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迷宮図書館  作者: 和田好弘
其の陸 「もっとも冴えた竜の倒し方」【竜の舞う谷】にて:ロロ
24/30

其の陸 3

「さぁ。まずは湖を渡るのよ!」


 城から湖に下りるなり、シビルが湖を指差しのたまった。


「そういえば、森、湖、谷の順で話は進むのよね」

「そうよ」

「私たち、いきなり湖の向こうに……って、そうじゃないか。私、気絶してたんだものね。ねぇ、ヌン。なんであっちにいたわけ?」


 ベアトリクスはヌンに尋ねた。


「小さな家の近くに出現し、後は森を彷徨っていたのだ。その内、あの竜と遭遇した」


 ヌンは淡々と答えた。


「あー。それじゃ、この湖をすっ飛ばしちゃったんだ。かなり迂回したわね」


 シビルが呆れたような声を上げた。


「本当はその家から森を抜けて、上の【名も無き城】へと進むのよ」


 ベアトリクスは崖上の城を見上げた。

 なるほど。あの城はイベントのひとつというわけだ。


「さぁ、いくぞ」

「あれ? どこ行くのよ。湖は?」


 砂を鳴らして歩き出したヌンに、シビルが慌てた。


「渡る手段はあるのか?」

「えと……船とか」


 シビルが指差した。その先には船着場があり、ボートが繋がれている。


「船は沈むだろう」


 ヌンが答えた。

 思わずベアトリクスは苦笑いを浮かべた。

 だがシビルはどういうわけだか引き下がらない。


「あ、分かったわ。泳げないんでしょう」

「私はヌン。意味するものは魚だ」


 それが答えだとばかりに、真面目な顔でヌンが云った。

 そこでベアトリクスは気がついた。そういえば、まだそれを聞いていなかった。


「そういえばそれ、聞いて無かったわね。ねぇ、ヌンの象徴するものはなんなの?」

「死だ」


 うっ。


 ベアトリクスは絶句した。いや、彼女だけではない。シビルも、ロロもネネも。

 死の象徴を持つ美しき自動人形。恰好は所々黒のアクセントのついた白いエプロンドレス。もちろんエプロンの色は黒だ。そして戦闘用たる彼女の得物は大鎌。

 彼女の製作者は、相当に歪んだユーモアの持ち主か、でなければかなりの皮肉屋に違いない。


「シビル。この湖に厄介な生物がいないとも限らぬ。もはやお前の知っている世界ではないのだ。それに、そのふたりがな……」

「ふたり?」


 シビルがヌンの指差す方向に目を向けた。

 そこでは、湖を目前にして、あからさまに怖気づいてガタガタと震えているロロとネネ。猫は総じて水が嫌いだが、彼らもどうやらそうらしい。

 いや、本当に水に怯えているのだろうか?

 シビルはがっくりと肩を落とした。


「分かった。歩く」

「いや、シビルはベアトリクスか私の背だ」


 ヌンがシビルの決意を一蹴した。

 シビルは目をぱちくりとさせている。


「えと、それはどういうことかしら?」


 ベアトリクスが問うた。


「彼女の靴では、あの森を歩くのは無茶だろう。私の刈った細い木の切り株は、容易く靴底を貫くぞ」


 シビルの靴をみてみた。彼女の靴は上等な革靴なのが一目でわかるが、決して山歩きをするような靴ではない。


 かくして、ベアトリクスがシビルを背負い、ヌンがネネを肩に乗せて森を進んでいた。ネネの靴は頑丈な物であったのだが、その背丈のため、スカートがものの見事に切り株にひっかかり、まともに歩けなかったのだ。ロロは草履であったが、どうやら底に金属を仕込んであるらしく、この程度の荒地はへっちゃらなようだ。


 ベアトリクスがシビルを、ヌンがネネを運ぶ事にしたのには理由がある。もし、道中厄介な生物と遭遇した場合、戦うのはヌンである。その時は、背負っている者を放り出さなくてはならないのだが、もしそれがシビルであった場合、見事に転んで怪我をする可能性が極めて高いためだ。

