クダンマックス
クダンマックスは、爺ちゃんが買った馬だ。
木場厩舎所属の5歳牡馬。現在は1勝クラスを走っている。
勝ちきれない。
ただ、コンスタントにレースへ使えて、走ればだいたい掲示板には入ってくる。
重賞を期待されるような馬ではない。それでも毎レース懸命に走ってくれる、俺にとっては可愛い馬だった。
その日、俺は美浦トレセンでクダンマックスの追い切りを見ていた。
追い切りを終えたクダンマックスを見送り、木場先生へ顔を向ける。
「いつも通りのタイムです。予定通り今週末使います」
「よろしくお願いします」
ひとまず問題はなさそうだ。
俺は木場先生に挨拶をして、九段レーシングの馬がいる稲田厩舎へ向かった。
ところが、稲田先生と話していると、スマホが鳴った。
木場先生からだった。
「はい、九段です」
「陸さん、まだトレセンにいますか?」
「いますけど」
「すみません。一度戻ってきてもらえますか。マックスの馬房の前で待っています」
別れてから、まだそう長い時間は経っていない。
俺は稲田先生に断りを入れ、来た道を急いで引き返した。
◇◇◇
木場厩舎へ戻ると、木場先生と陽菜ちゃんが待っていた。
「クダンマックスの出走を見合わせるかもしれません」
「何があったんです?」
「担当の陽菜から、クダンマックスが夏負けしているのではないかと報告がありまして。今、採血して検査を行っています。詳しくは陽菜から聞いてください」
木場先生の横にいた陽菜ちゃんが口を開く。
「調教後の発汗量がいつもより多くて、それなのにいつもより水を飲まないんです」
クダンマックスを見る。
瞳の輝きは、いつもと変わらない。
当然、夏負けしているかどうか俺にはわからない。
「調教タイムもいつもと変わりませんし、夏負けだとしても軽度でしょう。
ですが、万全でないのであれば回避したいと思います」
陽菜ちゃんが俺を見る。
「わかりました。検査結果を確認して、夏負けの兆候があるようなら回避でお願いします。いっそ放牧に出したほうがいいですか?」
「そうですね。その場合は放牧に出しましょう」
木場先生が頷いた。
陽菜ちゃんは一度クダンマックスを見て、それから俺に向き直った。
「いいんですか?」
「何が?」
「マックスはもう5歳で、まだ1勝クラスです。正直、大きな上がり目も期待できません。それでも、わざわざ放牧に出して立て直すんですか?」
「だからって、マックスに無理をさせる理由にはならないだろ。木場先生が休ませた方がいいと言うなら、俺はそうするよ」
陽菜ちゃんが、じっと俺を見る。
俺も目を逸らさなかった。
「信じて欲しい、陽菜ちゃん」
「……はい、陸さん!」
久しぶりに陽菜ちゃんらしい声を聞いた気がした。
木場先生を見ると、なぜか渋い顔をしている。
……俺、何か変なこと言ったか?
◇◇◇
検査の結果、クダンマックスは軽い夏負けと診断された。
予定していたレースは回避し、そのまま放牧に出して立て直すことになった。
秋に復帰すると、3戦して5着、4着、5着。
すべて掲示板に載ったが、勝ちきることはできなかった。
そして年末。
クダンマックスの地方競馬への移籍が決まった。
中央での勝ち星は1つのままだった。
見送ることになるのは寂しいが、地方へ行っても元気で走ってくれ。
できれば、今度こそ勝ちきって欲しい。




