クダンムーン⑤
クダンムーンに下された診断は、左前浅屈腱炎だった。
超音波検査では、腱の一部に重度の損傷が確認されたという。
治癒には長い時間がかかる。
仮に競走へ復帰できたとしても、この損傷の程度では再発する危険も高い。
でも、俺にはもうわかっていた。
馬運車へ乗る直前、クダンムーンの瞳から輝きは消えていた。
競走馬として戻ってこられるとは、もう思えなかった。
◇◇◇
桜花賞の日。
俺は関係者に謝って回った。
「すみませんでした。先生が止めてくれたのに、俺が押し切ってしまって……」
「生き物を扱う以上、こういうことはあります。それに、最終的に出走させる判断を受け入れたのは私です」
木場先生は俺の目を見て、そう言ってくれた。
責められた方が、まだ楽だった。
次は中野騎手だった。
「本当に、すみません」
「いえ。自分がもっと早く気づいていれば……。申し訳ありません」
「いや、中野騎手が謝ることじゃ――」
後になって考えれば、中野騎手が異変を感じてすぐに追うのをやめてくれた判断は、間違いなく正しかった。
あそこで無理に追い続けていたら、どうなっていたかわからない。
そして――陽菜ちゃんには会えなかった。
クダンムーンに付き添って、そのまま馬運車に乗っていったからだ。
何度か文章を書き直して、謝罪のメッセージを送った。
しばらくして既読がついた。
返事は来なかった。
◇◇◇
クダンムーンは引退させ、繁殖牝馬にすることに決めた。
問題は、その先だった。
九段レーシングは牧場を持っていない。
これまで自前で繁殖牝馬を抱えたことはなく、引退した牝馬は買い取りを希望する牧場へ売却するのが普通だった。
クダンムーンにも、生産者の葛西牧場をはじめ、いくつかの牧場が声をかけてくれた。
今までなら、そのどこかへ譲って終わりだった。
でも、売りたくなかった。
結局、売却はせず、九段レーシング名義のまま葛西牧場へ預託することにした。
どうしてクダンムーンを手放したくなかったのか。
悔しかったのかもしれない。
あるいは、クダンムーンの良い仔を残すことで、少しでも償いたかったのかもしれない。
とにかく、手放す気にはなれなかった。
まずは治療と休養に専念させる。
繁殖入りは翌年から。
そう決めた。
気づけば、桜は散っていた。