 かくして歩くこと暫し、一向は城の対岸の砂浜に辿り着いた。

 ベアトリクスは肩で息をしている。


「あー。運動不足を実感するわね」

「あ、ありがとう、お姉ちゃん。大丈夫?」

 いつの間にやら、シビルはベアトリクスをお姉ちゃんと呼んでいる。

「はい」

「なにこれ?」


 水筒を手渡されたベアトリクスは、その中身の臭いを嗅ぎ尋ねた。

 気持ちを軽くするような、さわやかな香りがする。


「レムリロの実の果汁を薄めたやつ。果汁そのままだと飲めたものじゃないんだけど、薄めるととっても美味しいのよ」


 いわれるままにベアトリクスはそれを飲んでみた。


「美味しい」


 ほのかな甘みのあるそれは、乾いた喉を潤すのにぴったりの代物だった。ベアトリクスは一気に水筒の半分ほどの量を飲み干した。


「はぁ。生き返ったわ~。あ、シビルごめん。私、半分ぐらい飲んじゃった」


 ベアトリクスの顔があからさまに強張る。


「大丈夫よ。まだたくさんあるから。原液を樽ごともって来たのよ。それは、すぐに飲めるようにしといたやつだから、気にしないで」

「樽?」


 樽なんてどこにあるんだろう? ううん。それ以前に、この水筒はどこから?

 そう思っていると、シビルは水筒を腰の小さな皮袋に、無造作に押し込んだ。どうみても、水筒の方が大きいのに、水筒はすっぽりと飲み込まれてしまった。

 ……まぁ、人間を飲み込む本を作るような天才児だ。見た目より沢山ものの入る袋を作っていたとしても、不思議ではない。

 ベアトリクスはうんと、ひとり頷いた。


「ベアトリクス。落ち着いたか?」

「えぇ。先を急ぎましょう」


 ベアトリクスはシビルの手をぎゅっと握ると、ヌンの後をついて歩きだした。

 やがて、竜の死体の転がる森の道に到達した。

 ベアトリクスは顔をしかめ、シビルは目をまるくしていた。

 ネネはというと、無造作に近寄って、その頭をぺしぺしと叩いている。一方、ロロは対照的に、木の枝を持った手を出来うる限り伸ばし、ぷるぷると震えながら竜の死骸を突付こうとしていた。


「これ、ヌンが退治したの?」

「そうよ。見てた私もびっくりしたんだけど。あっという間にね」


 血まみれになったヌンの姿を思い出してしまい、ベアトリクスはぶるっと震えた。


「すまぬが、少し時間をくれ。この竜の歯と爪を採取する。できれば血も採取したいのだが……容れ物がないからな。それは諦めるとするか」

「あ、壜ならあるわよ」


 シビルが袋から、空の壜を取り出した。きっと元々はワインかなにかの壜だったのだろう。口にはコルクの栓がしっかりとはまっている。


「ありがとう」

「でも、そんなのどうするの?」

「私のマスターは、この手の材料を集めるのに苦労しているからな。特殊な武具の材料のひとつとして、役立つかもしれないのだ」


 ヌンがシビルに答えた。


「えーと、私、後ろ向いてるから、終わったら云ってね」

「どうしたの?」

「私、血はダメなのよ」


 戻ってきたシビルにベアトリクスが答えた。


「うわ。なに? あの大っきい鎌!」


 シビルが驚きの声をあげた。どうやら、ヌンが得物を展開したようだ。きっとあれで、竜を解体するのだろう。


「……シビル。お願いだから、ヌンのしてることを説明したりしないでね」


 ベアトリクスは云った。

 バキッとか、ベリベリっとか、物凄い音が聞こえてくる。


 うあ~。


 ベアトリクスは今にも泣き出しそうな顔だ。

 これは、どうにかして気を紛らわさなければ。

 ベアトリクスは隣でぼーっと森を眺めているシビルに目を向けた。


「ねぇ、シビル。あなた、結構長い事この本の中にいるみたいだけど、御両親は心配してるんじゃないの?」

「それは大丈夫よ。だって、ここから出る時間は確定してるもの。入った数時間後よ。この中だと歳も取らないようなものだし。……それに、私を心配してくれる人なんて、誰もいないもん」


 囁くように答え、シビルは俯いた。


「だ、誰もいないって、誰かしらいるでしょう?」


 シビルは首を振った。


「私ね、頭がいいからって、協会に売られちゃったの。パパもママも私のこと気味悪がってたし。でも協会の構成員はみんないい歳した大人ばっかりだから、私みたいなのはどうしても浮いちゃうのよ。おまけに下手に実績なんかあげると、変に疎まれるし」


 あぁ。やはりそうだったのだ。

 あの時、シビルが見せた怯えたような顔。その時にベアトリクスが感じたことは事実だったのだ。

 ベアトリクスはシビルの頭をこしょこしょっと撫でた。


「私はシビルのことが好きだよ。まだ知り合って、ほんの少しだけれど、シビルのことが好きだよ」


 ベアトリクスのその言葉を聞くと、シビルは俯き、唇を噛み締めた。


「待たせて済まなかった。作業は終わった。さぁ、先へ進もう」


 再び一行は虹の泉を目指し歩きはじめた。


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