。
「……ひいっ」
それは誰のものか分からない短い悲鳴。
「な、何を言っているの公爵っ」
王妃の動揺した上擦った声のように、トルファ侯爵様とペリーダ伯爵様も私には聞こえなかったけれど確かに口を開き肩をはね上げたことから似たような声を出していたと思う。
「このような、法はおろか王政の在り方すら揺るがす無秩序極まりない判断を繰り返すベイフェルア王家に対しアストハルア公爵家は今後一切の関与をしない。それに連なる家々に対してもまた然り。当家は、ベイフェルア王家が統治するこの国からの離脱をここに宣言する!!……こちらはこちらで勝手にさせてもらう。この国に属する理由などもはや存在しない」
クノーマス侯爵家に続き、この国最大の家が離脱、つまり独立宣言をした瞬間だった。
「む、謀反だ、 アストハルア公爵家が王家に反旗を翻すとは何事か、反逆罪だぁ!!」
流石にベリアス公爵もこの展開は予想しなかったし、なりより望んでいなかったことは一目瞭然。
今まで臣下を理由に搾取出来ていたお金が、一リクルすら入ってこなくなる。アストハルア公爵家がいたからこそコントロール出来ていた面倒な家がかなりの数存在する。何より、アストハルア公爵家の『力』が直接牙を剥くことを意味した。
こうなると王家とベリアス公爵たちは、既にクノーマス家がこの国からの離脱宣言をしているのでアストハルア家と手を組む可能性を否応なしに想定しなければならない。ロディムとシイちゃんの婚約がクノーマス家の離脱宣言後も破棄されなかった事を考えれば、この二家が共闘し敵になることは確実。
途端に喚き出したベリアス公爵とその腰巾着や国王と王妃とは対照的に、公爵様は既に涼しい顔をしていた。
冷淡な感情のない目でその場に立って微動だにしない。
それを見て一番最初に腹を括ったのはやっぱりというか、なんというか。トルファ侯爵様だった。
「君がいないと面白くないから我が家も離脱しよう!」
あのなんとも表現しがたい笑顔で軽々しく宣言して腕を後ろに回して少し胸を張る姿はひょうきんで、でも相変わらず敵にしたくないなぁと思わせる独特な怖さがある。
そこからはもう混沌とした状況に陥った。罵声が飛び交い中には『もう終わりだ』と泣く人もいるし早速派閥の鞍替えをするために媚び諂い出す人もいる。もっと凄いのは文官や侍女が静かに持ち場を離れて有力貴族と呼ばれる人たちに自分を売り込み始めたり、逃げ出したこと。
カオス。
……。
いやちょっと待とう。
私の審問会は……。本当にこのままナシ?!
「ええ……信じられない」
ついそうこぼす余裕があるくらいには、誰も私のことなど気にしていない。というか、忘れられた!
