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ごんぶとエルフ転生~人間に搾取された異世界で魔王になった~  作者: 白咲犬矢
ごんぶとエルフ魔王誕生編
9/14

Part9 ごんぶとエルフは晩餐会で魔王デビューする

魔王の仕事ってなんだろな~(´・ω・`)


 戦闘があった日からの数日間、ハーゼルは魔王城の一室を貸し与えられ、国賓待遇で過ごしていた。

 今ではエリーゼも動けるようになり、時折ハーゼルのもとを訪れていた。


「ハーゼル様、本日の晩餐会、楽しみですわね! 私何を着ていこうか迷ってしまいますわ」


「そうですね、楽しみです……あははっ……エリーゼさん、ずいぶんとまた…そのっ、

お肉がなくなりましたね…」


「んもぅ、ハーゼル様ったら! お上手ですことっ! ほんの20キロしか減ってませんわよ?」


 あの日、ハーゼルに背負われて魔王城に帰ってきた日から、エリーゼが口にしたのは僅かなスライムゼリーと水だけだった。

 もう二度と恥ずかしい思いはするまいと、決起してダイエットに励み、

隊員や父親であるフットルが心配そうに見守る中、涙ぐましい努力を続けている。

 それというのも、ハーゼルの周囲には美しい侍女たちが並び、吟遊詩人の歌で噂を聞きつけた魔族の貴族が、

最強のごんぶとエルフを一目見ようと魔王城に押しかけてきたのだ。

 魔族にとって、力とは魅力そのものであり、単独で魔王軍との戦いを制したハーゼルの人気は、

今や魔王デプルを上回るものとなっている。

 そのため、エリーゼはこうやって足しげくハーゼルのもとに通い、他の女たちをけん制していたのだった。


「それに本日はおじさまの娘であるシスティーナ姫が帰っていらっしゃるのよ」


「システィーナ姫って、魔王様の娘ですよね? 留学か何かですかね?」


「違いますわ、システィーナ様はドワーフの国に技術援助を受けるために足を運んでいらっしゃいますのよ」


「あの……システィーナ姫も…その、魔王様みたいな体形なんですか?」


「いいえ、多分母方の血の先祖返りね、線が細くてハイドワーフの特徴が出ているわね、

とても小さくてかわいいわよっ…」


 そこまでいうと、エリーゼは少し寂しそうな顔をして視線を自分の体に移す。

(やっぱりハーゼル様は線が細い子の方が好みよね、私なんて…あと80キロくらい痩せたらあるいは…)

 そんなエリーゼのしょぼくれた姿を見たハーゼルが元気づけようと声をかける。


「あのっ、エリーゼさんは、そのっ、魅力ある女性だと思いますよ……」


「またそんなこという~♪ ハーゼル様ったらっ、私本気にしてしまうわよ?」


 ハーゼルは、ぶるりと身震いをしたが、笑顔を絶やさないように努めて、

その後もエリーゼとの情報交換を兼ねた談笑を続けることとなった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その頃、魔王城のある一室では帰還したシスティーナが悲鳴をあげていた。



「お父様っ! 今何とおっしゃったのですか?」


「システィーナよ、ワシはエルフに負けたのじゃ、一騎打ちで手も足も出なかった」


「嘘よっ! お父様は剣を交えることなく降伏したっていうじゃない! そんなのありえないわっ!」


 いくら説明しようとしても、すぐに噛みつくようにまくし立ててくるシスティーナ相手に、

父親である魔王デプルは困り果てていた。

 今年15歳になったばかりのシスティーナは、母親に似て魔力を殆ど持っていない代わりに、

優れた知性を持もつ小柄な少女なのだが、若さゆえにやや感情的であるのが玉に瑕だ。


「不甲斐ない父ですまぬ……だが、あやつの力は常軌を逸しておるのじゃ、

埋設爆裂魔石でも傷一つつけられぬし、魔力収束砲もきかぬ……挙句あやつは素手で西門を破壊し負った!」


 ガタン! ドシーン!


