78.両親との夕食
「キャシー、王城の舞踏会の、招待状は確認した?」
「王城の? まだ見ていないわ」
夕食の席につくと、母に聞かれた。
「結婚式に向けて、殿下が主催するそうよ」
「それは行かなきゃいけないわね」
「それはというか、キャシー、あなたはもっと舞踏会に参加しなければいけないわ」
「そうよねえ」
母の忠告を、曖昧な肯定でやり過ごす。ベイルに婚約破棄されて以来、社交の場で寄せられる好奇の視線を避けるため、舞踏会やパーティから足が遠のいていた。
ミアに叱られて反省したものの、参加する数は、独身の若い女性としては限りなく少ない。
「その舞踏会には、ちゃんと出るわ」
オーウェンが主催する舞踏会なら、行かなければならない。結婚式の後に行われる舞踏会の、予行練習というところであろうか。準備の方は、着々と進んでいるらしい。
「エスコートしてくれる男性はいるの?」
「エリック様がいるもの」
ある程度規模が大きく、参加するのが義務のような舞踏会には、エリックも参加していることが多い。今回もそうだろうと見当をつけて私が答えると、母は「もう」と唇を尖らせた。
「本当に、結婚の話は、進めなくていいの?」
「いいの。エリック様に、申し訳ないから」
「キャシーは真面目なんだから」
そんなこと言われても、エリックは騎士。私とは立場が違うのは、わかりきっていることだ。自由恋愛の彼に、貴族の論理を押し付けては、いけない。
「あんまりしつこく言うのは、やめなさい。キャシーはもう大人だよ。何とかするさ」
「でもね、あなた」
「そうよ」
父が擁護してくれる。やっぱり父は、こんな時でも、私を信じて肩を持ってくれる。私だって、お互いに恋心を抱いているのなら、何も迷わないのだ。一歩踏み込めないのは、ただ、これが恋ではないから。
「大丈夫だって」
鷹揚に微笑む父は、いつも私のことを信じてくれる。だから私は思い切って、確証のない噂話を、伝えておくことにした。
「私ね、この間、カサール商会に行ってきたの」
「カサール商会に?」
父は訝しげに復唱する。その反応に、父はカサール商会がブランドン侯爵家と繋がっていると知っているのだな、と察する。
「そう。タマロ王国風のパーティに、興味があって」
「そんなもの……」
「前に食べたタマロ王国の料理が、美味しかったんだもの」
無邪気な娘を装って言う私を見て、父は顔を顰めている。何もそんなところへ行かなくたって、とでも続くのだろう。苦言を呈される前に、言葉を継いだ。
「そこでね、気になる話を聞いちゃって……ヘランの粗悪品が、騎士団に流通している噂があるんですって」
「……」
食卓を、奇妙な沈黙が支配した。
「噂ならいいけど、もし事実だったら、怖いなって思って」
「キャシーはそれが気になって、わざわざ聞きに行ったんだね」
父は額に手を当てて、嘆くポーズを取る。
「そういうことは、僕に任せてって言ったじゃないか」
「でも、気になったんだもの」
「物騒なことは、任せてくれればいいんだ。……ただ、その話は気になるね。僕の方でも、調べてみるよ」
父が知らないということは、騎士団の上部でも、そういう話は持ち上がっていないということだ。エリックも知らないようだし、杞憂だろうか。
それなら、それでいい。何もないのが、一番なのだから。
「お父様が気にかけてくださるのなら、安心だわ」
騎士団のことは、エリックと父が調べてくれる。そのきっかけを作ったことで、私の目的は、とりあえず果たせたと言えよう。




