第漆章 9 再びの……。
9 再びの……。
正気の沙汰ではない。彼は何度死んだことか、何度人の死に立ち会ったのだろうか。
そして、何度大切な人々を失ったのだろうか?
もう、映画の世界だった。痛みももはや感じない。
目の前の金髪の一撃を交わすことすらも、苦には感じないほど彼は消耗しつくしていた。小手先の技術など存在せず、怒涛の感覚である。
「く、ろくん」
ゆりの声は、もはや届いているわけがない。
「いやあ、さすがだねえ……007、二個下の僕よりはすこし上手なのかな?」
「っち」
「まあまあ、舌打ちとはねぇ~~、こっちも本気なんだよ?」
「ああ、勿論」
「まったく、書類通りの不愛想だな!」
不愛想。いや、そういうわけではない。
ただ、余裕がなかったからだった。
投擲したナイフは空中で砕け、握り締めた拳は空気の壁で弾かれる。クロのナイフも金髪の拳も、どちらも交差する。クロはナイフを握り締め、一二時の方向へ突き刺し、金髪はそれを素手で握りつぶす。
空気の摩擦で熱が生まれ、彼の鮮血は周囲に飛び散っていく。頬には血肉が飛びつき、クロの精神は体と同じようにボロボロの雑巾のように砕けていく。
「くそ、やっぱり簡単じゃないな」
「余裕か」
「余裕なんかないさっ、むしろ、こっちもだな!」
「っく!」
クロの太ももには一発の拳がめり込み、
「ってェ」
金髪の肩にはナイフが突き刺さる。
ただ、怠惰の時間はそこで終了した。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン‼‼
銃撃音が耳元をかすめた。次の瞬間からは弾丸の嵐だった。
間と間をすり抜けるのは至難の業、二人の家族を背負いながらではかなりの難易度である。銃弾は太ももを貫通し、幸の右耳に突き刺さっていく。
「ウあああああああああああああ‼‼」
叫びなど、この常用では無意味だった。
クロは右手を空に掲げ、血流を逆向きに変える。空気は圧縮され、周囲の埃は地面に這いつくばっていく。形は見えず、ただそこには圧縮空気の層が現れ、銃撃はやみ終えていった。
「っと、それはそれは」
「ああ、お前ら、先に行け」
「別れのひとことねぇ、まったく臭いな」
「知らねえ、てめえには関係ねえよ」
ぐねりと、ぐにゃりと、指先の骨が曲がり、指の皮膚ははがれていく。エーテルに詰め込まれた酸素は固体となり、肉を徐々にはぎ取っていく。
「くははは、いやあ、傑作だよ」
その一言は耳に入ることはなく、腕の関節は右回りを続けていく。
みちり、みちり、ばきり、ぼきり、骨の音も筋肉がはがれる音だけが聴覚を支配していきーーだが、彼はまた、その根本が間違っていたことを知らなかった。
「いやあ、傑作傑作、見えてないのかい? ナナ君⁇」
そう、その通り。
文字通り、最初の最初の最初の、その考えも一万五十六回目の世界で踏み潰されたままだった。
「それまで獲得して、そのざまなのはホンと笑うよ」
折れ曲がって右手を左手で抑えて、ふと彼は右を向いた。
路地の一本道、街灯が照らす大通りに二つの影が存在していた。見た瞬間、彼は地面を大きく蹴り出していた。しかし、駆け抜けた先には誰もいない。そして、もう一度振り向いて、振り返って、見えた八十メートル先に、二人は突っ立っていた。
「ゆり、幸‼‼」
叫んだ、暗闇の世界が三人を包む。叫んだ声は建物を反射して、反響して、余韻のごとく小さな波が残ってしまう。
「さあ、067、096」
そして、後ろには二つの影が存在していた。
瞬く間に煌いた瞳、最悪の状況、刃先は二人の首元で輝き、赤い液体が水滴のように垂れている。
「や、
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼』
れ」
クロは駆けた。
大きな道路の一本道をただひたすらに走っていく。街灯は倒れ、路上に駐車された車を踏み潰し、間の消火栓も蹴り飛ばして。まっすぐに駆けていく。体を回転させ、上からの銃撃を交わし、前方へ飛び跳ねて、すべての神経を体前代の動きだけに、無駄のない動きに変えていく。徐々に、徐々に、変わりゆく景色の中でナイフはめり込んでいく。
まて、まて。心の中で叫んでも現状は変わらない。
転んでも立ち上がって、転がっても前に進んで、這い蹲って彼は進んだ。
だが、現実は、何度だって甘くはなかった。
遅れて申し訳ございません!
また、読んでいただき誠にありがとうございます。
主人公が挫けそうになる描写を書くのが結構好きなんですよ、もうそのへんに~~とか思うかもしれないですね、皆さんの心境は笑
まあ、そこはどうにかなってくれるはずです。
次回は金曜日更新します。
では!