「どうしたシスティーナよ、急に椅子から落ちるとは情けない……」


「おっ、お父様…その話は本当ですの? 魔力収束砲がきかないなんて…そんなっ、ありえない…」


「事実じゃ……それにあやつは門を素手で持ち上げて西門をどつきまわした挙句、

それをワシに向けて"ベンショーしてやる"とまでいいおったわ」


「べっ、ベンショーですって!? エルフと聞いておりましたが、龍族か何かですの?」


「あやつ……いや、ハーゼル殿がいうには"エルフ"で間違いないそうじゃ、

食人種を疑ったが、今は普通にこの国の食料を食べておる。たまにカロ〇ーメイトというものを食べているがの」


「まさかっ、そのカロ〇ーメイトと言うのは人体の一部ということはありませんの?」


「いや、それはない、晩餐会の為に料理長に頼んで味を確認してもらったのじゃが、"パンのようなもの"だと言っておった」


「ますますわからないエルフね、お父様をベンショーしようとしたのは何かの脅しかしら?」


「わからぬ……だが"ゴーメンク・ダッサーイ"と叫んでいたからには、

王位の簒奪を目論んでおるやもしれぬ、その時はシスティーナよ、

そなたには"つらい思い"をさせてしまうやもしれぬな……」


「いいえ、お父様、王族に生まれ育ったからには覚悟しておりました。

私のこの身一つで救えるものがあるのでしたら、本望ですわっ!」


「すまぬ、システィーナよ……今宵の晩餐会でハーゼル殿が本性を現した時は……」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして夕暮れ時、晩餐会が開かれる魔王城の特別食堂の控室には、魔王と王妃、娘のシスティーナ、

将軍のフットル、そして娘のエリーゼが招かれていた。

 部屋には宰相も居たのだが、同席することはなく魔王の背後に控える衛兵に交じって立っていた。

 ごんぶとエルフであるハーゼルは、特注で作ってもらったタキシードに身を包み、魔王デプルから、

今回の来席者の紹介を受けていた。


「ハーゼル殿、こちらが妻のマリエッタ、ワシを支えてくれる良き王妃じゃ」


「……初めまして、ハーゼル様……」


 初めてみる魔王の妃マリエッタは、淡い栗色の髪をした小柄な女性で、サファイアブルーの瞳が美しい。

 事前にエリーゼから聞いた情報だと、ドワーフと魔族のハーフで御年200歳らしいが、

魔族もドワーフも寿命が長く、見た目はまだ30代と言える程若々しく見える。

 ぶしつけな視線を送ってしまったためか、小刻みに震えておびえているようだ……


「本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。王妃様には初めてお目にかかりますが、

何分粗忽な田舎ものゆえに、王族の方々に対するご無礼を働かないかと心配しております。

無作法で無知なエルフをお許しいただければ幸いです」


 ハーゼルはそういうと、お辞儀をしてほほ笑んで見せた。


「まぁっ、ハーゼル様は素敵な笑顔をお持ちでいらっしゃいますのね、

てっきり野蛮で無能な脳筋エルフかと思って身構えてしまいました」


(あれ?今なんかさらりとひどい事言われたような気がするけど……)


「す、すまぬ、ハーゼル殿、マリエッタにはドワーフの血が入っておるから、エルフの事となると少しな…」


(へぇ~エルフとドワーフって、もしかしたらものすごく仲が悪いって、エリーゼも言ってたきがする)


「そしてこの子がワシの娘のシスティーナじゃ……」


 そういって紹介されたのは、マリエッタさんによく似た小柄な少女で、

薄緑色の髪を後ろでポニーテールにしているかわいらしいお姫様だ…

 色白な肌は陶器のように滑らかで、薄い唇にひいた淡いピンク色のリップがきらめいており、

父親のデプルと同じ金色の目がこちらをしっかりと見つめていた。

 ただ……何というかとても"ちいさかった"…身長もさることながら、

黒地の艶やかで立派なドレスで隠しているものの、

お胸のあたりに何もないというのは、取り付けている大きなリボン越しでもわかってしまうほどだ。


「おいエルフ、何か言いたいことがあったら聞こうじゃないかっ!」


 またもやぶしつけな視線を送ってしまっていたようで、ハーゼルはシスティーナに睨みつけられて文句を言われてしまった。


「失礼、…そのっ、素敵なドレスですね……」


「ふんっ、一応礼装してきてあげたわ! 感謝してよねっ!」


「システィーナ様っ! おやめください!」


 部屋の隅から宰相がすすすっと近寄ってきて、システィーナをなだめながらハーゼルから引き離していく。


「ハーゼル殿、申し訳ない…システィーナは本日帰ってきたばかりじゃ、その上マリエッタからドワーフの血を受け継いでおる…」


 そこまで言われてハーゼルも『あぁ、なるほど、だから小さいのか』と、納得した。

 システィーナはまだ若干15歳でありながら、ドワーフ顔負けの知識や技術を習得しており、

頻繁にドワーフの国へ足を運んでは、魔王国に新しい技術を持ち帰ってきていた。

 実はハーゼルも、生前は技術職に就いていたこともあり、システィーナとの会話を楽しみにしていたのだが、

どうやらエルフということで相当毛嫌いされてしまっているようだった。

(まぁ、まだ話をする機会はあるだろうから、チャンスはあるよね)


