第139話 未来へ向かう艦(最終話)
宇宙は静かだった。
かつて世界修正機構が監視していた無数の星々。
それらは今、誰にも管理されていない。
ただ、存在している。
そして、その宇宙を航行する一隻の艦。
イージス艦〈みらい〉。
鋼鉄の船体が、星の海をゆっくりと進んでいた。
艦橋ではミアがコンソールを操作している。
「航路安定」
「重力干渉なし」
レイリアが腕を組む。
「静かすぎる宇宙ね」
ミアが笑った。
「これが普通なんですよ」
レイリアは少し肩をすくめる。
「そうかもしれないわね」
そのとき。
艦橋の後ろで、足音がした。
コツ、コツ。
まだ少しぎこちない歩き方。
ミアが振り向く。
「ソラさん」
ソラはゆっくり艦橋に入ってきた。
黒い髪が肩に落ちる。
その表情には、まだ少しだけ戸惑いがある。
「おはようございます」
ミアが笑う。
「おはようございます」
レイリアも軽く手を上げた。
「人間生活はどう?」
ソラは少し考えた。
そして言う。
「忙しいです」
ミアが笑う。
「でしょ?」
ソラは頷いた。
「体は重い」
「お腹は空く」
「眠くなる」
少しだけ微笑む。
「でも」
小さく言った。
「面白い」
ミアは嬉しそうに言う。
「それが人間ですよ」
ソラは窓の外を見る。
無数の星。
彼女は長い時間それを見続けていた。
だが今は違う。
観測者ではない。
ただの人間として。
その宇宙を見ている。
「……綺麗ですね」
ミアが頷く。
「そうですね」
そのとき。
自動扉が静かに開き、橘遼が艦橋へ足を踏み入れた。
「――おはよう、二人とも」
その声に、ミアが弾かれたように姿勢を正し、右手を額に添える。
「おはようございます、艦長」
橘は軽く手を上げた。
「堅いのはいい」
レイリアが言う。
「艦長、次の航路は?」
橘はコンソールを見る。
そして言った。
「未定」
ミアが目を丸くする。
「未定?」
橘は肩をすくめた。
「急ぐ仕事はない」
「宇宙は自由になった」
少し笑う。
「なら」
「俺たちも自由でいい」
レイリアが苦笑する。
「ずいぶん適当ね」
橘は答える。
「人間らしいだろ」
そのとき。
艦橋に声が響いた。
『艦長』
ユイ。
橘が答える。
「なんだ」
『航路提案があります』
ミアが笑う。
「ユイが言うなら間違いないですね」
橘が聞く。
「どこだ」
少し沈黙。
そしてユイは言った。
『未来です』
艦橋が一瞬静まる。
ミアが笑い出す。
「それ場所じゃないですよ」
ユイは続ける。
『観測者の管理は終了しました』
『宇宙の未来は未確定です』
レイリアが言う。
「つまり?」
ユイは答えた。
『人間が決める時代です』
橘は少し笑った。
「なるほど」
ソラが橘を見る。
「未来は」
「どこにありますか」
橘は少し考えた。
そして言う。
「わからん」
ミアが笑う。
「艦長らしい」
橘は続ける。
「だから探す」
ソラは頷いた。
「それが」
「人間」
橘は小さく笑った。
「そうだ」
そして艦橋を見回す。
仲間たち。
AI。
そして新しい人間。
橘は言った。
「ユイ」
『はい』
「航路」
『入力します』
橘は前を見た。
宇宙。
無限の星。
「進め」
イージス艦〈みらい〉のエンジンが静かに唸る。
船体がゆっくりと動き出す。
誰も知らない未来へ。
観測者のいない宇宙へ。
人間が、自分で選ぶ未来へ。
そして。
ユイの声が静かに響いた。
『航路確定』
『目的地』
ほんの少し間があった。
それから言った。
『未来』
ミアが笑う。
レイリアが肩をすくめる。
ソラが星を見上げる。
橘遼は前を見た。
そして。
鋼鉄の艦は進んでいく。
現代イージス艦、異世界を往く
鋼鉄の守護神が紡ぐ、新時代のファンタジー戦記
(完)
この物語を最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
鋼鉄の船と人工知能の物語でしたが、最後に描きたかったのは「未来を選ぶのは誰か」という問いでした。
もしこの物語の続きを想像していただけたなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。




