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76.エリーゼの招待状

「それに私、あなたとは、一度ゆっくりお話をしてみたいと思っておりましたのよ」

「キャサリン様が、私と?」

「ええ。ヘランって、ずいぶん良い薬だそうじゃありませんか」


 エリーゼは、お茶会でもヘランの話しかしない程度には、上位の貴族にヘランを勧めたがっている。私がヘランの話を持ち出せば食いつくかと思って水を向けてみると、案の定。


「そうなのです!」


 訝しげな雰囲気は消え、目を輝かせてヘランの話をし始めた。こんなに単純な彼女が、国家転覆の危機に関われるのだろうか。心配になるほど、ぺらぺらと話し始める。

 エリーゼの常套句であろう、ヘランはストレス解消になるだの、ヘランは頭が良くなるのという効用を聞いたあと、「でも気が引けますわ」と私は感想を漏らした。


「健康上の問題は、何もありませんのよ」

「そういうことではありませんわ。ヘランははじめこそ、陛下の勧める、斬新なものでしたけれど……もう下位の貴族や、それ以外の方にも広がっているでしょう? 今更口にしても、時代遅れという感が、否めないと言いますか……」


 私たちにとっては、目新しいということも、重要な要素のひとつである。


「たしかに下位の貴族の方々にまで、広まっているのは事実ですが……」

「貴族どころか、平民や騎士の方にも、広まっているというじゃありませんか」


 これは完全に、カマをかけたのである。私の言葉に、エリーゼはきっと目を剥いた。


「それは、事実ではありませんわ!」

「そうなのですか?」

「そうですわ。私達だって、広める相手は考えていますもの」


 ツンとするエリーゼ。この言葉が真実かどうか、私にはわからない。仮に平民まで広がっていたとしても、この場ではそうは言わないだろうし。

 もしかしたらうっかり口を滑らせないかと思って言ってみたが、そんな簡単には行かなかった。


「それなら、安心しましたわ。以前、タマロ王国風のパーティに、お招きくださったでしょう?」

「ええ」

「ああいう趣向を、私も取り入れてみたいと思いましたの。商人を紹介していただくことは、できないかしら?」


 エリーゼが駄目なら、ヘランを扱う商人の方と、コンタクトを取ってみればいい。売り出すのは商人なのだから、調べれば、取引している相手を探ることもできるだろう。

 私の質問に、エリーゼは表情を輝かせる。その顔を見て、私はなんとなく、違和感を覚えた。

 どうしてエリーゼは、ヘランを勧めることに、こんなにも喜びを感じているのだろう。ヘランが広まった暁に、王妃になることを夢見ているのかもしれない。しかし、私がヘランに興味を示すことから公爵家へ広まり、パレードの警備を操作するところまで達するには、かなりの道のりがある。

 広めること自体にメリットがないと、こんな風に喜ぶことは、ないのではなかろうか。


「もちろんですわ! 紹介状をお渡ししますね!」


 嬉しそうに、既に記入済みの紹介状を渡され、私はますます戸惑った。準備が良すぎるし、何が嬉しいのかわからない。

 エリーゼの喜びの背景も気になったが、彼女のことを、そこまで気にかける理由はない。私はエリーゼから招待状を受け取ると、適当にいなしながら、集まった令嬢たちとの会話を楽しんだ。


 エリーゼに預かった紹介状には、カサール商会という名が書かれていた。聞いたことがないが、場所も記されているので、訪ねることはできよう。

 ノア辺りが同行してくれると助かるのだが、彼は今、ニックの教育のために、学園の寮に行っている。休日に用を頼むのも申し訳ない。リサでは何かあった時不安だし、ライネルには頼めない。私が個人的な用を頼める従者というのは、こういう場合は、いないのであった。

 まあ、令嬢である私が単身でよくわからない商会に行こうとしていること自体が、不適切な行動なのだけれど。止められるのが目に見えているので、父には言えない。


「いつもいつもあなたに頼んで、申し訳ないわ」

「俺なら、構いませんよ。キャサリン様がおひとりで行動するより、ずっといいです」


 今日のエリックは、騎士の制服ではない、品のある服を着ている。私の従者に見せかけるためである。カサール商会に、タマロ風パーティの打ち合わせという体で、向かうことにしたのだ。

 馬車に乗り合わせ、カサール商会に向かう。エリックは嫌な顔せずについてきてくれるが、今回のことは、ノアさえいればエリックに頼まなくても済んだ話だ。彼の武を必要とする場面でもないのに頼んでしまったことに、気が引けていた。


「エリック様がこうして私のために時間を割いてくれるのは、ありがたいし嬉しいのですが……それに、甘えてしまっていますの」

「俺は、自分の時間をあなたのために割けることを、嬉しく思っていますよ」


 エリックの穏やかな声でそう言ってもらえると、安心する。エリックの、この優しさに甘えているのは、重々承知している。


「どうして?」

「どうしてって……それは、俺が」


 何か言いかけたエリックの言葉は、馬車が止まったことで遮られた。


「着いたのね」


 エリーゼが懇意にしている、カサール商会。私が確認したいのは、ヘランが貴族以外には流通していないという、それだけのことだ。

 どう話せば、手がかりを得られるだろうか。考えながら、商会の案内人に連れられ、大きな建物の中へ入っていった。

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