 その後、フットル将軍とも顔合わせをしたのだが、エリーゼとの誤解がとけたのか、

『娘を助けてくれてありがとう』と、お礼を言われ抱き着かれてしまったので、

降参の意味を含めて両手を高く掲げたところ、その場の空気が一瞬にして凍り付いてしまった……


「はっ、ハーゼル殿、何か気に障る事でもございましたかっ!?」


「フットル将軍、離れてっ! そいつ両手を上げているわ!」


「この糞エルフめっ、本性をあらわしたわねっ!」


 即座に衛兵がハーゼルの周囲を取り囲み、腰に下げている剣を抜き放った。

 当然ハーゼルには何が起きたのかわからず、その場に呆然と立ちすくすしかなかった。


「動くなっ! 動くなよっ、野蛮なエルフめっ!」


 そんな中、一人の女性がハーゼルの前に立ちはだかった。


「おやめください! ハーゼル様は何もしてないわっ! そうよね? ハーゼル様?」


「エリーゼさん、俺、何でこうなったのか全く分からないんですけど……」


「……もしかしてあなた、その手をあげる動作の意味が分かっていらっしゃらないのかしら?」


「これですか? 俺の国では"降伏、降参、もうゆるして"という意味なんですけど……」


「……みんな聞こえたでしょ? 武器をしまってちょうだい! はやくっ!」


 エリーゼの機転により、緊張の一瞬をなんとか乗り切ったのだが、

まさか両手を上げる動作が"宣戦布告する動作"と知らなかったハーゼルは、

迂闊な動作ができない事を知り、緊張していた。


「いや、すまなかったハーゼル殿、種族や生まれが違うと、時折こういった行き違いがおこることもある」


「私の方こそ申し訳ございません……この国の所作にまだ慣れていないようです」


「気を悪くなさらないでね? 皆様もよろしくて? "多少のこと"で騒ぎ立ててはだめよっ?」


「ありがとうございますエリーゼさん、それにしてもそのドレス、とても似合ってますね!」


「はぅっ、そっ、そうですか? 私の為に父が用意してくださったのよ?」


 エリーゼのドレスは青いドレスで、彼女の体形をすっぽりとカバーしており、

ふくよかな胸元を強調するようなデザインとなっていた。

 このドレスは特注品で、幻覚の魔法や収納魔法を駆使したドワーフの一級品であり、

エリーゼの婚期を逃すまいと、父であるフットルや、魔王デプルが私財を投入して作らせたものだった。


「ハーゼル殿、準備が整いました、食堂へ移動しましょう」


「はいっ、どんな料理が出てくるのか楽しみにしてましたっ!」


「ふふっ、ハーゼル様が驚く料理ばかりだと思いますよ?」


 今回用意された特別食堂には、大きめの円卓が置いてあり、

魔王デプルを中心に、左右に妃のマリエッタと娘のシスティーナが座り、

魔王の向かい側にハーゼルを中心として、左右にフットル将軍とエリーゼが座った。

 一人に対して二人の給仕をかねた護衛が付き、やや物々しい雰囲気を醸し出していた。

 今世の吟遊詩人が鉄板ネタとして必ず使うことになる"魔王交代の円卓会議"が、

今まさに始まろうとしていた……


「ハーゼル殿のお口に合うかどうかわかりませんが、宮廷料理長が生み出す奇跡の料理をご賞味ください」


 ハーゼルがテーブルに座ると、さっそく給仕係が前菜を持ってきた。


「こちらはキングコカトリスのテリーヌです」


(やべぇ、なんかフランス料理っぽいやつが出てきたけど、テーブルマナーとか大丈夫かな?)


