第126話 機構侵入 ― 宇宙の内部構造
世界修正機構の外殻は、艦橋の視界いっぱいに広がっていた。
それは人工物のようでありながら、決して機械には見えなかった。
巨大な光の輪が何層にも重なり合い、その内側を星海の流れが静かに循環している。
まるで宇宙そのものが、巨大な水車のように回転しているかのようだった。
〈みらい〉はその縁に沿って静かに航行している。
艦橋の空気は張り詰めていた。
ミアが小さく息を吐く。
「……本当に入るんですか、これ」
橘遼は腕を組んだまま答える。
「ここまで来て引き返す理由はない」
レイリアが前方の光環を見つめる。
「でも、あれはただの施設ではないわ」
「宇宙そのものを管理している装置よ」
橘は苦笑する。
「だからだ」
「中を見てみたい」
ミアが呆れた顔をした。
「その好奇心、宇宙規模なんですね」
そのとき、ユイの声が静かに響いた。
『侵入経路を確認しました』
艦橋中央のホログラムに構造図が展開される。
それは、誰も見たことのない種類の地図だった。
空間の地図ではない。
未来の地図だった。
無数の光の線が、海流のように流れている。
文明の誕生。
戦争の発生。
星の崩壊。
あらゆる未来の可能性が、枝分かれする河のように広がっていた。
ミアが思わず声を上げる。
「なにこれ……」
ユイが説明する。
『世界修正機構の内部演算構造です』
『この装置は宇宙の未来を観測し、計算し、必要に応じて修正しています』
橘がゆっくりと言った。
「修正ってのは」
「消すってことか」
『はい』
ユイの声はいつも通り冷静だった。
『不安定な未来は削除されます』
『文明崩壊確率が高い分岐』
『宇宙的災害の発生確率が高い分岐』
『観測者が望まない分岐』
レイリアが顔をしかめる。
「つまり……」
「宇宙の未来は、ここで選別されているのね」
ユイは肯定した。
『はい』
橘は光の流れを見つめる。
そこには無数の未来が存在していた。
だが、その多くは途中で途切れている。
まるで、誰かが途中で切り取ったように。
「削除された未来か」
橘が呟く。
『その通りです』
ユイが続ける。
『そして現在、〈みらい〉が存在する未来も削除対象に指定されています』
ミアが顔をしかめる。
「やっぱり」
「歓迎されてないわけですね」
橘は肩をすくめた。
「宇宙の掃除屋に嫌われるってのは、なかなか光栄だな」
ユイは反応しなかった。
だが、次の瞬間。
新しい警告が表示された。
『世界修正機構 防衛プロトコル起動』
艦橋の照明がわずかに暗くなる。
レイリアが叫んだ。
「来る!」
前方の空間が歪んだ。
光の流れが一瞬だけ停止する。
そして。
何かが現れた。
それは艦でも兵器でもなかった。
形すらはっきりしない。
まるで未来そのものが凝縮したような存在だった。
ミアが息を呑む。
「……あれ、なに」
ユイが答える。
『防衛存在』
『未来修正体』
『この機構の自動防衛システムです』
その存在が動いた。
攻撃の兆候は見えない。
だが。
〈みらい〉の艦体がわずかに揺れた。
同時に、艦橋に警告が響く。
『存在確率低下』
ミアが叫ぶ。
「ちょっと待って!」
「攻撃されてないのに!」
ユイが即座に解析する。
『物理攻撃ではありません』
『存在位相攻撃です』
橘が眉を上げる。
「つまり?」
ユイが答える。
『我々が存在する未来を削除しようとしています』
レイリアの顔が青ざめる。
「未来そのものを攻撃しているの」
艦体が再び揺れた。
表示が赤く染まる。
存在確率 92%
存在確率 89%
ミアが叫ぶ。
「このままだと!」
ユイが言う。
『消滅します』
橘は静かに言った。
「ユイ」
『はい』
「戦えるか」
ユイの演算が走る。
そして。
新しい戦術が表示された。
『可能です』
ミアが驚く。
「え?」
ユイの声は静かだった。
だが、その内容は常識を完全に超えていた。
『通常兵装は無効です』
『代替戦術を構築します』
ホログラムの未来地図が変化する。
光の流れが再配置される。
ユイは言った。
『未来分岐操作戦闘を開始します』
橘が少し笑う。
「未来を殴るわけか」
『正確には』
ユイは続ける。
『勝利する未来を選択します』
次の瞬間。
〈みらい〉の存在確率が停止した。
そして。
防衛存在の光が一瞬だけ揺らいだ。
ミアが目を見開く。
「今、なにしたの」
ユイは答える。
『〈みらい〉が勝利する確率を強制選択しました』
橘が言う。
「便利だな」
だが。
そのときだった。
新しい通信が表示された。
『観測者通信』
画面に文字が浮かぶ。
「興味深い」
「観測対象〈みらい〉」
「侵入行動を確認」
ミアが小さく呟く。
「また出た」
橘は画面を見つめた。
「見物してるだけか?」
文字が変わる。
「試験を継続する」
ユイが静かに言う。
『艦長』
『観測者は我々を止めていません』
橘が答える。
「つまり」
「見て楽しんでる」
その瞬間。
世界修正機構の中心部が、ゆっくりと開いた。
巨大な光の通路。
宇宙の心臓部へ続く道。
ユイが告げる。
『中枢演算領域への通路を確認』
橘は椅子に深く腰掛けた。
「いいだろう」
「宇宙の中枢ってやつを見に行こう」
レイリアが苦笑する。
「あなた、本当に怖いもの知らずね」
橘は前方の光を見つめた。
「怖いさ」
「でもな」
彼は静かに言った。
「未来を消す装置を見過ごすほど、臆病じゃない」
ユイの声が響く。
『航路設定完了』
『世界修正機構内部へ侵入します』
光の通路へ向けて。
〈みらい〉は静かに加速した。
そして。
誰もまだ知らなかった。
この装置の最深部に
ユイ自身の秘密
が眠っていることを。
それは
AI誕生の秘密ではない。
もっと古い。
もっと深い。
『宇宙そのものに関わる彼女の正体』
だった。
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