王宮闘争 * グレイセル、大暴れ?する
一人王宮の正面にある大門の前に立つ。
門は閉ざされたまま、しかし向こうの気配は簡単に感じ取れる。
奇妙な程に闘志漲る気配で埋め尽くされており、それが意図的に引き起こされているのだろうと理解するまで時間はかからなかった。
「精神系【スキル】持ちでもいるか。……これだけの人数にかけるとなると研究部門の魔導師か騎士団の誰か、だろうな」
誰に語るでもなく、独り言だ。以前母上から独り言の声が増えて大きくなったのではないかと指摘されたことがある。それに対して兄上から『ジュリに似てきたなぁ』と言われ、そしてジュリがそれを聞き腹を抱えるほど笑ったことがある。……何故か今、あの時複雑な気持ちになったのを思い出した。
高い士気の裏にこびりついているはずの不安と恐怖がまるで感じられない人間がここまで多いのは【スキル】によるものだろう。
「だからと言って、特に問題にはならないが」
それより気になることがある。
いや、正確には気になっていた事、だ。
私の保有する【スキル】だ。
正直、使い所がない。使うのは大体ハルトの遊びに付き合わされる時で、実戦で使ったことがない。
「いっつも思うけど、その【スキル】正真正銘の無駄だわ」
無駄に正真正銘などあるのかと思いつつもジュリが真顔で私の【スキル】を酷評したのは実に印象的だった。
―――【スキル:制圧】
対敵能力になります。対象の身体能力を低下させる魔法 《弱体化》に似た効果ですがこちらは強力な効果を発揮し戦意を削ぎ落とす精神干渉も含まれますので無血にて戦場を完全制圧できます。任意ではありますが指定した対象を絶命させることも可能なため使用には十分な配慮が必要です。広範囲での使用にて効果を弱体化させての発動を推奨します。―――
こんなもの、どこで使えと言うのだ。騎士団団長だった時ならまだしも、個人で使うことなどないだろう。
そもそも私が使う【スキル】は【自由人の捕獲*改】と【肉の選定】とハルトから押し付けられた【解析】に限られている。生まれつき、いや、家系が【スキル】や【称号】とは無縁だと物心ついた頃には教え込まれていた私としては使い所やタイミングが分からず持て余していると言っても過言ではない。
しかし、今ならばどうだ?
(広範囲か。曖昧だが、戦場を想定しての広範囲というならば……ここはかなり狭い)
任意ではあるが発動することで手を汚さずに人の命を奪う事が可能だというならば、狭い範囲ならその効力も絶大だろう。こんな時だからか、珍しく興味で疼く己がいた。
そんな事を考えていると大門が軋み始めた。
重く鈍い音を立てながらゆっくりと開かれて、その内側に隠されていた光景が目に映る。
凡そ二千、統一されていない武具から複数の家の私兵や自警団の寄せ集めであることは一目瞭然。一体何を吹き込めばこれだけの人数を集められるのか。
何より、戦闘未経験の気配が大半を占めることに今からすることを考えると若干の罪悪感が芽生える。無力の人間を手にかけて力を誇示する愚かさをかつて騎士団で説き伏せてきた立場としては、己の矜持を自ら傷つける事に繋がるだろう。しかも先日ロイドに説教をしたばかりだというのに。
(それでも、好奇心に抗うつもりはないがな)
「グレイセル・クノーマス!!」
大門が完全に開き、音が止まると同時に正面の男が声を張り上げる。
「国王陛下の勅命だ! 話し合いの席に着くならばよし、しかし無断で一歩でもこの王宮に足を踏み入れるなら国家反逆罪で貴様を直ちに拘束する! その際貴様の生死は問わないとのことだ!!」
現在の騎士団参謀長だ。私がいた頃は私を見るだけであからさまに怯え理由をつけては関わらないようにと逃げ回って腕の立つ騎士の後ろに隠れるような奴である。ロイドを押しのけて一体どうやって参謀長に上り詰めたのか。
そして何らかの【スキル】影響下にある可能性があるとはいえ、それでもあの態度と雰囲気から私の力などもう忘れているのだろうな。
騎士団といえば……。
門前奥に一人もその姿も気配も確認出来ない事に違和感を覚える。意図的に外されたか、それとも他の理由があるのか。
「大人しく投降せよ!!」
ジュリの位置は確認できた。その側にロイドとニール、複数の気配があるとなると、それが第一騎士団だろう。ジュリの護衛責任を負わされていると聞いたので『審問会』で私がジュリを連れ出せないようにするための対策かもしれない。
「国王陛下に逆らうなど許されると思うな!」
他の騎士団団長たちらしき位置も比較的ジュリに近い。情報では国王の周囲の護衛はベリアス家の息がかかった者たちになっているとあったが事実のようだ。