 ちらりと隣のエリーゼを見てみると、何やら彼女の皿のテリーヌだけ3倍くらい大きい気がした。

(やっぱり作法はフランス料理と同じみたいだね、これなら大丈夫かも)

 ハーゼルはテーブルに並べられた外側のナイフとフォークを手に取りテリーヌをそっと切り分けて口に運ぶ。


「おいしい! ちょっと強めの塩加減と、酸味もきいてて食欲がわいてきますね!」


「はっはっはっ、ハーゼル殿のお口にあって何よりです。後ほど料理長を呼びましょう!」


「ふんっ、蛮族かと思ったけど味はわかるようねっ!」


 相も変わらずシスティーナ姫はエルフに対してあたりが強すぎる気がするが、

きちんと食べられるものが並べられたことに、ハーゼルは喜びを感じていた。


「あれ? エリーゼさん、テリーヌはお口に合いませんか?」


「えっ、ええ、とてもおいしいわよ? そう……とても…ね」

(ハーゼル様の前ではしたない姿は見せられないわよ! ダイエット中なのに何で私のテリーヌだけ大きいのよ~)


 エリーゼに出された料理のボリュームが大変なことになっているのは、宮廷料理長が気を気を利かせたからである。

 急激に痩せたエリーゼを心配しての心配りのつもりが、エリーゼを苦しめているとは知る由もない。

 その後、キングコカトリスの卵サラダと、アルティメットキリングコーンのスープが出されたが、

エリーゼに提供されたのはなぜかすべて大皿と、どんぶりサイズなのであった。


「さて、次の料理はパンですが、ハーゼル殿の故郷の味を再現させておる、

宮廷料理長自らが創意工夫を凝らしたから、料理長自らが給仕を行うそうじゃ」


「俺の故郷の料理ですか? それってもしかして……」


 テーブルの上の皿が片づけられると、見事な装飾が施されたカートを押した男が現れた。

 背が高いうえに、頭にのせた帽子もやたらと長いので、どこかに引っ掛けないかハラハラしながら見てしまう。


「魔王様、こちらがハーゼル様の故郷の味を再現致しました"カロ〇ーメイト"にございます。

メイプレッドリーフの蜜を使ったメイプレッド味、チョコレートを生地に練りこんだチョコレート味、

そして、魔王国で採取できる最高品質のフルーツをふんだんにつかったフルーツ味の3種です」


「おぉ! 再現することができたのかっ!? 素晴らしいぞ料理長!」


 何やら感動しているみたいだけど、カロ〇ーメイトが豪奢な皿に盛りつけられて、

ガラスの蓋でおおわれて出てくる様子を見ると、何ともシュールな絵ずらになるのだとハーゼルは思った。

 そして、エリーゼの前に置かれた皿から、ガラスの蓋が外されると、

そこには通常の10倍はあろうかと思われる、巨大なカロ〇ーメイトが鎮座していた。

 エリーゼが震えながら料理長を見上げると"パチン♪"と、ウィンクをして料理長が去っていった。

 そんな彼女を横目で見ながら、ハーゼルはホカホカと湯気をあげるカロ〇ーメイトを、

ナイフでそっと切り分けて、一口だけ口に運ぶ。


「……うっ、うまいっ! それにとても柔らかくて濃厚な味わいだっ! メープル味は難しいかと思ったけど、

独特の風味と確かな甘さがちゃんと感じられるよ! たった一箱のカロ〇ーメイトからここまで再現するなんて、

魔王城の料理長の腕は超一流ですね!」


 ハーゼルの大絶賛を聞いた料理長エポック・エースコックは、静かに涙しながら一礼し、厨房へ戻っていった。

 この日の為に数百人規模のチームを結成し、鑑定魔法、探索魔法、調理スキルを総動員させたうえ、

不眠不休でカロ〇ーメイト魔王国バージョンを完成させたのだ。

 この日の深夜、調理チームの厨房には魔王名義で祝いの高級酒がふるまわれ、

夜明けまで祝杯があげられたことを知るものは少ない。

 ちなみにエリーゼの皿の上にあった巨大なカロ〇ーメイトもいつの間にか姿を消していた。


 その後、ビッグエアロフィッシュのソテー・オレンジチーズソースと、世界樹の実のソルベを食べ終わったところで、

レッドアイアンドラゴンのローストがテーブルに並べられると、魔王が神妙な面持ちでハーゼルに語り掛けてきた。


「ハーゼル殿、メインディッシュを頂きながらで構わないのじゃが、いくつか聞きたいことがある……」


「ぇっ? はい、どうぞ……」


 実はこの晩餐会は、用意周到に計画されたものであり、ハーゼルがメインディッシュに夢中になっているうちに、

