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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 4 〉
48/100

48.親友の忠告 ~颯人side~

 コンコンッ


 軽くノックして医務室のドアを開ける

 あれから30分。何とか仕事を終わらせ、平田のカバンと自分のカバンを抱えて中に入る。平田がそれに気づき「シー…」と口の前に人差し指を立てた


 杏実は眠ってしまったようだ

 颯人はそっと近づき、その寝顔を確認する。杏実はベットで静かに寝息を立てている。その頬にはまだ真新しい涙の後があった。颯人はそれをそっと手で拭った


 突然目の前に現れた杏実

 杏実は、俺に会うつもりはなかったと言っていた。なら、どうして俺の職場に?

 ……偶然か?

 しかし……杏実をこの場所で見た時、なぜか違和感を感じなかった。

 ―――――まるで彼女が以前からここにいたかのように


 

 平田が手で“外に出るよう”に言ってきた。颯人と平田は医務室を出る


「医務室にある常備薬飲んでもらったんだ。そしたら、朝倉が来るちょっと前に寝ちゃった」

「そうか……」

「一通り事情は聞いておいたよ」


 そして平田から杏実から聞いた話を聞く

 杏実が空き巣に遭遇したこと。その際カバンを落としてしまい、今は携帯しか持っていないこと。必死で逃げて警察に行ったが、不在だったこと

 その内容は、フミの話を聞いたときから予想されていた事だったが……杏実が実際そんな状況に置かれたと思うと怒りがわいてくる


「ちょっと変態だよね~。かわいそう」

「そいつを二度と世間を歩けねーように、ぼこぼこにてやりてえ……」

「そりゃ物騒だね~」

 そう言って平田は「はは……」と笑ったが、それぐらいして当然だと思う


「でも、なんで杏実は警察に届けなかったんだ?」

「なんかね……大家に先に連絡した方がいいと思ったみたい。警察沙汰になると迷惑かかると思ったらしいよ」

「……あのバカ」

 

 そんな状況か? と呆れる


「どうせ杏実のことだから、圭さんにも言ってねーんだろ……」

「お? 当たり。心配かけるから迷って止めたみたい……そんで行くあてなくぼんやり歩いて……足が痛くなってここで休んでたみたいよ」

「杏実は……俺の職場だって知ってて来たんじゃないのか?」

 颯人がそういうと、平田が意味ありげにチラッと視線を向けてくる


「……さあね。どう思う?」


どう思うって……なんだそれは?


「知るか。偶然かどうか……気になっただけだ」

「ふ~ん……」

 平田はその颯人の返答にニヤッと笑う。しかし、颯人が怪訝そうに眉を寄せると、ふふ……と笑ってから


「まあ、杏実ちゃん自身は、本当に朝倉に会いに来たわけじゃないみたいよ。電話も勤務時間に掛けちゃいけなかったと思って、すぐ切ったみたいだしね」


 なるほど……それで“なんでもない”とメールがすぐに来てたのか


 平田の説明はなにか含みがあるようで少し気にかかったが、杏実らしい行動に納得がいった気がした。杏実らしい―――――知り合って間もないが……なぜかそう思った


 休んでいた場所が俺の職場。……少々出来過ぎている気もしたが、もし知っていたとしても、フミから聞いていたんだろう。偶然か偶然ではないか…そこは大した問題ではない。この状況で、無意識に知り合いの俺を頼ろうとしたところで、当然の行動なのだ


「彼女……とりあえず後で警察に連絡するとしても……これからどうするんだろうね? 鍵かけてて空き巣にあったんだし、今日帰るの危険だよね~。とりあえずしばらくホテル住まいかな……?」

 平田はそう言いながら「どう思う?」と颯人の顔を見る


 その時ふと―――――フミの言葉が脳裏に浮かんだ

 

『やめてくれ。俺は絶対にその手には乗らないからな!』

 フミの前でそう言い切った。あの時はそうするつもりだった。―――――――でも……なら、どうするんだ? それ以外にどんな方法がある? 杏実を……こんな状態のまま放置するのか?