「貴様の暴走は貴族にあるまじき愚かな行い! 恥をしれ!!」
それにしても。
「ごちゃごちゃとうるさい」
ニヤニヤしながら言うことでもないだろう、しかも悠長に構えて突っ立っているだけ。ここが戦場ならとっくに死んでいたぞ。
「【スキル:制圧】」
表現としては、『グシャリ』が近い。
発動した瞬間、九割以上の人間がその場に潰れるように膝から崩れ落ちた。耐えられた者たちの動揺と恐怖の悲鳴が轟く。
「……」
天を仰ぐ。
「サフォーニ様……任意のはずですが?」
少なくとも十数名の気配が一瞬で消え絶命したのは間違いない。
血の一滴も流さず傷の一つもなく、ましてやうめき声も悲鳴もなく隣に立つものが死ぬのを目の当たりにした者の恐怖は如何に。
【スキル】でごっそり削がれた士気。隠されていた日常的かつ自然な不安と恐怖が覆うものなくさらされたことで、目の当たりにした光景は想像を絶する恐怖を生み出した。一瞬で息をしなくなった者、かろうじて息はあるが痙攣している者、泡を吹き体を震わす者。足元に周囲にそんな人間が一瞬で量産された、立っていられる者たちの精神を根こそぎひっくり返し崩壊させた。
悲鳴をあげなから、中には涙を流しながら、武器を捨て、倒れている人間に足を取られ転び倒れながらもその場から逃げ出す。気が動転しているのかわざわざ私の横をすり抜け王宮からどんどん離れていく者までいる。
「……何が、なんだ?」
突如起きた惨状と混乱に、立っている参謀長は状況が飲み込めず周囲をキョロキョロと見渡している。
(あれは起きていることを認めたくない、信じたくない故の反応か)
あの男だけ【スキル】の対象から外した。出来るかどうかは分からなかったのだがどうやら成功したらしい。しかし優位性で遥かに勝る【制圧】の影響下に晒されあちらにかけられていたものは解除されている。
「何を、した」
憐れな男である。普段から根拠のない無駄な自信と虚栄心で構築されている人格がここまで愚かにさせたのだから。
「貴様ぁ、どんな卑怯な手を使ったぁ!!」
ここにハルトがいたら今の台詞を聞いて腹を抱え笑いそうだな。
(卑怯とは)
戦う気でいる時点で卑怯もクソもあるか! とゲラゲラ笑いながら叫ぶハルトが頭をよぎった。
余計な事を考えているうちに背後がうるさくなってきた。思った以上にかなり早く王都に住まう者たちが騒ぎを聞きつけ次々と集まってくる。
(なんだ? ……人が集まるとは予想していたが、野次馬にしては妙だ)
後に、ジュリを王宮に送り届けたローツがククマットに帰って来る前に行動していたことが多いに関係があったと知ることになるが、それは私が語ることではないだろう。
さて、もうあの男のために時間を費やすのはやめよう。
剣に手をかける。
ゆっくりと鞘から抜いた。
ギラリ、太陽光を浴び黒い刃が反射した。
男の目が見開かれ、恐怖に塗り固められるよりも早く。
ひどく曖昧な、一体どんな感情だったのか分からない顔のまま。
男の頭が飛んだ。
背後から聞こえる悲鳴。
「己の実力に見合った地位で満足していれば生きられたのにな、参謀長殿」
悲鳴を背に、私は大門をくぐるためにゆっくりと進む。
すれ違う者たちから向けられる視線は好奇が一、恐怖が九といった感じだ。
外の状況を知り、徐々に王宮内が危機的状態だと理解した者たちは着の身着のまま、そしてそこら中にある金目になりそうな物を手にして王宮から逃げ出し始めた。既にその金目の物を巡り取っ組み合いの喧嘩をしている者もいれば、壁や柱に使われている金色の飾りを無理矢理剥ぎ取る者までいる。最悪なのは、後ろから殴られたであろう男が倒れているのを踏みつけて高いところにある金の装飾を取ろうとしている奴がいて、何か恨みでもあったのかそいつが夢中で手を伸ばすその後ろから椅子で殴りつけ倒れ無防備な体勢でひっくり返ったところをさらに椅子が壊れるまで殴りつける奴がいた。見苦しいのは女同士で、一人の男の腕を両側から引っ張り一緒に逃げようと言いながら反対にいる女に暴言を吐きまくり、男が痛いと叫んでもそんなのお構い無しに女二人は目を血走らせ男を離さない光景。耐えきれず男が女二人を蹴り倒し走って逃げたのをみて普段なら女に手を出すなどと怒るが、今日は『逃げ切れよ』と応援したくなった。
ククマットならば、緊急時にこんな事をするやつがいたら即時カイと自警団にボコボコにされるだろうな。いやその前にそんな事をするやつは殆どいないだろう。
常日頃の秩序は領民たちの努力の賜物だと気づき、感謝しつつ私は進んだ。
「ああ伯爵! ようやくお会いできましたね!!」
目の前に現れたのは、螺鈿もどき細工で共に技術者の育成や塗料の開発で協力した貴族。
(何故、ここに?)
