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行間六 無神クロ


 行間六 無神クロ


 彼はただの暗殺者であった。いや、「ただ」なんては言えないかな……日本最強とも謳われた暗殺者であった。日本に九人といるエーテル制御の超能力者の中の七番目、異名は『漆黒の死神』。その恰好や顔立ち、殺害方法からそう言われている彼だが、なぜ、七番目の彼が最強と言われているのかの理由は、彼の単純な力に隠されていた。


 この九人はまず、エーテルを制御できるという特殊な能力を手にしているのだが簡単に使えるほどの軽い力ではない。第五元素と言われる世界の魂胆を為す元素エーテルを使うのだから、それ相応の代償や技術が必要になる。体力消耗は激しく、長期戦は好まない。何より、世界の理に干渉するため、耐えうる精神力も必要になる。


 そんな力を彼は手にしていながらも、使うことはあまりなかった。

 普通の力しか持ちえないその身体でエーテルを使う者とほぼ同じレベルにまで達している。それがその理由であった。


 そして今、彼は覚醒した。


 つまり、世界の理。天界との道を繋げ、超常の力を手に入れた。

 彼が手に入れた力はそこら辺の核兵器など豆粒に見えるほどの驚異的で、空気を自由に移動させ、現存する元素の成分・構造を変化させて科学的な現象を起こさせ、自分の力に上乗せして攻撃を仕掛けることができる。もはや、何でもできると言っても嘘ではない力だった。


 日本が誇るエリート秘密保持暗殺部隊二十四人相手に、一方的な戦いになっていた。


 最後に残ったのはB3のメンバー、ナナ、クハ、ゴロの三人。


「っち、さすがにきついよねぇ~~」

「ナナ、こんなに、強かったの?」

「部外者が……っ」


 この光景が賭けの場に上がっていたのなら、誰もが無神クロに入れるであろう状況。虐殺と言っても差し障りはない。この失態は三人にとっても屈辱なものだった。


 クハがバレットM82改に詰め込んだ火炎弾を撃ち込むが謎の壁に阻まれ爆散し、その爆炎の間をすり抜けたゴロの近接攻撃に、投擲、すべてが無意味だった。クハがハンドガンを取り出してもう一発、流れ準じてゴロも投擲を繰り返す。


 ナナが拳を打ち込むが交わされて、クロの回し蹴りが炸裂する。


「っガハァ⁉」


 左胸にめり込んだ右脚に弾かれて後方二十メートルほど吹き飛ばされる。続いてゴロが仕掛けた切り裂きに、右ストレート。クハの間髪の要れない銃撃がその間をすり抜ける。


 だが、気が付けば彼は姿を消し、クハの後ろでベレッタM92の引き金を引いていた。


 乾いた音が鳴ると同時に、骨が拉げる音が重なって奇妙な轟音が鮮血ともにその場を震わせた。彼女の体はピクリとも動かずに無機質に倒れていく。


「ックハ‼‼」


 ゴロが叫んだ頃にはもう遅く、次の一手はすでに掛かっていた。

 クロの右腕に残る血肉。それが無色透明な気体に変わっていく。手に纏わり付いたその気体を握り締め、ナイフによる近接攻撃をたたき込んでいたゴロの頭目がけて、一発。たったの一発を陽気な男の頭蓋に向けた。


「っ……ぁ」


 驚きは次第になくなり、意識が遠のいていく。薄れゆく視覚と聴覚の片鱗に彼の真顔が無残にも映っていた。そこでようやく理解する。無色透明、無味無臭の気体、つまり一酸化炭素だった。


「っち、最後かよ」

「ああ、これが報いだ。幾度となく殺しを実行した僕自身の報いだ」

「それを、お前が言うのか?」

「もちろん」

「ふざけるな、お前は俺よりも一万人多くの命を奪っているはずだぞ、なぜ今更そんなことが言える? お前などにそんなことを言う権利はない、ほんの一言でも、言う権利などない‼‼」

「ああ、そうだとも」

「なに?」


 すべてを理解した表情で、何もかもを悟った表情で、彼は、無神クロは自分の宿命を謳う。


「僕は、その責任をとる」


 責任。つまりは、今まで殺してきた二万人以上の命に対しての責任。恐らく世界中の人々の中で最も重く、何よりも大切で、正気の沙汰ではない責任である。


「責任……今更か?」

「今更——って、じゃあ僕は、いつ責任をとればいいの?」


 単純明快かつ東大の入試よりも難しい問題。


「責任など取ることは許されていない、お前は一度、人間の世界に背いたのだ。もう、そこの住人ではない。何よりも、弱肉強食の世界で生きるお前にそんなことをする義理はない。始めたお前の報いなんだよ、それがな」

「始めた僕の報い——か、そんな考えだったのか僕は。いや、そうだったかもな、心のどこかで思っていたんだ、やめたらそこまでの死はどうなるのかと、無駄にするなと言い続けていたのかもしれないね」

「そうだ、やめてどうする? やめたお前に残るのは数多の罪悪感と責任の二つだけだぞ」


 にやりと笑って、彼は途中でこう言った。


「一つ忘れているよ」

「……そんなもの、忘れ物でも何でもない」

「家族だよ」

「だから、そんなものははるか昔に捨てているんだよ」

「訂正しよう、つい先ほど取り戻した」

「先ほど……まず、彼女たちとは血がつながっていないだろう? お前に家族などもういないんだよ、両親はお前を山に捨てたんだ、思い描こうとするのも惨めだぞ、その妄想を」

「血のつながり、僕はそうは思わない。血がつながっていても子を殺す親もいる、僕の本当の両親とかもね。それよりかは家族だと思うんだけどね」

「定義は違う、それは幻想だ」

「じゃあ、僕が言った幻想でもなんでもいい。とにかく僕は救いたいんだ、これまで敵だと思っていた人たちを救いたいんだ」

「下らないぞ、見損なったぞ……俺はこんなにも腰抜けだったのか?」


 その言葉が始まりの合図だった。


「っ‼」

「ッはァ‼‼」


 ぶつかって、切り合って、撃ち合って、交わし合って、またぶつかって、その戦いは一方的に終わっていった。


「正義の味方、そんなたいそうなものでもない。英雄、なんてかっこいいものではない。戦士、と言えるほど信念があるわけではない。でも、僕は今まで救えなかった命を、何よりも家族を救いたいんだ」

「笑止‼‼」


 読んでいただきありがとうございました。

 どうそ、後日談もお楽しみください!!

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