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よくあるパンデミック   作者: いりかわしょう
10/12

最終話2/3

百合っぽいのは好きです。



 神経質そうな男は言葉を続けた。


「黒幕のいるフロアが分かったので、拿捕に移ります。ゾンビとの衝突をなるべく避けたいのですが……超人の二人のどちらか、建物外壁を登って十四階まで行けそうですか?」


 私が答えた。


「そう難しくないだろう。今日は風も強くないしな。不測の事態があっても、ゾンビのいないフロアに避難できる。」


 やらせてくれ、と言いかけた時、少女が先に発言した。


「わたし、やる。」


 ひっつめ女が微かに顔をしかめた。


「十四階にいるのが、ひょっとしたらパパじゃないかもしれない。それが分かるのは私だけでしょ?それにパパがいたなら、抵抗しないように説得もできるし。」


 誰も反論できなかったが、おそらく、彼女に危険な役を与えたくはないという意見は全員一致していた。彼女が空気を察した。


「私、大丈夫だから!ビルで練習したし!」


 ひっつめ女がとうとう耐えきれなくなった。


「でももし落ちたら?いくらあんたが超人でも、死なないなんて保証は、」


 ガラの悪い男が言葉を遮った。


「やらせたらいいだろ、そのガキによ。」


「ちょっとあんた、何言って、」


「俺たちは甘やかすためにそいつを連れてきたんじゃねぇだろ?そのガキが一番成功の望みがあるんなら、任すべきだろ。上手く行きゃあ、これ以上誰も戦わずに済むんだぜ。」


 ひっつめ女は黙った。彼の言っていることが正しいと分かるのだろう。


「おいガキ、信じていいんだな?もう誰も死なないって。」


「うん。ありがとう、おにいさん……おねえさんもね。」


 ひっつめ女が苦々しく笑った。


「気をつけるんだぞ。」


 少女が廊下の窓に近付いた。


「おじさん、みんなのこと頼むね。」


 私は彼女に微笑んだ。


「ああ。行ってこい。」


 彼女は窓を割り、左手を触手に変化させた。


「行ってきます。」


 そして窓の外に出て壁を登って行った。


 ひっつめ女が私に、半ば掴みかかるように迫った。


「あの子の様子を、ちゃんと聞いてて。」


「分かってる。だから落ち着け。」




 その後は少女の帰りを待ちつつ、私たちはゾンビのいないフロアを探索した。有用な薬品や資料があればと思ったのだが……


「ダメですね、リーダー、どこもめちゃくちゃです。」

「専門的すぎて、何書いてあるかさっぱり。」

「クソ、こりゃ俺らが来た意味なかったんじゃないか?」

「まだフロアはありますから。」


 私は四階の廊下で、物音をずっと聞いていた。


「あの子は今何階?」


 ひっつめ女が話しかけてきた。


「十一階あたりにいる。側面に凹凸が少ないのと、物音を立てないように登ってるので時間がかかってるみたいだ。」


「そう、無事なら良かった……」


 普段は冷徹なのに、少女のこととなるとまるで人が違う。


「君にとって、あの子は特別なんだな。」


「自分でも、肩入れが過ぎるなとは思うよ。」


 ひっつめ女は軽く笑った。


「あの子はね、本当は私やあんたと同じくらい合理的な人間なんだ。でもね、私にはない繊細さのせいで、臆病になってる。」


 あの少女も私達と『同じ』だとは、気づかなかった。


「気の弱い子でもあるし、優しい子でもある……偵察部隊で一緒に活動した時、喋らないし単独行動も多いしで、一度叱ったんだ。そうしたらあの子、『ウイルス伝染るかも』って言い出してね。」


 少女に空気感染のリスクはないと伝えてはいたが、やはり気にしていたのか。


「『私は伝染る覚悟でここにいる』って言ってやったら、あの子は私には口をきくようになった。作戦行動も、私とあの子は気が合うみたいでさ、私も集団の中じゃ浮いてたし、一緒に居る時間は長くなった。」