どうすんの、これ、とアストハルア公爵様に視線を向けると。
(あ、これ……)
その目と視線が直ぐに交わった。
小さく、周りに気づかれないように、公爵様は首を振る。
『動くな、何も喋るな』と。
(……てことは)
この後に起こる事が、正確には『届く』物が予測できた。まさかの強制終了で時間が大幅に狂ったものの今この沈黙はその微調整らしい。
だとしても離脱宣言は公爵家にとっては最後の手段だったはず。
この国の秩序の太い柱だった公爵様にこの決断をさせた人たちの責任はあまりにも重すぎる。
(アストハルア公爵家が離脱……他国の侵攻を許すと言ってもいい)
その気付きと同時だった。
顔色が悪い明らかに悪い知らせを持ってきた文官が息を切らしながら登場。
「陛下、陛下、至急こちらを!」
足が縺れて転びそうになりながら、震える声でそうなんとか張り上げた文官が一度だけ私を見た。その目は怯えのせいか潤んで見える。
「なんだ、こんな時に!」
イライラした様子で声を荒げる国王には怯えないんだな、なんて事を思いながら私はその文官を目で追う。
「こちらをっ、バミス法国法王陛下の印璽、確認しました、本物、本物です、どうか、直ぐにご確認をっ」
文官の手は走ったせいかそれとも動揺のせいか憐れなほど震えている。訝しみ手を出さない国王に縋るような目を向け、文官は押し付けたくて仕方ない感じに両手で突き出す。
「印璽だと? ばかな、こんな時になぜバミス法国のあの犬が? 偽物に決まっている……あ?」
奪い取り不愉快そうな表情で文官から奪った紙に目を向けた瞬間、国王は間抜けな声を出した。
「ほ、ほん、もの、か?」
震える声は聞いていて見苦しいほど情けない。こんな男が国王? 笑わせるてくれる。こんな姿を見せられて忠誠を誓えるなんて疑問だし、これを野放しにしてきた議会、つまり貴族達にも呆れる。
このベイフェルアの腐敗と混乱はベイフェルア国の王家と全ての貴族に責任がある。
アストハルア家、クノーマス家、ツィーダム家にトルファ家、そして他の名だたる名家も全部、一つ残らず貴族としての特権を享受してきた人と家に責任がある。
いつだったか、アストハルア公爵様は膿を出し切るために機会を伺っている、タイミングが大事だと、そんなことを言っていた。
でも、今こうして直に見て思う。
やる気になればいつだってそれは出来ただろ、って。
少なくとも、ここ数年内ならそれが出来るだけの力を蓄えていただろって。
派閥とかプライドとか覆してやれただろって。
この私ですら、出来たんだから、あんたらに出来ないはずがない。それたけの金と権力と人脈を持っていたんだから。
極論、日和見が楽だから。自分の家が、領が守れて平和なら他はどうでもいいから。国として体裁を保てているなら問題は後回しでいいと思ったから。
そんな考えがあったからここまでこの国は堕ちた。
腹立つわ。
こんな人達のせいで私の生活が足元から崩れるなんて。
ここまできたら全員道連れ、一人残らず巻き込んでこの国変えてやる。
やれば出来る!
だって【彼方からの使い】だから!!
そして『見せつけてやる』。
文句は言わせない。
私がしたこと、決断したことは、あんたらが今まで当たり前にしてきたこと。
珍しいことでも特別なことでもない。
やり返される覚悟がなかったら、微塵もその事を考えていなかったなら、王族も貴族もさっさとその地位捨ててしまえ。
「これは、本当なの!!」
国王の狼狽ぶりに王妃が奪うようにして中身を確認したバミス法国法王陛下からの親書。
私を恫喝でもするような怒鳴り声に近い問いかけに私は正直に答えるだけ。
「何のことですか? そう聞かれましても分かりませんので答えられません」
「ふざけないで!」
「ふざけてなどいません」
「あぁぁぁぁっ、もぉ!!」
取り繕う事も忘れ、王妃は声を荒げる。
「あなたが! バミス法国ウィルハード公爵と養子縁組をしたのは本当かと聞いているの!!」
「ああ、その話ですか。はい、そうです」
てか遅いよ今知ったなんて。
養子縁組の話は手続き完了以降は隠さないってことで話が進んでいたから既に知ってる人は多いはずだけど?