「どしたの? 朝倉」

 颯人の戸惑う表情を怪訝におもったのか、平田が不思議そうにそう聞いてきた。平田とは学生時代からの……もう十年以上の付き合いだ。普段はいけ好かない奴だが、颯人の性格は嫌というほど知っている

 言うか言わまいか……迷う

 しかし……自分の選択に―――――――正解がないように思えてならなかった


「実は………フミ婆から、杏実をフミ婆の家に住まわせてほしいと頼まれた」

「えっ?」

 平田は驚いて目を大きくして颯人の顔を見た


「あいつ……親とは絶縁状態らしくて、こっちには圭さんしか身内はいないらしい。それであんな危険なところに住んでたみたいなんだ。フミ婆は杏実のこと、娘みたいに可愛がってるみてーだし、杏実のアパート周辺の空き巣被害の話を聞いて、かなり杏実の一人暮らしに心配になったみたいだ。もともと、フミ婆の家は今叔母夫婦も海外に行ってて、俺と夏美と萌しか住んでないし、去年改装して部屋は余ってるしな。それで思いついたらしい」

「なんだぁ……フミさんの家なら一人じゃないし、治安も良いし、安心じゃんか~」

 平田は拍子抜けしたように、表情を和らげる


「でも………俺は断った」

「え! なんでさ!」

「フミ婆の魂胆はわかってるだろうが!?」

「ああ~……」

 

 なるほどね……と平田は納得したようにうなずく


「杏実を家に入れてみろ。……たちまち婚約だ嫁だ……なんだと言い出すに決まってる。そんな手に乗るか!」

「ふ~ん……」

 平田は一通り颯人の話を聞き終わると、考え込むように下を向いた


 これはフミとの戦いなのだ

 そう思うが…………杏実の不安そうに泣く姿や……涙の後を思うと、胸の奥が痛んだ


「でもさぁ……朝倉」

 平田は颯人と視線を合わせず、ぼそりと話し始める


「僕さぁ……ちょっと面白いこと知ってるんだよね」

「面白いこと?」

「うん。面白いからまだ言うつもりないんだけどさ」

 そう言って底意地悪そうにニヤリと笑う


 なんだそれは。しかも言うつもりはない? 相変わらず遠回しで腹の立つ言い方をしやがる

 颯人が睨むと、平田は先ほどのへらへらした様子と打って変わって真剣な表情で颯人を見る


「……でもちょっと忠告しとくよ。彼女を見捨てたら、朝倉後悔するよ?」

「はぁ? どう言う意味だ」

「そのままの意味だよ。絶対、後で後悔することになる。これは親友からの珍しく真剣な忠告だよ。……それに……別に彼女が家に来ようと、朝倉がしっかりしてれば関係ないじゃん。どうフミさんが動こうと、結局は二人の問題だし、フミさんだって嫌がる二人に勝手に婚姻届出させるようなことしないよ。それにさ~……朝倉どうより、杏実ちゃんの気持ちだってあるしね」


 ………平田のいう事はもっともだ。自分以前の問題に、杏実の気持ちもある

 そういえば、杏実は………俺のことをどう考えているんだろう

 散々な態度を取っているに関わらず、嫌われては無いらしい。とことん婆さんどもに振り回されているようだが、杏実なりに抵抗している様子だ

 杏実と俺がしっかりしていれば………。その通りだ


 それに……俺は杏実のことを見捨てられない気がする。いつの間にか、杏実のことを守ってやりたいと思っている。そんなこと、今まで歴代の彼女にだって思ったことはない。どうして杏実にだけ……そんな風に思うんだろう

 別の意味で両親のいない杏実に……同情してるのかもしれない

 それとも杏実の中に―――――彼女(・・)を見ている?


「そうだな、お前の言うとおりだ。わかった。今は杏実の安全が第一だし……とりあえず杏実は家に連れて帰る」

 颯人がそうきっぱりというと、平田はニコッと颯人に笑顔を見せた


「だろ?……ふふふ……」

 そう言って面白そうに笑う


「じゃあ。決まったところで連れて帰ることにするか。こいつ、薬の影響でそのまま寝てるだろうし、平田、家まで手伝えよ」

 颯人がそう言って、医務室の扉を静かに開けて中に入っていく。平田は未だ笑いながら「りょ~か~い!」と答えた



 そのあと平田が小さく「面白くなってきなぁ~……」とつぶやいた事を、颯人は知る由もない



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