 少女と唯一リスクなく接することのできた私は、訓練や作戦により彼女と一緒にはなかなか居られなかった。ひっつめ女はとてもいい話し相手になったことだろう。


「私は一人っ子だったから、妹が出来たみたいで年甲斐もなく嬉しくなっちゃってさ。彼女が感染を恐れて出来ないことを代わりにやってあげたりしたんだ。」


 会議で少女の分も発言していた経緯が分かった。


「この作戦にだって巻き込みたくなかったけど、まああの子が一番の当事者だしね、超人戦力でもあるし。でもせめて、無事であって欲しいんだ。あんたのいう通り、あの子は特別にね。」


 明言こそしていないが、ひっつめ女がゾンビになろうとしたのも、少女が原因だろうと思った。


 はるか上の方で窓を割る音が聞こえた。


「お、あの子が十四階に着いたな。」


「本当か?」


 ひっつめ女が無線で他の四人に連絡した。


「建物内に入った……足元を確認しながら歩いてるな、暗いからだろう……黒幕の呼吸音に近付いてる。」


 四人が駆け付けて来た。


「今どうなってます?」


 私の代わりにひっつめ女が答えた。


「あの子が黒幕に近づいています。障害はなさそうです。」


「彼女が声の届く距離に入った。」


「……パパ……私だよ……聞こえる?……」


 いよいよ黒幕の男の声が聞けるわけだ。全ての元凶は果たして、どれほどの人間性を保っているだろうか。


「おかえり……」


 その声は不思議な聞こえ方をした。まるで、建物全体に響くような……


「ちょっと、リーダーこれ!」


 バンダナの女が叫んだ。指で示した先の壁には、人間の口の様なものが付いていた。


「おかえり。」


 壁の口が喋った。さらに同じ言葉がこだまのように四方八方から聞こえた。


「そこら中に口があります!」

「なんだこれ気持ち悪い!」

「落ち着いて下さい!生えてるのは口だけですか?目や耳はありませんか?」


 ひっつめ女は冷静だった。確かに、口だけならば、こちらの居所を悟られない。手でもないから攻撃の恐れもない……はずだ。


 『おかえり』の輪唱が大きくなっていった。大群ゾンビの時と同じだ、何かが始まる。


「揺れてる!」


 今度は顎髭の男が叫んだ。地震だ。自然のものであって欲しいがそれは楽観というものだろう。


「おかえりぃぃっっ!!」


 口が奇声を上げ、舌を突き出した。その舌は異様に長く、弾けるように伸びて向かいの壁にまで届いた。


「うわ、舌がくっついてきやがった、取れねぇぞ!」


 口という口から舌が伸び、蜘蛛の糸のように壁と壁を繋いでいる。目や耳でなく良かった、なんてことはなかった。


「揺れが酷くなってる!やばい!」


 私は地鳴りに負けないように声を張った。


「全員固まれ!舌を切断する!」


 触手を出し、何人かにくっついている舌を切り落とした。揺れがどんどんひどくなり、触手で五人を支えた。天井と床が崩れそうになっている。さらに地鳴りだけじゃない、うるさくてわかりにくいが、何か大きなものが動いている音がした。


 揺れは数十秒は続いただろうか。静まり返ったとき、床がかなり傾いていた。天井が落ちてこなかったのは、粘着質な舌が支えているおかげだとわかった。床が抜けていないのも、恐らく三階であの舌が大量発生しているからだろう。


「あの子は、どうなった、無事なのか?」


 ひっつめ女が聞いた。


「分からない、耳をすませても、十四階から呼吸音が聞こえない……何か大きな生き物が動く音がする。」


 ひっつめ女が息をのんだ。


「あのガキ、でけえゾンビに食われちまったってことかよ?」


「そうとは限らない、外に脱出したのかもしれないし。」


 ひっつめ女が声を上げた。


「とにかく確かめなきゃ!」


 その言葉を聞き終わらないうちに、私は近くの窓を蹴破り、外に身を乗り出した。


 上を向いた途端、三体のゾンビが私に掴みかかってきた。


「なっ!」


 慌てて筋触手を出し、三体を切り払った。絡みついていたゾンビの腕や首や胴体がちぎれて地面に落ちていったが、それ以外のパーツはなんと、上に飛んでいった。


「なんだあれ……」


 上を確認すると、地震の前にはなかったものがあった。十四階だろうか、研究棟の最上部から、巨大な触手が何本も生えている。先ほど襲い掛かってきたのは、そのうちの一本だったのだろう。先端にゾンビが生えている触手を、まるでヨーヨーのように私の方へ飛ばしていたのだ。


 しかも、他にも太い幹のようなものが棟の中腹から生えている。どうなっている? 


