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迷宮図書館  作者: 和田好弘
其の伍 「猫は如何にして竜を出し抜き、魚を捕らえたか?」【名も無き城】にて:世界を綴る者・シビル
18/30

其の伍 1

 揺れてる。

 揺られてる。

 なんだこれ?

 そしてそれが姿を現し、ベアトリクスは間近で――


「うぎゃあっ!」


 悲鳴を上げてベアトリクスは目が覚めた。

 目が覚めたが、なんだか物凄い揺れている。

 状況が把握できず、目を瞬き、辺りに目を向けた。

 景色がまるで熔けるように流れていく。

 そして自分の手が、無意識的に彼女にしがみついていることに気がついた。


「あ、あれ? どうなってるの?」

「目が覚めたか。すまぬが放り出すぞ。少々厄介な事態だ。このままでは逃げ切るのは不可能だ。よって、片付ける」

「片付ける?」


 ベアトリクスはきょとんとした。

 いったいどういうことだ。

 とにかく、自分が今、ヌンに背負われていることは把握した。だが厄介な事態とはなんだ? それにここはどこだ? どうしてヌンは全速力で走ってるんだ?


 そんなことを問う間も無く、いきなりヌンが百八十度反転した。と同時にベアトリクスから手を離す。

 ベアトリクスは尻餅をつくように、やや湿った下生えの上に転がった。


「あいたたた。いったいな……にぃぃぃ」


 ベアトリクスの目に入ったもの。その姿を確認し、彼女は問いかけをそのまま悲鳴にして腰を抜かした。

 もはやまともに動けない。


 それは巨大な竜だった。それも、もっともポピュラーな翼をもつタイプの竜ではなく、十ザス程もある、二足歩行をする頭の巨大な竜だ。

 このタイプの竜が獰猛で、動く物ならなんでも食べてしまうというようなことを、ベアトリクスは昔、本で読んだことがある。


 だが、こんな竜は七王国にはいないはずだ。それにもはや竜の楽園でも絶滅しており、緑の月にわずかに生息しているという話だ。

 そんな竜がどうしてこんなところに?

 というか、ここはどこなの?

 まさか、緑の月?


 もはやベアトリクスはパニックだ。


 そんな彼女を余所に、ヌンは竜に向かって走り出していた。ブローチに手を当てる。すると彼女のスカートの丈が短くなった。

 完全な戦闘用に切り換える必要はない。動きやすくするだけで十分だ。

 そしてヌンは左太腿のホルスターから、二本の棒状の物を手に取った。

 それは彼女本来の武装。

 二本の棒を繋ぎ合わせ左手に握ると、ブンと振った。

 たちまち棒が延びる。その長さは三ザス近くはあろう。


「展開!」


 ヌンが得物に命じる。すると先端部。繋いだ、もうひとつの棒状のものがまるで巻物を解くかのようにばらりと広がった。

 ヌンの得物の姿。それは大鎌。

 それも戦場を駆ける魂狩りの悪魔、いわゆる死神の持つ大鎌にそっくりな代物だ。


 竜が迫る。


 ヌンが大鎌を振り上げる。

 巨大な顎がヌンに襲いかかった。だがヌンはそれを躱すと、竜とのすれ違い様に大鎌を振った。

 竜はヌンを追おうとし、振りかえった。振りかえり、バランスを崩すとそのまま転び、地面を滑る。


 ベアトリクスは慌てた。


「に、逃げなきゃ、潰される!」


 滑ってくる竜から逃げるべく、ベアトリクスは力の入らない足をむりやり奮い立たせると、どうにか少しだけ脇へと逃げることができた。

 竜は、さっきまでベアトリクスがいたところを滑り、側にあった岩にぶつかって止まった。

 だが、竜は死んだわけではない。すぐさま起きあがろうとするが、上手くいかない。

 そこでようやくベアトリクスは気がついた。


 竜の、左足が無くなっていた。

 膝下から完全に切断され、血を噴出させていた。

 ヌンの大鎌。あの大鎌が竜の足を切断してしまったのだ。


 ヌンが下生えを踏みしめて、ゆっくりと戻ってきた。

 スカートの丈は、元通りの長さに戻っている。そして手にした大鎌からは、ぽたぽたと血が滴っていた。


「無事か? ベアトリクス」

「う、うん」


 ベアトリクスはどうにか頷いた。

 ガタガタと体が震えている。


「待っていろ。いま止めを刺してくる」


 ヌンはそういうと、倒れている竜の背後に回り、その巨大な鎌を、竜の頭部に突き込んだ。

 鎌は、まるで水面に刺しこむみたいに、するりと竜の頭蓋を割って脳に達した。

 竜はしばらく痙攣していたが、そのうち、動かなくなった。


「終わったぞ。これで危険は排除できた」


 ヌンが竜の屍骸を回って、ベアトリクスの所に歩いてくる。その姿は、血まみれだった。最後の止めを刺したときに、返り血をまともに浴びたのだろう。

 そしてあと数歩というところで――


「あ……」


 ベアトリクスがへたり込んだまま後退さった。

 ヌンが足を止めた。


「すまぬ。私が、恐ろしいか?」


 なんだか寂し気な声でヌンが問うた。

 ベアトリクスは、真っ青な顔をしていた。

 あきらかに怯えているのが見て取れる。

 だが、ベアトリクスは首を振った。


「い、いえ、そうじゃなくて、私、ダメなのよ」

「ダメ?」

「血。昔から血はだめなの。たくさんの血は。もし人が血まみれになってたりすると……あぁ、なんだか、ふあ、気が……」


 ベアトリクスは再び気を失った。


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