戦場
眼下に広がる平野部を、縦に貫く一本の川。川幅は広いが底は浅く、至る所に絶命した兵士の骸が転がっていた。
その川を、一騎当千の猛犬たる男が大太刀を振るいながら、次々に影密の率いる兵どもを薙ぎ倒しこちらに攻め込んでくるのを眺めながら、烏の如き黒い甲冑に身を包んだ影密は歯噛みした。
男のすぐ後ろには灰色髪の女が両手に太刀を構えながら、まるで愛犬に先導されるように駆けている。
灰色猫と呼ばれる獣憑きだ。
彼女は男が討ち漏らした兵士たちを、猫と見紛うほどの身のこなしで軽やかに飛び跳ねながら、次々とその首を斬り落としていく。
影密はこの夜陰に乗じて戦場から一時撤退を考えたが、しかし犬や猫との距離は既にそれを許さなかった。
ならばここで彼らを迎え討ち、我が親衛隊たる鴉衆とともに最後の望みを賭けて討ち取るより他に選択肢はあり得なかった。
「弓を持て!」
影密が叫び、側近が恭しく彼の弓を掲げる。
影密は毒を塗った黒き矢を番え、今まさに丘を駆け上がってくる犬に眼を合わせた。
間合いを測り、男の首元に向けて矢を放つ。
黒き矢は闇の中でなおどす黒き一陣の風となって、男の首筋へと一気に飛んだ。
だが次の瞬間、女の目がキラリと光ったような気がした。
影密の舌打ちとともに猫が跳ねて男の前に飛び出し、彼の放った毒矢を軽く薙いだのだ。
その女の光る瞳が、確かに影密の姿を射止める。
影密は顔を激しく顰めた。
かつて彼に見せた柔らかな女の笑みはそこになく、今や獲物を捉えた狩人のそれとなっていた。
男と女が、陣を守る馬廻衆をいとも容易く斬り捨て、幕の内側へと侵入してきた。
影密は再び矢を番え、怒りと悲しみの混じる眼で女を見据えた。
女が、低く唸るように息を吐く。
男はそんな女を守るように、馬廻衆や鴉衆に大太刀を構えながら視線を激しく動かしていた。
影密はその絶望の中でひとつ息をする。
「ここは我が陣だぞ。たかだか獣憑きふたりで我々に勝てるとでも?」
しかし意識なくその声は震えており、女はその震えを聞き逃してはくれなかった。
恨みに染まった瞳を大きく見開き、両手に握り締めた刀をさっと構えたその瞬間。
女の身体は高く宙を舞い、その切っ先を躊躇うことなく影密に向けて。
「――覚悟」
彼の前に、閃光が走った。




