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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 6 〉
75/100

75.桃色の店内


「は?」

「あっ…」

 言ってしまった後に、しまったと思い口をつぐむ。恵利からその話はしないでくれと言われていたのだ。……まして、杏実自身その答えを聞きたいとは思わないのに。

 颯人は怪訝そうに杏実の言葉に眉をひそめた。


「なんだその言い方? やっぱりお前……恵利になんか言われてんじゃねーのか?」

「ちがっ……違います! そうじゃなくて……萌ちゃんが苦手なのわかっててどうして家にって……いえ……それは朝倉さんの自由なんですけど……フミさんともぎくしゃくしてるんですよね? だったら……」


 ああ……嫌だ。なんでこんな嫌な言い方……

 恵利に嫉妬してるのだ。そんな立場じゃないのに。

 杏実が自己嫌悪に陥っていると、颯人は特に気にしていない風にその質問に淡々と答える。


「フミ婆が恵利に怒ってる理由、聞いたのか?」

「……はい」

「恵利から?」

 杏実がうなずくと、颯人は少し怪訝そうに眉をひそめた。


「あいつが……自分から言うかぁ?」

 自分から?

 それは杏実が無理やり聞き出したんじゃないか……ということだろうか。とんでもない誤解だ。恵利が自ら話し始めたのだから。


「フミさんに黙っててほしいって……必死だったんじゃないでしょうか」

「う~ん……なんか腑に落ちねーけど……」

 颯人はそう言って納得いかなさそうな顔で杏実を見る。

 やっぱり疑われてる?

 そう思ってとっさに「私が無理やり聞き出したわけじゃないです」と言うと、颯人は「そんなこと微塵も思ってねーよ」と言い「はは……」と笑う。

 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。ならば……颯人は何が納得いかないのだろうか?

 恵利が自ら颯人との関係を暴露する……それはいわゆる、杏実に対する牽制だろう。その女心が理解できないということだろうか?


「……まあ、おいおいわかる……か。しかし恵利のことは……俺も今でも腹が立つけどな。あんなことしといて、さっさと出て行きやがるし、きっちり音信不通。そんで何もなかったように帰ってくるんだから……あの神経の図太さには呆れかえる」

「音信不通だったんですか?」

「まあな。フミ婆はかんかんに怒ってるし、俺は海外に飛ばされるし……文句の一つも言いたくなるだろ」

「え? 海外って?」

「ん? 恵利の父親は俺の会社の社長だからな。恵利を止めなかった俺も同罪とかなんとか言いやがって……フミ婆が怒って告げ口しやがった。しまいに……わけが分からんうちに飛ばされて、3年修行とかなんとか。あんまり腹が立ったんで、有無を言わさねーように仕事して、戻ってきたんだ」

「……大変だったんですね」

「まあな」

 颯人が海外行ったのは、恵利が原因だったとは。初めて聞く恵利との話に、驚くと同時に、そんな経緯があったのに……颯人はいまだ恵利を受け入れているという事実が重くのしかかる。

 言葉にしなくても……今でも颯人は恵利を……


「でも……朝倉さんは恵利さんを大切にしてるんですね」

「はぁ? 気持ち悪い事言うな! とんでもない誤解だ……それは」

「……そうでしょうか……」

 杏実が何と答えていいかわからずそう言うと、颯人は杏実の顔を見て、少し苦笑する。


「……でもその発想は杏実らしいか。まあ……そう言う意味で言うと、恵利とは、なんだかんだ家族みたいなもんだからな。所詮、切っても切れねーんだからあきらめてんだよ」


“家族”“切っても切れない”

 その言葉に目の前が真っ暗になる。

 やっぱり……そうなんだ。

 恵利もはじめてあったとき“颯人とは家族の延長みたいな関係だ”と言っていた。

 二人は杏実の見えない、言葉にできない絆で結ばれていて、杏実には入りこむ隙間などないのだ。




「というか……ばか恵利の話とか萌の話とかどーでもいいんだが……お前こそ大丈夫なのか?」

「え?」


……大丈夫?