 私は一旦中に戻った。


「どうだった?」


 必死な形相のひっつめ女に、私が見たものを説明した。


「外に出れば攻撃される。上るのは厳しいだろう。」


「でも十四階に行かなきゃ、あの子が……」


 神経質な男が双眼鏡で外を見ながら発言した。


「なら急いだほうがいいですね……外にまたゾンビが集まってます。」


「マジかよ!」


「しかもそれだけじゃありません、あの太いのは何です……?」


 さっきの幹は、中からも見えた。それは幹というより管で、肉感があり、生きていると言わんばかりに蠢き、大蛇のように近くのゾンビを呑み込んでいた。


「なにあれ……」

「グロテスクだ……」


「考えられる説は二つ。あの管はゾンビたちを取り込んでいるか、ここに送り込んでいるか。」


 ひっつめ女の分析に私が補足した。


「ゾンビの荒い呼吸音が中から聞こえるから、消化してるわけじゃないはずだ。」


「触手に管……先程の地震といい、この建物内に巨大なゾンビがいると考えた方がよさそうですね。」


「くそ、建物揺らせるほどでけぇゾンビだと!」


 荒れるガラの悪い男を、私がたしなめた。


「落ち着け。でかくてもやる事はいつもの変異ゾンビと同じだ。核をつぶす。」


 複数体の融合した変異ゾンビは、体の主導権を持っている、核のゾンビがどこかにいる。その脳をつぶせば、どれだけ巨大化していようが機能停止に陥る。


「核のゾンビは、あの子の父親か、姉のどちらかでしょうね……」


 神経質そうな男が私の言いたいことを言ってくれた。


 そう、これだけ巨大なゾンビを、黒幕が管理下に置かず野放しにしているとは考えにくい。管理下に置けるとしたら自分自身か、厳重に管理していたという少女の姉か、ということになる。


「とにかく、上の階に進みましょう。あの子の捜索と黒幕の拿捕または討伐。超人戦力を温存しつつこれを並行して進めます。巨大なゾンビとの交戦も十分考えられますので、対ゾンビ弾の用意を。」


 隊員達が口々に了解を言い、一同は五階を目指した。廊下は舌で張り巡らされており、それを切断しながら進んだ。上へと続く階段に差し掛かった時、五階の音を聞いていた私はあることに気づいた。


「管の多くが五階と六階に繋がってるみたいだな。どんどんゾンビが増えてる。」


「ということはいきなり修羅場になりそうですね。」


「おっしゃあ、やってやるぜ!」


 一同は階段を駆け上がって行くと、一段とグロテスクな内装のフロアが見えてきた。


 一言で言えば、蜘蛛の巣。壁や天井のいたるところに糸のようなものが縦横無尽に走り、ところどころ、糸にくるまれた人間ほどのサイズの何かがぶら下がっている。そこにゾンビが群がり、中身をむさぼっている。


「ここは、食糧庫なんだ……」


 私は思わずつぶやいていた。五階から聞こえた寝ているかのような呼吸音は、恐らくここに貯蔵されている糸の中身からのものだったのだ。


 糸だるまに食らいついていたゾンビたちが私たちに気づいた。


「ひとだ……」

「ひとだね……」

「うつさなきゃ……」


 神経質そうな男が叫んだ。


「急いで六階へ!」


 ゾンビと私たちは同時に走り出した。顎髭の男とガラの悪い男がしんがりとなり、追ってくるゾンビたちに自動小銃の連射を浴びせた。


「五階のゾンビたちがいっせいにこっちに向かってきてる音がする!二人とも上の階へ!」

「了解!」

「今行くぜ!」


 二人が階段を上りだしたとき、背後の糸だるまからゾンビの手が出ているのが見えた。


 その手が、こちらを指さした。


「危ない!」


 反射的に叫び、顎髭の男を突き飛ばした。ゾンビの指が爆竹のような音を鳴らし発射され、指が弾丸のように、私の左腕に刺さった。


「うあっ!」


「おい、どうした!」


 しんがりの二人の背後で、糸だるまを割いて中からゾンビが出てきた。ほとんど骨と皮だけのそのゾンビは四足歩行で現れ、肩から生えている三本目の腕で、再びこちらを指差していた。


