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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 4 〉
50/100

50.萌


「………」

「…………!」

「……」


 何か遠くの方で言い合う声がする。微かに……声がくぐもって内容は聞き取れない

 誰だろう

 ここは……どこだろう


 ハッ

 おぼろげな意識の中、杏実はパッと目を開けた。とたん明るい朝日が目にまぶしく、思わず目をつむる

 再び目を開くと、高く白い天井が目に入った


 えっと……

 ぼんやりとした意識から、昨日の記憶を引っ張り出す

 ああ……そうだ。ここはフミさんの家だった


 杏実のアパートの部屋はいつも隣のビルに遮られ、朝日どころか日中もろくに光が入らない。窓が東向きなのか……久しぶりの朝日を浴びて、なんだか心が軽くなるような気がする

 杏実は客間とは思えない寝心地の良いベットから、ゆっくりと身体を起こす

 やはり一日寝ただけでは熱は下がらなかったのか、少し身体が怠い。しかし……昨日のような関節のきしみなどは感じない。幾分かは下がっているのだろう。しかし喉の痛みはまだ続いていた。それ以外症状が無いので、おそらく扁桃腺が腫れているんだろう

 口渇を感じ、ベットサイドに置かれたペットボトルから、ポカリスエットを一口飲みふと、先ほどから微かに聞こえていた声に意識を向けた


 声は部屋のドアの向こう側から聞こえてくるようだ

 ……2人?

 声はドアに遮られよく聞こえない

 しかし……なにか大きく叫び声がしたかと思うと、部屋のドアが勢いよく開いた


 びっくりして思わず、そのドアの方へ視線を向ける。部屋の入り口には髪の長い小柄な女の子?が立っていた

 制服を着ている。女の子と思ったが目が合うと……もっと上、15~17歳ぐらいだと思い直す

 とにかく―――――美少女だった

 その美少女は杏実の顔を見ると、部屋の中に飛び込んできた


「あ……待て! (もえ)!!」

 同時にドアの向こう側から、颯人の声が聞こえる

 そして美少女は、そのままベットに座る杏実に思いきり抱きついてきた


「杏実ちゃん!!!」

「!?」

 その突然の出来事にびっくりして声を失う

 すらりと伸びた腕が首に巻きつき、ふわりとした長い髪が杏実の頬にあたる。杏実は状況についていけず、何度も瞬きを繰り返した


「こら! 萌……杏実から離れろ」

「や! 颯人お兄ちゃんは黙ってて!!」

 ドアから颯人が顔を出した。寝起きなのか、いつも無造作ながらも整っている黒い髪が、ところどころ跳ねている。Tシャツに黒のスエット姿は、部屋着兼パジャマなのだろう


 杏実はその美少女に抱きつかれながら、呆然とドアの方を見ていたので、自然と颯人と目が合う

 颯人は呆れた顔でこちらを見ていた


「杏実。これが萌だ」


 萌?


 いつかその名前を聞いた気がする。しかし……熱でぼーっといた頭ではよく思い出せなかった。颯人それ以上は何も言わない。詳しく説明する気はないらしい

 状況は全く掴めないが、先ほど“杏実ちゃん”と呼ばれたことを思い出す

 

 ……私の知り合い?


「あの……えっと……どなたでしょうか?」

 杏実が何と言えば良いのかわからず、戸惑いながらもそうつぶやくと、その美少女は杏実からバッと身体を離し、至近距離で話しかけてきた


「杏実ちゃん!? 忘れちゃったの?」

 その大きな瞳が寂しそうに、揺れた


 ああ……泣いちゃう…

 そう思って、何か言おうとした時―――――ふと、この表情に見覚えがあることに気が付く


 …………その少女は、髪は短く、体は痩せていて、初めぼそぼそとつぶやく他は、下を向いていた

 こんなに美少女だっただろうか

 しかし、そのクリクリっとした大きな目、声は……


「も……もちゃん?」

 杏実が恐る恐るそうつぶやくと、涙で潤みかけた大きな瞳がたちまち明るく輝く


 ああ……そうだ。この表情。……間違いなく、ももちゃんだ


「杏実ちゃん! 思い出してくれたぁ!! 会いたかったよぉ!」

 そう言って再び嬉しそうに抱きついてくる

 しかし颯人は素早くあみのベットに近づくと、その少女の襟首をつかみ後ろに引っ張った。敢え無く、少女の抱きつこうとした腕は虚空を舞う


「いい加減にしろ! 杏実はまだ熱があるんだぞ」

「颯人お兄ちゃんのバカ!」

「バカはお前だ!」

「バカバカバカバカ………」


「あの……」

 少し不毛なやり取りが続きそうだったので、杏実は少し口を挟む


「何!」

「ももちゃん? なんだよね?」

「そうだよ。正確にはね……私、ももじゃなくて萌っていうの。ずっと……言えなくてごめんね?」

 そう言って杏実にすまなさそうに微笑んだ


 萌?……ああ、そうだったのか

 フミさんの身内だからあそこにいたのだ。ずっと気が付かなかった


「そうだったんだ……萌……ちゃん?」

 可愛い名前だ。“もも”も可愛かったが、今の彼女にはぴったりだと思う

 しかしまさか会わなかった2年の間に、こうも変わるとは驚きだ

 あの内弁慶で引っ込み思案だった少女が、こんなに明るくはきはきと、話をしてくれている


「萌ちゃん。私もすごく会いたかった……すごく明るくなったね?」

 杏実が笑顔でそういうと、萌は少し恥ずかしそうに顔を赤くした


「颯人お兄ちゃんについて行ってて、2年間アメリカに留学してたの。初めは何にも話せなくて辛かったけど、そこでちょっと趣味ができてね!! 趣味のために勉強したんだ~……そしたらだんだん言葉が分かってきて……仲間もできて、話せるようになったの。まだ……日本ではあんまりなんだけど……こうして目を見て話せるようになったんだよ!」

 そう言ってにっこり笑う。その表情は本当にかわいい。妹のように思っていた少女(もえ)の成長は何よりもうれしかった


「そうか……頑張ったね」

 そう言って、いつもの癖で頭をなでた

 萌は嫌がることなく、誇らしげに笑顔を見せた




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