「お前こそ元気ないだろ? もしかして実家から……なんか連絡があったのか?」

 意外な言葉に目を丸くする。先ほどのショックで沈み切っていた気持ちのせいで、一瞬何を言われているのかわからなかったぐらいだ。


「あの……」

「なんか言われたのか?」

 颯人は心配そうな表情で杏実の答えを待ってる。

 実家?

 あれから実家から何も連絡はない。忍からは一度電話があったが、杏実が拒否したその後は葵や母が何を考えているのかはわからないとのことだった。

 電話で忍は葵に後をつけられたことについて謝ってたが、結局忍がいてもいなくても葵は会いに来ていただろうし、忍のせいではないと言っておいた。その後のことを、気になっていなかったと言えば嘘になるが、正直あまり深く考えないようにしていた。所詮考えてもなるようにしかならないのだ。だから颯人の言葉はあまりにも意外だったのだ。


―――――“お前こそ元気ないだろ?”

 

 杏実が何も言わないので、颯人は怪訝そうに眉を寄せた。


「おい。杏実! なんか言え」

「あ……」

 そのイライラを含んだ声にハッと我に返る。とっさに首を振ってこたえる。


「いいえ。特に連絡はないです」

「本当か?」

「はい」

「……じゃあほかになんか理由あんのか?」

「え?」

「なんか悩みあんじゃねーのかって聞いてんだよ」


 杏実はその言葉を聞いて、じっと颯人と顔を見た。

 なんだろう。この違和感……

 ムズムズと……じわじわと温かい気持ちに包まれて目の前が明るくなる感じ。

 先ほどまで沈んでいた気持ちが一瞬で吹き飛んだような気がする。自分でも現金だと思う……しかしそれぐらい衝撃的な出来事だった。

 信じられない……いや。心配してくれているということは……時々掛けられる言葉でわかってる。しかし……なにか今回はちょっとそれとは違う気がする。

 杏実の知らないところで颯人が見ていてくれているという事のようで……颯人の心の中にほんのわずかでもあれ、杏実がいると言われているようで……


 杏実が何も言わずに、颯人をじっと見ていると、颯人はさらにイライラを募らせて不機嫌な様子になってくる。

 いつもなら怖くなってとっさに返事をしているところだろう。しかし今回はその様子がなんだかおかしくなってくる。

 「黒の王子」と恐れられて……あんな俺様で……しかし杏実の小さな変化に気が付いてくれて心配してくれているのだ。うれしくてうれしくて……笑わずにいられるだろうか?


「おいこら。……なんで笑う」

「す……すみません」

 もううれしさに浮かれきった顔が止まらなくなって、とっさに口元を抑えて横を向く。

 笑っちゃだめ……

 心配してくれている相手に笑うなんて、なんて失礼だろうと思う……しかし一向に収まる気配はない。

 

「……杏実」

 不穏な空気が颯人の方から流れてくる。しかし……顔なんて見れたもんじゃない。何か言わなくてはと思ってそのままの態勢で、必死て言葉を紡ぐ。


「……朝倉さんが……そんな私のこと心配してくれてるとは思わなくって、すごくうれしくて……ちょっと……待ってください……」

 

 杏実がそう言うと、颯人は一瞬黙り込んだあと、長い長い溜息をついた。


「もういい……聞いた俺がバカだった」

「ちがっ……そう言う意味じゃなくて」

 颯人の言葉にとっさに誤解だと伝えようと思って、颯人の方を見るとバチッと視線が合ってしまった。

 顔が熱くなる。きっと真っ赤になっているとおもう。


「違うんです……嫌だったんじゃなくて……うれしくて……あの……」

「もういいから。頼むから……黙ってろ」

 そう言うと颯人は、手て口を覆って、そのまま窓の方を向いてしまった。耳が心なしか赤い気がしたが、表情はわからない。やはり怒らせてしまったようだ。

 

 ああ……そう言う意味じゃなかったのに。

 今更後悔しても遅い……杏実はしょんぼりして短くため息をついた。

 

 しかしはたから見ればこの店内に負けない桃色な空気の二人。そのせいで、店内が心なし蒸し暑くなったであろうことは言うまでもないのだった。






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