コルティカ男爵だ。美しい青緑色の塗料『真孔雀』をメインに螺鈿もどき細工を作る男爵領の領主だ。
(……不愉快だな)
この男爵は以前こちらが仕入れていた素材の値段を急に値上げしてきてジュリが信用できないと敬遠することになり、以降螺鈿もどき細工の事以外では殆ど接点がなくなっている。背景にはベリアス公爵が関わっていたと調べはついていたが、それにしても値上げ交渉はおろか事前連絡など一切なくさも当然のことのような態度を社交界でも見せたため、私も距離を置いていた。
「ご無沙汰しております」
「ああ」
「あの、いま、お忙しいのは存じております」
私の握る剣をチラチラ見ていることから、私が剣を振るのではと怯えているのだろう。その割には何故か無理に笑顔を貼り付け平気なふりをしている。
「その、よろしければ少しお時間を頂けませんか?」
「断る」
「は、伯爵!! そう言わずにどうかっ、我々もジュリさんのことで心を痛めているんです、お力になれると思うんです」
「その根拠は」
「!!」
私が食いついたと思ったらしい。パァと分かりやすく目を輝かせた。
「王妃殿下がご相談に乗ってくださるそうです!! その席は審問会後直ぐに設けられますのでこのまま私と一緒に来てお待ちになりませんか」
「今、王妃と言ったか」
ひいっ!! と男爵は悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。事の成り行きを見守っていたのか、それとも他の目的があったのか私たちのやり取りを見ていた貴族たちも何人かがその場に膝をついたり腰を抜かしたり、失神したりした。
「私のジュリに手を出した王妃が相談に乗るだと? なんの相談にだ? 私にどう殺されたいかの相談か?」
「ひっ、ひいっ、ち、ちがっ、違います、あの、妃殿下はっ伯爵の心配を」
「あははは!」
こんなに腹の底から咄嗟に笑えるとは思わなかった。
「心配だ? ふっ、ふははっ、どの面下げてそんな事を? 冗談だろう? ジュリの味方になるどころか呼び出してジュリを怒らせたらしいじゃないか。それで相談? あははは、はははっ! ああ、すまん、可笑しくてっ、どう勘違いしたら、私が王妃に、相談すると思えるのか、まるで分からないっ! く、くはっ、ちょっと待ってくれ、思考が理解できなくて笑えてっ」
私の姿はどう映っているのか分からない。
ただ、コルティカ男爵が震えながら涙と鼻水を垂らし、口をパクパクさせているのを見ると私の顔は碌な表情ではないのだろう。
そして突然頭の中に聞こえた声は、私を守護してくださる【滅の神】サフォーニ様。
「……男爵」
「はひっ」
「王妃に伝えろ」
「なっ、なに、をっ」
「私の守護神がこう申しておられた」
―――グレイセル、あなたとベイフェルア王家の王妃との縁は今ここで断ち切ってあげます。あなたにとって必要のない縁ですから。そして今後その女が生まれ変わろうとも未来永劫、決してあなたの魂に結びつくことがないよう女から縁の糸が生まれないようにしてしまいましょう―――
私にだけ聞こえたその音は。
ブチッと何かを引きちぎるような音だった。
心の中でありがとうございますと呟いた。
サフォーニ様が小さくフフ、と笑ったのが聞こえた。
「だそうだ。……だから」
剣先で、男爵の頬をそっと撫でた。
「『永遠にさようなら』。そう伝えてくれ」
笑って見せた。
男爵が目を開いたまま、失神しその場にひっくり返った。
この男とももう会うことはなくなる。息子がいるから今後はそちらがマトモな取引を再開してくれることを願おう。いや、このまま事が進めばコルティカ男爵家は破滅するだろうから、『真孔雀』だけ守ればいいのかもしれない。
「終わってもやることは山積みだな」
ふぅ、と息をついて歩き出したらさっきまで媚びへつらう顔をしていた奴らが私に背を向け一目散に逃げ出す。
「……何のために来たんだ?」
全く意図が分からずついそう呟いた。