何をそんなに驚くことがあるんだろう。
家の存続のため他所から子供を迎える人もいるし、一族を守るために子供を送り出す人もいる。そんなの皆当たり前にやっていることで、今更王侯貴族が驚くことではない。
私もその手段を取っただけ。
公爵様に顔を向ける。
無言で頷いた。
このタイミングで親書が国王の手に届くよう王宮内を動かしていたんだろう。
公爵様とクノーマス家だけには話していたグレイの『白の請願』を使った、グレイにお願いしていたウィルハード公爵家との養子縁組。
スムーズに事が進めば必ず抑止力となる、その確信が私にはあった。
亡命許可申請はあくまで保険。それが目的ではない。
クノーマス侯爵様に打ち明けた時。
「分かった。やるといい」
そう一言。
まるで自分のことのように決意の滲む目が印象的だった。
そしてさらに続けて言ってくれた言葉。
「君の戦い方がある。存分にやりなさい。クノーマス侯爵家はジュリの判断全てに同意し協力すると約束する。迷わずやりなさい」
だから踏み切れた。
「正真正銘、私はウィルハード公爵家の者となりました。法を無視し、議会の意味すら奪い無秩序な国へと堕落したベイフェルア王家は私に有りもしない罪を着せて連行し審問会を開こうとしましたね。でもそれを……。どうして急に中止にしたのか分かりませんが、簡単になかったことにするなんて、ばかにするのもいい加減にしてください。ここまで私を散々振り回して苦しめておいて何もなかったことになるわけないでしょう。……養子縁組からもうかなり経っているはずです、ウィルハード公爵家は既に動いているでしょうね」
私は声を張り上げてもいないし威圧的にもしていない。けれど国王と王妃、そしてさっきまで下卑た笑いを浮かべていたであろう貴族たちが明らかに怯えている。
「ウィルハード公爵様は獣人奴隷問題にずっと頭を抱えていた人です。その人がこのベイフェルア王家に対して、今回の件に対して、どういう対応をするんでしょうね」
国王や取巻き達が真摯に耳を傾けているかは疑わしい。私に憎しみがこもった目を向けていることから、事の重大さに気づいていない気もする。
「徹底的にウィルハード公爵家とラパト将爵家から厳しい追求と非難をされますよ。今この場で私を解放した所で連行し戦犯者扱いした事実は変わりませんし消えません。場合によっては武力行使もしてきます。私を解放すれば済む、絶対にそんな楽な結果は期待しないでください。国とは、貴族とは、そういうものですよね?」
直後、国王がなぜ今までこの情報が来なかったのだとベリアス公爵に対して声を荒げて叱責している。王妃も周囲の文官を罵り怒りを爆発させている。
最早私のことなど構ってられないんだろうなぁ、と冷静に思ってみたりする。
私のことを気にかけてくれる人もこの中では限られているので、もういいやぁと投げやりになりながら公爵様たちの所へ向かった。
「いいんですか? あんな宣言して」
質問すると公爵様は珍しく口角を上げてはっきりと笑顔を見せてきた。
「スッキリしたな」
「あははっ、じゃあこのままアストハルア国でも建国します?」
「バカを言うな、それとこれとは別だ」
「あ、そうなんですね」
軽口を叩く私たちを見つめるトルファ侯爵様とペリーダ伯爵様。そこへツィーダム侯爵様とエリス様もやってきて。
揃ったところでトルファ侯爵様が咳払いをする。
「全く、二人ともやることがド派手だね」
その声は楽しそうだ。トルファ侯爵様は私たちの言動がお気に召したらしい。反対にペリーダ伯爵様はちょっと呆れた顔をしてトルファ侯爵を睨めつけた。ちなみに、ツィーダム侯爵様は気難しそうにしかめっ面をしているのに、エリス様は素晴らしい笑顔。
「お前も離脱宣言しろ、もっと面白くなるぞ」
とか侯爵様に言って完全に煽って本気で睨まれている。
「こんなことにまで楽しみを見出さないで欲しいものですね、ベイフェルア国の後始末がこの先残っているんですから冗談は後にしてくださいませんか」
ペリーダ伯爵様は声のトーンを下げてトルファ侯爵様とエリス様を窘める。
後始末。
私たちは知っている。
この私が引き金となった騒動は、誰が、どのように、終息させるのか。
待っている。
その人の登場を。
そして未だ沈黙するベリアス卿。
この男はどう動くのか、気になるというよりもはや私の感情は興味に引っ張られ好奇心という不謹慎なものに変わりかけている。
流れが変わったこの時。
私の後方、広間の扉が勢いよく開いた。
そこに立つのは後始末を担う重要人物でもなく、ベリアス卿でもなく。
「あ……」