「撃たせるか!」


 今度は私の方が速かった。筋触手の先端の肉を、私も弾丸として発射し、痩せぎすゾンビの構えている腕を吹き飛ばした。


「あぎい!」


 痩せぎすゾンビが狂ったように吠え、襲い掛かってきた。


「死にやがれ!!!」


 次の発砲音はガラの悪い男の銃からだった。痩せぎすゾンビがバラバラになって吹き飛んだ。


「てめえはセーブしろ!ここは俺たちで何とかする!」


「わかった、そっちは大丈夫か?」


 顎髭の男は突き飛ばされた拍子に壁にぶつかったようで、頭をさすっていた。


「すみません、助かりました。」


 上の階から銃声が聞こえてきた。私は顎髭の男に肩を貸し、階段を上った。背後ではガラの悪い男が、追ってくるゾンビを一掃している。


 バンダナの女の声が聞こえた。


「七階からゾンビが降りて来てます!援護を!」


 私が返事をした。


「五階からも追ってきて手が離せない!」


 このままでは挟み撃ちにされる。


 私は耳を済ました。銃声がうるさいが、七階の状況くらいは聞こえる……よし、上のゾンビはそこまで多くない。


「聞いてくれ!!七階のゾンビは数が少ない!!ここを足止めするからその間に上を突破してくれ!!」


 ガラの悪い男がすかさず怒鳴り返してきた。


「ここは俺一人で十分だ!てめえは先行け!!」


「下は変異ゾンビもいる!一人じゃ無理だ!」


「なら、私がやる。」


 ひっつめ女が降りてきた。


「はあ?何でお前が!?」


「一番優秀だから。」


 ひっつめ女はガラの悪い男を押しのけると、自動小銃で押し寄せていたゾンビを一体ずつ確実に倒していった。


「ぐ、まじかよ……」


「ほら、あなたより手際がいい。」


 彼女は言いながら、飛びかかってきた第二の痩せぎすゾンビの口に、手りゅう弾を詰め込むと、階下へ蹴とばした。五階で爆発音がする。


「今のうちに上へ!」


 私と顎髭の男、ガラの悪い男の三人が六階で苦戦している二人に合流し、上へ進みだした。私たちが七階と六階の間の踊り場まで上って振り返るとひっつめ女がまだ六階にいた。ガラの悪い男が声をかける。


