其の陸 4
先頭はネネ。なにが楽しいのかは分からないが、小さな手足をぶんぶんと大きく振りながら歩いていく。そして殿はロロ。ロロはというと、異様に辺りを警戒しながら歩いていた。見ようによっては、夏祭りの化け物屋敷に初めて入った子供のようにも見える。
やがて森は終わり、荒涼とした場所へとでた。周囲に草木はちっとも茂っておらず、黒褐色の岩がゴロゴロと転がっているだけだ。
「また随分と寂しい場所ね」
「この辺りはまだちっとも作ってなかったのよ。だからこんな風景になってるの。この先に谷があるのよ。ほら、正面に、真っ二つに割れたような山が見えるでしょ。あそこ」
シビルが指差す先には、彼女の言うように、断ち割られたような岩山が見えた。みたところ、さした距離ではない。せいぜい、一リリッドあるかないかだろう。
「ここに二匹目がいるわ。竜としては中型くらいかな。普通の空を飛ぶ赤い竜よ」
シビルが谷の入口で足を止め、皆に説明した。
「それ以外に、なにか特徴は分からないか?」
「よくはわかんないわ。お城から、空を飛んでいるところを見ただけだから」
シビルが申し訳なさそうにヌンに答えた。
「赤竜か。気性の荒い竜としては、一番有名なところだな。ネネ。お前は下がれ。私が先頭を行く」
ヌンを先頭に、辺りを警戒しながら谷を進んでいく。
実際には谷ではないが、この真っ二つに割れた岩山が作り上げた左右の絶壁は、まさしく谷の様相をていしている。
「えと、確か、洞穴がどこかにあるのよ」
「洞穴?」
ヌンが振り向かずに、シビルに尋ねた。
「うん。避難場所。ここにもイベントを入れる予定だったの。谷の幅一杯のなにかが正面からやってきて、それをやり過ごすための場所。もっとも、まだその何かはちっとも考えてなかったんだけどね。……で、代わりに、今は竜がいるんだけどー」
疲れたような笑い声を上げると、シビルは項垂れた。
勝手にいじくりまわされた自分の作品に、なんともやりきれない気持ちなのだろう。
おまけにそれが、自分の命を奪うためとあってはなおさらだ。
「そうか。ならば、先にそれを探そう」
程なくしてその洞穴は見つかった。だがその洞穴は深さは十分にあるものの、高さは十分とは云いがたかった。
シビルは真っ直ぐ立っても、どうにか天井にぶつかることはないが、ベアトリクスやヌンは、身を屈めないと中に入れない。
「ふむ。隠れるには絶好といえるが、この場合は最悪とも云えるな」
「どういうこと?」
ベアトリクスがヌンに訊いた。
「相手は竜だ。ここに首を向けて、ブレスを吐かれたら終わりだ」
確かにそうだ。ここでは逃げ場は無い。
「こうなると、私が単独先行して、竜を仕留める他あるまいな」
「ヌン様。竜でございます。こっちに飛んでまいります」
洞穴の縁から外を覗いていたネネが報告した。慌ててヌンも入口にまで行くと、ネネの指差す方向に目を向けた。
谷の上空を、鮮やかな赤い体色をした竜が飛んでいた。
大きさは五ザスといったところか。竜としては中型の大きさだ。
竜は洞穴の上を通り過ぎて行った。
「ファイアドレークか。また厄介だな」
ヌンが呟いた。
「厄介って?」
「火竜の中でも、ファイアドレークは動きが速い。一般的に知られている火竜に比べ、炎の息の威力、範囲は劣っているものの、奴はそれを炎の球として連射することができる。戦い方の幅という点をみれば、竜の中では魔法竜に次いで厄介な奴だ」
ベアトリクスたちは青くなった。
「で、でも、ヌンなら退治できるわよね?」
「生憎、私は空を飛べぬ」
真面目な顔でヌン。
「うぅ、小っちゃいから、弱いと思ってたのに」
シビルが泣きそうな顔で頭を抱えた。
「どうやらシビルの敵は、本気で殺そうとしているらしいな。どうする? シビル?」
ヌンがシビルに問う。
「ど、どうするって?」
「例え帰ったとしても、このままではまた命を狙われるぞ」
たちまちシビルの顔が、恐怖に埋め尽くされた。
「この本の結末までいったら、本の外にでられるんでしょう。でも、出るのは、本に入った場所。入った時間の数時間後なのよね」
「うん」
「ということは、私たちは、シビルのいた時から二万年後に帰ることになるわ。シビル、あなた、ひとりで立ち向かわなくちゃならなくなるのよ」
残念ながらそれは事実だ。
シビルは俯くと、押し黙ってしまった。
「ねぇ、シビル。あなた、私たちと一緒に来ない? 私たちの時代になら、あなたの命を狙う奴なんていないわよ」
「無理だよ。この中からじゃ、本の設定を変えられないもの。私は……自分の時に戻ることしかできないもの……」
「諦めちゃダメよ。なにか方法はあるはずよ。だって、私たちとあなたがこうして会えたんだもの。この事実が、この本が完全ではないという証拠なんでしょう? それなら、きっと方法があるはずよ!」
ベアトリクスが云う。だが、シビルは頭を抱えてうずくまってしまった。
「戻ってきたぞ。不利だが、このまま留まっているわけにもいかぬからな」
ヌンが太腿のホルスターから、得物を抜いた。
「少々お待ちくださいまし」
飛び出して行こうとするヌンを、ネネが止めた。
「仕方ありません。蒸気竜用に用意して来たものですが、これを使いましょう」
ネネがごそごそと前掛けのポケットから、赤く丸い塊を取り出した。
「それはなんだ?」
「特製のスパイス玉にございます」
ネネが答えた。
「竜がブレスを吐くには息を吸わねばなりません。ですから、このスパイス玉を竜の鼻面にぶつけて吸わせてしまえば、竜は呼吸を乱します。そうすれば、少しの間ではありますが、ブレスを封じることができます」
「理屈はわかるが、ひとつ問題がある。それは……効くのか?」
ヌンが問うた。それは大事な問題だ。
「えぇ、もちろんでございますとも。それに、呼吸を乱せば、竜とて飛んではいられはしないでしょう。地面に降りてきます。そこを一気に叩くのでございます」
「それが、もっとも冴えた竜の倒し方というものです」
ネネとロロが受けあった。