『ゴーメンク・ダッサーイ』の真意を確認する為のものであった。

 魔王デプルにとっては"お前の地位を簒奪する"を意味する恐怖の言葉であり、

到底受け入れられるものではなかったので、今まで聞き出せずにいた。

 この場で『それは間違いでした』と言ってもらえたら、どんなに安心できることだろう。

 事前の打ち合わせ通り、ハーゼルの手元のグラスに赤ワインが注がれたので、

魔王デプルは話を切り出した……


「あの~ ハーゼル殿…… 先日の戦闘のとき、西門で叫んでいた件なのです"パリィン" ひぃっ!」


「あぁっ、すいません魔王様、力加減がうまくいかずにグラスを割ってしまいました……弁償しなくてはいけませんか?」


 ガタガタッ! 


 このやり取りを聞いていたハーゼル以外の全員が急に身構えた……もちろんエリーゼも動揺を隠せずにいる。


(やはりこの話題に触れるのはまずかったかっ! おのれエルフめっ、やはり魔王の座を狙っておったかっ!)


「おじさまっ! 落ち着いてくださいな……ハーゼル様、何かの間違いですのよね?(ベンショーしないのよね?)」


「あっ、ごっ、ごめんなさい、少し加減を見誤りました(力を入れすぎてグラス割っちゃったよ)」


 魔王国において、グラスを割るという行為は"つべこべ言わずに俺の言うことを聞け"という意思表示であり、

それを目の前で見せられたことで場の空気が凍り付いたのだった。

 さらに、ベンショー(ひき肉料理にしてやる)という言葉が出た為、楽しい晩餐会は、

いつ自分が食われるかわからない"地獄の晩餐会"に様変わりしてしまった。

 この場をいったん収めたエリーゼは、晩餐会から三日後に"魔王国功労勲章"を授与されることとなる。


「ハーゼル殿、フットルと共に少々席を外しますがよろしいですかな?」


「はい、どうぞ? (トイレかな?)」


「おっ、お父様っ、私もご一緒してよろしい?」


「よかろう、システィーナも一緒に来るがよい、では失礼……」


 3人が退出したテーブルに残されたのは、王妃マリエッタとエリーゼとハーゼル、

それと護衛の衛兵だけだった。宰相もこの時一緒に姿を消していた。

 マリエッタは小刻みに震えており、後ろの衛兵も震えてカチャカチャと音を鳴らしていた。

 唯一エリーゼだけが懸命にレッドアイアンドラゴンのローストを切り分けていた……




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その頃、特別食堂の控室では、この国の未来を左右する緊急会議が行われていた。


「お父様、私もこの耳で聞くまで疑っておりましたが、はっきりと"ベンショー"といっておりましたわっ!

タイミングからしても"ゴーメンク・ダッサーイ"の一件で間違いないですわね……」


「魔王様! やはりあのエルフは王位の簒奪を目論んでいるに違いありません!

我が娘エリーゼのとりなしが無ければ間違いなく"ベンショー"されておりました」


「ふむ、やはりワシの聞き間違いではなかったかっ、あの場をエリーゼが納めねば、

部屋にいるものすべてが"ベンショー"になっていたかもしれぬな……

よもや我々自身が晩餐会の食卓に並べられえる憂き目にあうとは思いもよらなかった……」


「わっ、私があのエルフを馬鹿にしたからだわっ、きっと怒ってるのよ!

私一人が"ベンショー"されてひき肉料理になれば、あのエルフだって…ぅっ、うえぇぇ~ん(泣)」


「魔王様、発言よろしいでしょうか」


「どうした宰相よ、名案でもあるのかっ?」


「あのエルフと交渉してみてはいかがでしょうかな? どうしてもというならば"魔王の肩書と仕事"だけ、

あのエルフに譲渡すればよろしいのでは? 魔王様は魔王をやめて"国王陛下"として君臨すればよいのです」


「「「天才かっ!?」」」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 隣の部屋で重要な会議が行われているとはつゆ知らず、

ハーゼルは割ってしまったグラスを給仕が片づけるのを待ち、

新しいグラスを割らないように持ち上げる練習に勤しんでいた。


「この体になってから、どうも力加減がうまくいかないんだよね、

柔らかいものは大丈夫だけど、固いものほど壊しやすくて困るよ」


「ハーゼル様、こちらのレッドアイアンドラゴンのローストを召し上がってくださらない?