「何してる、早く来い!」


「私はここに残ります、皆さんは先に進んでください!」


「何言ってんだ!」


「ゾンビを送り込む管、誰かがあれを破壊しないと、今後も下から多くのゾンビに追われることになります。」


 いくら彼女が優秀でも、六階と五階の管をすべて破壊して回るなど不可能だ。ゾンビが多すぎる。私ならまだしも、


 ……可能だ……


 私は、彼女が何をするつもりなのか気づいた。


「いくら君が優秀でもそれは無理です!」


 今度は神経質そうな男がひっつめ女を説得している。私は彼を制止した。


「彼女は死んでもやり遂げるだろう。ここは先を急ぐべきだ。」


「あなたまで何を言って、」


「考えてみろ、この建物内にいるであろう巨大なゾンビは、十四階から動く気配がない。何故すぐに攻めてこない?何故こんな雑魚ゾンビばかり送り込んでくる?」


 神経質そうな男は気づいたようだ。


「まさか、時間稼ぎ……」


「おそらく、敵は最大戦力をすぐに使えない事情がある。なら一秒でも早く上に誰かが行ったほうがいい。」


 そう、犠牲を払ってでも。ひっつめ女もそこに気づいているのだ。


「六階より下は彼女に任せます!総員、上を目指してください!」


 ガラの悪い男は納得いかない様子だったが、


「くそ、死ぬんじゃねぇぞ!」


 と吐き捨て、七階に向かった。


 七階で他の四人とともに私も銃を撃ちながら、私はガラの悪い男に話しかけた。


「大丈夫、彼女は死なないさ。」


「何でわかる?」


「彼女は私と同類だからだ。」


「同類?」


 六階で、恐らく私が聞いているのを見越して、ひっつめ女が呟いていた。


「……あんたが手を貸さなくても、結局こうなったね……」


「だからまた会える。今は信じろ!」


 ガラの悪い男は腑に落ちない様子だったが、七階のゾンビ達を突破するのに集中した。


「……あの子のこと、頼んだよ。あたしはここでしばらく暴れてるからさ……」


 これも私にしか聞こえなかっただろう。六階で、自動小銃でも爆弾でもない、一発の拳銃の音がした。


 彼女が対ゾンビ弾を、自分自身に撃ったのだ。私の血を取り込むために。


「……おおおおおお……」


 遠くで彼女がゾンビ化する音は、すぐに銃声に掻き消えた。


 この間に私たちは、八階へと到着した。




 八階からは階段が途切れていた。先の地震のせいか、壁が崩れてがれきの山ができていたのだ。


「くそ、ここまで来たっていうのによ!」


 ガラの悪い男が悪態をつく。


「他に階段はないのか?」


 私の質問に顎髭の男が答えた。


「下の階と同じなら、階段はここだけです。エレベーターは動きませんし……」


「このがれきを崩すしかないか……」


 だが完全に道がふさがってしまうほどの崩れ方だ。果たして上の階が存在しているのかも怪しい。私の怪力でがれきをどかしても、十四階までずっとこのありさまでは、どのみち彼らが登れない。


 その時、私の耳がかすかな物音を捕らえた。


「八階にいるゾンビ、動き出したぞ。」


 神経質そうな男が素早く指示を出した。


「総員、迎撃準備!」


 少女の話に聞いていた、姉だろうか。人間の足音ではない、昆虫のようなかさかさという足音だが、虫にしては気配が大きい。足音は床、壁、天井へと動いている。


「ゾンビはこっちに近づいている。移動しよう。」


「総員、フロア内へ移動します、銃の死角が少ない場所へ。」


 私たちは見通しのいい廊下に来た。通路の幅は四メートルほどで、天井は高くなく、隠れる部屋もたくさんある。


「返り討ちにしてやる……」


 バンダナの女が息まいている。足音はもう、ゾンビの私でなくても聞こえる距離に近づいていた。


「そこの角のむこうだ……来るぞ……」


 天井を這っている足音が、角を曲がってこちらに……


「あれ?」


 私は思わずつぶやいた。何も現れないのだ。足音も消えた。さっきまでそこの天井から聞こえていたのに。


 他の四人も肩透かしを食らったことに気づいたようだ。空気が僅かに緩んだ。


 その瞬間だった。


 突如私達の真上の天井が崩れ、そこから手足が無数にある巨大グモのようなゾンビが降ってきた。


「ああああああ!!!!!」


 甲高い叫び声を上げながら蜘蛛ゾンビが、その長く伸びた腕でバンダナの女の腹部を刺し貫いた。


「撃てぇ!!」


 私を含めた四人が一斉に発砲したが、蜘蛛ゾンビが無数の手足を盾のように構えているせいで、急所には当たっていないようだった。


「この化け物め!!!」


 バンダナ女の声だ。彼女は体を貫かれながらも自動小銃を構え、撃った。蜘蛛ゾンビはこの攻撃は予測していなかったらしく、腹に銃弾を浴びて悶え狂い、バンダナ女を放り投げた。


