クダンウイング③
オークス当日。クダンウイングは、陽菜ちゃんの宣言どおりピカピカに仕上がっていた。
馬体重は460kg。
「一度使って、馬体がシャープになりました。この2kg減は絞れた分です」
木場先生が請け合ってくれた。
やがて発走の時を迎え、ゲートが開いた。
クダンウイングは好スタートを切った。
中野騎手は無理に前へ出さず、内へ入れて好位につける。そのまま内をロスなく回り、直線へ向いた。
前が開く。
中野騎手が追い出すと、クダンウイングが伸びた。そこへ外から2頭が並びかける。
『3頭の叩き合い!抜け出すのはどの馬だ!』
『外からアルモニアが出るか!』
『いや、内からクダンウイング!クダンウイング抜けた!』
『クダンウイング、ゴールイン!アルモニアは2着、二冠ならず!勝ったのはクダンウイング!』
『鞍上の中野竜也騎手はこれが嬉しいGⅠ初勝利です!』
「……勝った?」
着順掲示板の1着には、クダンウイングの馬番が表示されていた。
本当に、オークスを勝ってしまった。
「陸、おめでとう」
大司兄さんに肩を叩かれた。
「やったな」
智也兄さんも笑っている。
「ありがとう」
彩夏さんを見る。
溢れる涙をハンカチで拭っていた。
「彩夏さん……」
「だって……アイちゃんの仔が……」
ターフへ目を戻す。
オークス馬。
その言葉が、まだ視線の先の馬とうまく結びつかなかった。
◇◇◇
馬主席から関係者エリアへ降りると、陽菜ちゃんと顔を合わせた。
「陸!」
「陽菜ちゃん!」
どちらからともなくだった。
気がつけば抱き合っていた。
「オーナー、いや陸くん、みんな見ているよ」
木場先生の声が飛んできた。
「あ」
「え」
俺と陽菜ちゃんは慌てて離れた。
「木場先生、クダンウイングをここまで仕上げてくださって、ありがとうございました」
「オーナーもおめでとうございます。こちらこそ、ウイングを任せていただいてありがとうございます」
そこへ中野騎手がやってきた。
「九段さん!」
「中野騎手!」
差し出された手を、がっちり握る。
「おめでとうございます。GⅠ初勝利!」
「ありがとうございます!」
「最高の騎乗でした」
「いや、今日はウイングに勝たせてもらいました。本当にいい馬ですよ」
互いに笑いながら、もう一度強く握手した。
◇◇◇
口取り式を終え、引き上げようとしたところで呼び止められた。
「九段くん」
振り返って、足が止まった。
神楽和彦。
2着だったアルモニアのオーナーだ。
ブレイヴハートに三冠牝馬クレールドール。ダービー馬だけでも何頭所有してきたのか、すぐには思い出せない。
もう70歳を超えているはずだが、背筋は伸びている。向かい合うと、気圧されるような風格があった。
「はじめまして。神楽と言います」
「存じています。九段陸と申します」
「オークス、おめでとう。アルモニアが二冠を達成してくれると思ったが、どうやら今日は彼女の日ではなかったようだ」
「ありがとうございます」
「教えてもらえないだろうか?クダンウイングのどこに惹かれて購入したのか」
「神楽さんと同じです」
「ほう?」
「昔、雑誌で神楽さんがブレイヴハートを買われた時の話を読みました。『深く透き通った目をしていた』と。私も馬を見る時は、その瞳の輝きを最初に見ています」
「なるほど……。目か。
ふはは。やはり目か」
何がおかしいのだろう。
俺は黙って神楽さんを見返した。
「九段くん、今後のあなたの目利きを楽しみにしています。また競馬場で会おう」
「はい」
「では失礼する」
神楽さんはそのまま去っていった。




