77.噂の真実
「こちらで御座います」
カサール商会の応接室は、私のような立場の貴族が来ても問題ないような、立派なものであった。ふかふかのソファに腰掛け、待っていると、重厚な扉が開く。
「お待たせいたしました」
「いえ」
「お初にお目にかかります。カサール商会の、マルロと申します」
深々と頭を下げる、小太りの男性。商会の制服が、腹部だけ張っており、ボタンが飛んでしまわないか心配になる。
「商会長は、いらっしゃらないのね」
「はい! 本来なら商会長が対応すべきなのですが、申し訳ありません。突然の訪れで、都合がつきませんで……」
「いいのよ。気にしないわ」
これだけの規模の商会長となれば、一筋縄ではいかない。事前に連絡すれば出てくるのは間違いないので、敢えて、突然訪ねたのだ。むしろ計画通り、である。
「近頃、御宅の商会で扱っていらっしゃるタマロ王国の商品が、かなり流行しているでしょう?」
「はあ、おかげさまで……」
広い額に浮かび上がった汗を、綺麗なハンカチで拭きながら答えるマルロ。ぺこぺこと、せわしなく頭を下げる。
「私も、タマロ王国風のパーティを検討しているの」
「左様でございますか! ありがとうございます!」
「どんなものを用意すればよろしいのかしら?」
「はいっ」
良い返事と滑らかな動きで、テーブルに紙が出される。そこには、タマロ王国風のパーティに必要な物品が、多数リストアップされていた。実際、他にもそうした新しい趣向のパーティを催そうという貴族は、いるのだろう。
「これは……?」
「それは、タマロの装飾ですね」
私はいくつかの商品を示し、説明を求める。マルロは汗を拭き拭き、淀みない口調で説明をする。余裕はなさそうに見えても、そこは商人。押さえるべきところは、押さえている。
「ヘランがないわね」
一頻り質問と応答を繰り返した私は、何気なく、そう呟いた。
「ご興味がおありですか?」
「ええ。陛下が気に入ってらっしゃると、お聞きしていますので。タマロ風のパーティに、ヘランは要らないのかしら」
「いえっ!」
マルロは、丸いほっぺを赤くして、首を大きく左右に振った。
「ヘランを嫌がる貴族の方もいらっしゃるので、ここには載せていないのです。ご注文いただければ、ご用意いたします」
「そう。どうして、嫌がるのかしら」
「わかりませんが……薬というイメージが、悪いのでしょうかね。実際は薬というより、心の健康を保つための品でございます。健康な人が飲むことで、幸せに暮らせる、そうした優れものなのですが」
「それはすごいわ」
そういう風に説明をして、売りつけているわけか。私は感心し、首を傾げて、マルロを見つめた。
「……でも、最近では騎士や、貴族以外の方々にも出回っているって、噂を聞きますの」
マルロの様子を見て、結局私は、カマをかけてみることにした。駄目ならば、誰かに頼んで、カサール商会の商売相手を調べれば良い。何が聞ければラッキー、そんな気持ちで。
「ああー! そんな噂もありますね!」
「そうですわよね。私のパーティで、そうした……身分の低い方々のものを、お出しするわけにもいきませんし」
「その点なら、心配ございませんよ!」
「そう?」
先を促すつもりで、マルロをじっと見る。マルロはまた額の汗を拭い、「ええ!」と力強く答えた。
「実のところ、我が商会も、粗悪品には困っているのです。騎士などに流通しているという噂があるのは、ヘランとは別物でございます。ヘランは、私共の独占販売。我々は、貴族以外の方とは商売をしておりません」
「そうなのね。それなら、安心したわ」
私はエリックと目配せをする。今マルロは、騎士達に「粗悪品」が流通している噂があると言った。ヘランに似た薬が、騎士団にも出回っている、ということになる。
「お時間頂いて、ありがとう。屋敷で検討して、次は使いの者を寄越すわ」
「今後とも、ご贔屓にしていただくよう、よろしくお願い致します」
マルロに見送られ、私はカサール商会を出た。私は欲しいのは、ヘランが貴族以外には出回っていないという、確証。噂通り、粗悪品が騎士団に流れているのだとしたら、それはかなりの、
「危機的状況よね?」
「そうですね……」
エリックは渋い顔をして、腕を組んだ。
「俺の目には、そういう薬に興じている者は、いないように見えるのですが」
「噂は噂で、事実ではないのかしら」
事実ではない、ということを確かめるのは難しい。本当にそうなら、問題は少ないのに。
「騎士団内部のことは、俺が調べてみます」
「巻き込んでごめんなさいね」
「いえ。もし本当にそうした薬を使っている者がいるのなら、誰も気づいていない現状が、何より問題です。知ることができて良かった」
エリックの顔つきは、きりっとしたもの。スイッチが完全に、仕事をするときの状態に切り替わっている。
「騎士団に戻ります?」
「はい」
エリックは即答した。そうだろう。あんな話を聞いた後では、早く事実を確かめたいに違いない。
挨拶もそこそこに、私とエリックは、それぞれの場所へ帰ることにした。