「腹を狙え!!」


 ガラの悪い男の声を合図に、私達は接近しながら蜘蛛ゾンビの腹部を狙った。手足が頭部を押さえているため、腹ががら空きなのだ。


 しかし蜘蛛ゾンビは体をひねり弾丸をかわすと、崩れた天井から階上に隠れてしまった。


「くそ、逃げやがって!」


 ガラの悪い男に続き、神経質そうな男が叫んだ。


「彼女の手当を!」


 顎髭の男が駆け付けると、バンダナの女は既に虫の息だった。


「へへ、刺し違えてやりましたよ……」


 バンダナの女は最後の力を振り絞って、対ゾンビ弾を一発、自分の脚に撃ち込んだ。そして そのまま意識を失った。


「彼女は死んだんですか?」


 顎髭の男に私が答えた。


「傷跡の再生が始まってる。俺の血が間に合ったみたいだが……どのみち彼女はもう戦えない。」


 ガラの悪い男が聞いてきた。


「あの蜘蛛ゾンビにも対ゾンビ弾を撃ち込んだが……効果あるのか……?」


「おそらくあいつはあの子の姉のゾンビだ。元は超人ゾンビのはず、だとしたら無力化とはいかない。」


 かつて同じ超人ゾンビとなった前リーダーも、私の血を取り込んで平然としていた。


「そんな……」


「ただ俺の血は虫の毒ももってるから、麻痺くらいはしてるはずだ。」


 神経質そうな男が聞いた。


「蜘蛛ゾンビは今どこに?」


 私は耳を済ました。


「呼吸音が上に移動してる……九階以降も天井が崩れてるってことか。」


「なるほど……これで上の階に行く道が見つかりましたね。」


 私達はバンダナの女を八階に放置し、天井穴を通って九階へと登った。


 九階は八階以上に荒れ果てており、所々床に穴が空いていた。先ほど、天井を這って迫って来た蜘蛛ゾンビが一時的に消えたのは、この穴を通り九階に潜んだからだろう。十階への階段もやはり崩れており、天井の穴を探すしかなかった。


 フロアを歩きながら、神経質そうな男が切り出した。


「今のうちに皆さんに確認しておきたいことがあります……現状、蜘蛛ゾンビはあの子の身内だと思われますが……殺せますか?」


  難しい質問だった。


「俺はやるぜ。じゃなきゃこっちがやられる。」


「自分も同じく。」


ガラの悪い男と顎髭の男はすぐに答えを出した。


「あなたはどうですか?」


 正直言って、殺すことには抵抗がある。


「俺は……無力化できるなら、したい。」


「できなければ?」


 神経質そうな男はすかさず返してきた。


「……殺す。」


「わかりました。私も同意見です。無力化できるかは、対ゾンビ弾が効くかどうか、でしょうね。たくさん撃ち込めば何か変わるかもしれません。」


「そうだな。」


 彼は希望的な言い方をしているが、実質的に、助けられるかは運任せにするということだ。もちろん、彼女を救う手立てはない。神経質そうな男はそれがわかっているから、リーダーとして、皆に殺す覚悟をさせているのだ。


「見つけたぜ!天井の穴だ!」


 さらに私達は十階へと登った。私が怪力で他の三人を穴から上に放り投げるだけなので、数秒とかからない。むしろ階段より早いくらいだった。


「蜘蛛ゾンビは今どこにいますか?」


「この上の階だ。動いてないから、麻痺が効いてるんだと思う。」


「なら今のうちに下から蜂の巣にできるってわけだ。」


「ええ、このチャンスを逃す手はありません。」


 十階は異常なまでに埃っぽく、歩く度に細長い埃が身体中にまとわりついてきたが、私達は気にせず進んだ。


「この部屋の中だ、呼吸音が天井裏から聞こえる。」


「分かりました、総員発砲準備!」


「でも気をつけてくれ、こちらの音も向こうに聞こえてるはずなんだ。奇襲をかけてくる可能性は十分にある。」


「了解。」


「二度も同じ手じゃ驚かねぇよ!」


 神経質そうな男が部屋のドアを開け、私達は中に突入した。カーテンを締め切った薄暗い部屋の中、私が懐中電灯で、天井の一角を照らす。


「この真上だ!」


 仕留めた!


 と誰もが思った。


 急に、私達全員の手元が狂い、銃弾は床や壁を抉った。私は床に、ガラの悪い男は天井に、残り二人は近くの棚に叩きつけられた。


「うあっ、」


「なんだこれ!」


「動けない!」


 暗くてよく見えなかったが、何か、紐のような物が手足に絡み付いている。私達は今、縛り付けられていた。


 さらに天井が崩れ落ち、蜘蛛ゾンビが現れた。蜘蛛と呼んだが、手足は八本どころではなく数えきれない。その長い手足は、人間の手足をいくつも繋げて成っていた。顔だけは若い女だとわかる。今、彼女は不気味に微笑んでいる。


「かかった、かかった……」


 蜘蛛ゾンビが悦に入っている。


 まさか……私はこのフロアにやけに『埃』が多かった事を思い出した。


 あれは埃なんかではなかったのでは?見た目通りやつは蜘蛛の巣を作れるとしたら?このフロア、この部屋に、弛緩させた糸を何本も仕掛け、私たちが部屋に突入したタイミングで、上から操って糸を引き伸ばす。そうすれば、絡まった糸に引っ張られ私達は体の自由を失う。


「皆さん、どこにいますか?」


 神経質そうな男の声だ。


「オレは、天井だ、くそ、取れねぇぞこれ!」


「俺は床に!」


「銃弾が足に当たりました!自分は此処までで……」


 顎髭の男の言葉は最後、呻き声となり聞こえなくなった。対ゾンビ弾の効果で意識を失ったのだろう。やられた!同士討ちにさせられるとは!


