第肆章 5 失望に満ちている
5 失望に満ちている
その声の主は、可部辰也だった。
「なんで……先生が、」
「そん、な……」
体も、表情も固まって、小指の先から額の裏側までもが静止する。
「こんにちは!」
ダンディな男の顔も言葉も、その時はとても不気味だった。
親切で厳しい、いつもの師匠の面影は消えていて、笑いで満ちた表情は狂気を感じさせる。殺人鬼。そういっても差し障りのない、愉快犯のような雰囲気を醸し出している。
「……おい貴様、誰だ? いや、どこかで……」
ニヨンは睨みつけながら彼に質問をすると、
「あー、知らん顔が一人と思えば……んっとね、なんて言おうかな?」
「ああ、一緒に自己紹介した男か……なぜ、ここにいる?」
「ん? まあ特別任務だよ、所長からのな!」
彼の返答は自然のように見えて、不自然極まりなかった。
「それは、本当なのか?」
「うーん、まあな」
「まあ、とはなんだ?」
「まあ、は、まあだよ!」
「ふざけているのか?」
「いや、君こそどうしたんだよ? 僕は緊急会議に出れなかったからねぇ」
「……任務、途中からおかしくなったからな、早めに突入したんだ」
「確かにね、この状況はおかしい」
ニヨンたちがいる付近を指差して、彼は笑った。
「先生、これは一体。本当に特別任務なんですか?」
意を決したのか、クハが口を開いた。
「まあな、殺さないと入れないしなぁ。これはその結果」
「師匠か、ビックリしたけど納得はしたな」
「だろう? このくらい簡単だしな」
不思議な感覚を覚えつつ、三人は理解する。
彼が特別の任務として単独で乗り込んでいることを。
「ん? でも先生、全員殺したんですか?」
「まあ、半分くらいならな」
「じゃあ、私の右目に映っている一人の生命反応は何なんですか? 生き残りですか?」
その質問に対して微笑む彼は、
「仲間? まさかな、生き残っているんじゃないか? ハート……だっけか? 結構手ごわいしな」
「ハート、先生はすごいですね、ここまで把握して殺せるなんて……」
「でしょ」
そこで彼女、クハだけは違和感を感じていた。
怪しさだけが増幅する言動に、絶大な信頼を向ける先生に対してその分の疑問が残っていた。
「まあ、始まらないし、ここまで来たら一緒に行こう」
可部が言うと、
「ああ」
「そうだな」
後ろの二人が頷き、ニヨンが一歩前に出た。
その瞬間だった。
「っ⁉ 待って‼‼」
「ん!」
クハの言葉に耳を傾け、足に急ブレーキを掛けた瞬間。
ドガァァン‼‼
ニヨンの手前1センチも満たない近さで、上から透明な壁が一気に降りかかった。
「ッチ……さすがだな、その洞察力」
男の感情に怒りと喜びが混じれている。
「先生、やはり」
「なんだ、これ……」
「完成していたんですか?」
逡巡の判断が功を為すとは、まさにこのことであろう。
「いいや、まだ試作品だよ。君の右目にも映るほどの認知力にも対応してくれるはずなんだけどね、本当は」
その透明な壁は、空間圧縮装置。
降りかかった壁は、壁ではなく。その空間にある空気を高密度に圧縮する装置が上から作動したからそのように見えたのだろう。
「なんで、こんな装置がこの組織にあるのよ……」
疑問、圧倒的疑問がそこにはあった。
なぜなら、装置以前に、可部辰也という人物がこの場所にいることに、だ。その状況こそがおかしい。疑問を超えた問題だった。彼は先ほど特別任務だと言ったが、タイミングが良すぎる。おかしい異様な雰囲気を放つ彼を見過ごせはしなかった。
「まあ、それは秘密だね」
「それに、さ。なんで先生がいるのよ⁉」
「さっき言っただろ、特別任務」
「嘘ですね」
「そうなのか⁉」
ゴロの横入れに無視して彼女はこう言い切った。
「タイミングが良すぎます。機器がおかしくなるのもほぼ死んでいるのも、急遽行った作戦で時間も知らないはずなのに……ここまで知っていて、この人数を殺すのは、ましては戦闘狂を倒すのなんて不可能よ」
「そうか? 普通だろうし、その発言は規則違反だよ?」
「先生に言われたくはないです」
舌打ちをして、俯く可部。
「師匠がスパイだったんですね」
ゴロの発言に肩を刻みに揺らして、分散した空気の間から入ってきた男は数秒真顔を維持する。
「まあ、ばれたら仕方ないか……そうだよ、君たちの情報を流していたのは僕さ、そしてこちらの情報を提供していたのも僕」
「でも、おかしいわ。先生ってナナと同期よね。裏に染まって10年以上、組織から認められているでしょうに、なんで仙台支部にいたのよ? 東京支部ではなくて?」
「おいおい、それを言うならナナも一緒なんじゃあないのかい?」
「いや、札幌支部は研究機関が大きい。それを加味しての彼の配置」
「まあ、そうだね。甘いからかな?」
「あ、まい?」
「そう、あそこはね。サブなんだよ、東京本部がなくなったときに使われる副本部」
「甘くないじゃないんですか、副本部なら」
ニコッと、頷く可部はこう言った。
「単純に天狗なんだよね」
「天狗?」
「そう、天狗だよ。あそこには八番がいるからな、大丈夫だと思い込んでいるんだよね、所長さんは……だから調べやすいんだよ、すっごくね」
「そんなわけないじゃないですか、そんな容易くこちらの情報を流せるわけ……」
「クハ、それにゴロも、知ってるか? PARALLELってな。外からの情報取り込むことに集中しすぎてな、内側からはたくさん流せるんだよ」
信じがたい言葉だった。
そんなことを実行すれば捕まって処刑されるのが上等だからだ。
「まあいいさ、俺も今。用事ができたからなぁ」
「「なんですか?」」
二人が前に一歩近づいた刹那、風を切る音が響いた。
「……く、がぁ、ああああああああああああああああああ‼‼」
途端、クハが咆哮した。
「なに⁉」
ゴロが反応に遅れたと同時に、クハが後ろ向きに倒れる。
「おい! どうし……t⁉」
すると、彼女の右目には、ナイフが突き刺さっていた
すみません、戦闘シーンはまだ来ないみたいでした。確実に次回は来るのでお楽しみに!
水曜日にまた会いましょう!