私が切り分けておきましたわっ!」


「ぇっ? エリーゼさんが食べてよ、俺のもちゃんとあるから」


「……ごっ、ごめんなさい、こんな私が切り分けたものなんて、いただけませんわよね……」


「あーーーーっ、食べる! めっちゃロースト食べたいなぁ!」


 ハーゼルはエリーゼの手を取り、その手に握られていたフォークを肉に差すと、

自分の口に放り込んで咀嚼した。


(きゃぁぁぁぁああああっ! ハーゼル様が食べたっ! このフォークで私が食べたら…関節キッスよっ!)


 ものすごい勢いで自分の皿のローストビーフを食べ始めたエリーゼを見て、

ハーゼルは『あっ、こいつなんかめっちゃ乙女チックでかわいいかも』と、思ってしまった。

 向かいに座っている王妃マリエッタも、その光景をみてにこやかに笑っている。

(エルフって、野蛮で獰猛で無能な人間と同じ種族だとおもっていたけれど、こうしてみてみると意外とかわいらしいところもあるのね)

 少しだけマリエッタの中でエルフに対する見方が変わったのだが、それを口に出して言うことはなかった。


「お待たせいたしました、ハーゼル殿、長引いてしまって申し訳ない」


「いえいえ、おいしいワインをありがとうございます、久しぶりにゆっくりと味わうことができました」


「どうぞ、レッドアイアンドラゴンのローストと一緒に召し上がってください」


 ハーゼルがナイフとフォークでローストを切り分けていると、緊張した面持ちで宰相が話を切り出した。


「ハーゼル様に折り入ってお願いがございます……この国の魔王を引き継いでいただけないでしょうか?」


「……ぇっ? 結構ですよ?(いやです)」


「結構(了承)でございますか、それはようございました。魔王様、よろしいですね?」


(んっ? 宰相が突然変なことを言い出したけど、何で俺が魔王になるんだ?

そもそも種族が違うし、立派な角だって生えてないからね?それにしてもこのローストめっちゃ固いね)


「うむっ、宰相よ、よい仕事をしてくれたっ、結構!じつに結構だっ!」


「やりましたわねっ! お父様っ!」


(あれっ? これ、肉切るナイフじゃなかったわ、一つずれて手に取ってたよ)


「ところでハーゼル殿、一つ頼みがあるんじゃが、ワシの魔剣グラムだけは"ズパァン!"

……ハーゼル殿の手元にあるのが一番よいかとおもいます」


「魔王様! 余計な事を仰らないでください! ハーゼル様っ! 今のはお気になさらないでくださいね?」


「あっ、はい……」

(やべぇ、力入れすぎて皿ごと肉を切っちゃったよ、気にしなくていいってのは弁償しなくていいって事かな?)


「あの……今の発言は"弁償"しなくてもいいってことですよね?」


 その場にいた全員が超高速で首を縦に振っていた……

 魔王国において、皿を真っ二つに割るという行為は"交渉決裂"を意味するものであり、

目の前で皿を割られた瞬間、部屋にいた誰もが恐怖に震えたのだが、

エリーゼだけは食べすぎたことに恐怖して震えていたのだった。


 後日ハーゼルが、魔王の謁見の間で、角つきサークレットを渡されたことと、

魔王の角が取り外し式だったことにとても驚いたのだが、どういった流れで魔王の業務を引き継いだのか、

さっぱり理解できておらず『酒に酔ってとんでもない事を引き受けてしまった』と嘆いているのを、

エリーゼがこっそりと影からのぞいており『あの時結婚の約束をしておけばよかった!』と、後悔していた。


 ハーゼルがいまいち状況を理解していないことに気が付いた宰相が、あれよあれよという間に手続きを行い、

盛大なパレードで"新魔王"の誕生と"新国王"の誕生をアピールし、うまい事魔王の役割のみを分離して、

ハーゼルに押し付けることに成功していた。

 この功績により、宰相には広大な領地が与えられる事になるのだが、

その領地に新魔王ハーゼルの居城が建つことを彼はまだ知らない……

宰相の名前、考えてなかった件(´・ω・`)

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