 それにしても、私の怪力を持ってしても糸が切れない。硬いというより、しなやかなのだ。


「誰……から……食べ、ようかな……」


 蜘蛛ゾンビは勝ち誇っていた。私達が動けないのを確認しながら歩き回っている。


「このっ!」


 私が右腕を解き、筋触手にして糸の拘束から抜けようとした。


「ダメッ!」


 しかし蜘蛛ゾンビが糸を飛ばし、私の右腕を糸玉で封じ込めた。触手ごと完全に糸に埋まり動かせない。


「お前……危険……」


 蜘蛛ゾンビが私の方に近づいてきた。真っ先に仕留めようと言うのだろう。しかも警戒も怠っていない。長い手足を何本か折りたたみ、顔の前に盾のように構えている。これでは血や肉を弾丸化して撃っても、大してダメージはないだろう。


「思い出せ!お前は人間だった!戻ろうと思えば戻れるんだ!」


 説得が通じれば!


「何……言ってる、の……」


「お前の妹を知ってる!一緒にここへ来た!彼女も人間に戻った!」


「い、もうと……」


「思い出せ!彼女も君のことを、」

「アハハハハハ!!!!」


 彼女は狂気的な笑いで私の言葉を遮った。


「バカ!バカだ!お前バカだ!!!」


「え……」


「人間だったとき、もう忘れた……でも、気にしない……私、今が楽しい……お前たち、殺して、食うのが、楽しい……アハハハハハ!!!」


「このくそ野郎がぁ!」


 天井でガラの悪い男が切れている。私は、怒りというより、悲しみを覚えた。もう、彼女は帰ってこれないところまで行ってしまったのかもしれない。


「おい、このやろう!オレはシカトかよ!」


 蜘蛛ゾンビは頭上のガラの悪い男には目もくれず、笑い転げている。


「オレがここに居るだろうがよ!ちったぁ見やがれ!」


 ふと、ガラの悪い男の視線を感じた。彼の目は、蜘蛛ゾンビを見ているようで、私を見ていた。


「ほら!やれよ!オレをやれよ!」


 私は彼の、天井に縛り付けられている両腕を見た。その手にはまだ銃が握られている。


 そうか!


 蜘蛛ゾンビが前脚を振り上げたのが視界に移った。私を刺し貫くつもりらしいが、私はガラの悪い男の手元を見ていた。視力を限界まで引き上げると、この暗がりの中でも細い糸が見える。


 そして私は、見つめていた右目の瞳から、血の弾丸を発射した。爆竹のような音がし、彼の手元の糸がはじけ飛んだ。


 音に驚いた蜘蛛ゾンビはすくんだ。そして、真上で男が銃を構えたことに気づかなかった。


「死ねええええ!!!」


 銃弾が頭部を撃ち抜き、蜘蛛ゾンビはもだえ苦しみ、暴れた。同時に糸のコントロールを失ったか、私の拘束がゆるんだ。私は左手が自由になり、体にまとわりついていた糸を引きちぎった。


「よし、とどめを、」


 その時、足元がぐらついた。また糸の罠かと思ったが、違う。これは地震だ。十四階のゾンビが動いているのか?


「止まらないでください!」


 神経質そうな男が私を呼び止めた。彼も拘束が解かれている。


「あなたはあの穴から上の階へ!蜘蛛ゾンビは私たちで仕留めます!」


 指差す先には、蜘蛛ゾンビが開けた天井の穴がある。


「でも!」


「でもじゃねえ!」


 地鳴りの中で怒声と銃声がした。天井から降りてきたガラの悪い男が、蜘蛛ゾンビに追い打ちをかけている。蜘蛛ゾンビはまだしばらく事切れそうにない。


「黒幕に時間を与えるな!」


「早く行ってください!」


 私は天井を見た。この揺れで今にも崩れてきそうだ。


「すまない!」


 一言叫び、私は穴の向こうへ飛び上がった。



最終話3/3へ続く

薔薇っぽいのも意外と好きです。

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