見てられない(とある友人視点)
ネタバレが嫌いな方は、奈夕サイドの本編が終了した後に透和サイド(透和視点、とある友人視点)を読むことをお勧めします。
トウワは、生まれながらの王だ。
持って生まれた美貌は当然のこと。
才能。
頭脳。
カリスマ性。
全てがある。
そして、そんな全てを持っているからか。
トウワは、物事に執着しない。
それでいて、どこか脆い一面がある。
強靭な肉体の強さと、不安定な精神。
俺は、透和のそのアンバランスさに――魅せられた。
トウワは、むやみやたらと人に心を開いたりしない。
断言できる。
絶対しない。
こっちがたまに泣きそうになるくらい冷たいヤツで、容赦もしない。
そんなトウワが、変わった。
原因は――、
「トウワさんが暴れてるんですッ。俺達じゃ手が付けられなくて……!」
連れられて、俺が店に到着した時には、それはもう酷い状況だった。
テーブルも椅子もバラバラ。
ガラスは割れ、壁には穴まで開いてる。
何度か、この店には来たことがあった。
少し暗めの照明に広々とした店内は、掃除が行き届いてるのか、とても綺麗だった記憶がある。
それがこの有り様。
全て一人の男によって為されたモノであるのは明白だ。
体を押さえる数人の男たちを軽々と払いのけ、一人の男を顔の原型が分からない程ボコボコに殴り続けている。
止めに入ってやられたのだろう、辺りは死屍累々だ。
勘弁してくれよ、と内心深い溜め息を吐き出してから口を開いた。
「もうその辺にしとけ、トウワ」
それほど大きな声ではなかったが、男の耳にはしっかりと届いたらしくピタリと拳が止まる。
喧騒はなりを潜め。
この場で意識のある者全員が、俺に視線を向けた。
「何だ?テメエも止めんのか?」
ギラつく目で、トウワが言った。
(完全にキレてやがる……)
ボコられてる男は、一体何を言ったんだ。
と思いつつも、だいたいの予想はついていた。
――大方、あの女の悪口でも言ったんだろう。
トウワが一人の女に入れ込んでる。
それは、俺らの間では有名な話だ。
それを気に入らない奴は多い。
おそらく今トウワにボコボコにされてる男も、その一人。
確か、トウワを崇拝の域で慕っていた奴だった記憶が、朧げにある。
今度は本当に溜め息を吐いて、トウワに言葉をかけた。
「――これ以上やると、大学退学になんぞ?」
「っち」
そんな俺の言葉に、トウワは舌打ちして。
胸ぐらを掴んでいたぼろ雑巾よりボロボロな男を、ポイッと床に投げ捨てた。
そして。
不機嫌そうな表情を隠しもせずに、俺の横を通って店を出て行った。
“大学退学”。
それが、今のトウワを止められる唯一のキーワードだ。
この言葉を言えば、トウワは不機嫌を全面に出しながらも俺の言い分を聞き入れる。
何でそこまで拘るのか。
トウワが大学に固執する理由を――多分、俺は知っている。
それは。
親が怖いから、とか。
世間体が、とか。
そんな理由からじゃない。
そんなの、トウワの中じゃ何の意味もない。
そもそも、あの大学に通うのを選んだのも“住んでるマンションに近かったから”ってだけの理由だ。
講義もくだらなそうに聞いてるだけ。
なのに、退学をチラつかせるだけでトウワが踏みとどまるのは。
あの大学に――“あの女”がいるからだ。
“あの女”――“松本奈夕”に、トウワが異常なくらい固執してるからだ。
今は春休みに入ったから違うが。
この間まで、トウワは毎日大学に来てた。
今、トウワはあの女から逃げられている。
同じ大学に通っているというのに、この一か月強は顔を見ることさえ、出来ていないだろう。
それでも。
顔が見れるわけでも、話せるわけでもないのに。
トウワは大学がある日は、毎日、登校してた。
遅刻や無断欠席の常習犯だった、トウワが。
講義自体は、相変わらずサボってばかりだったが。
大学構内にいるだけでも、今まででは殆どなかったことだ。
そんな風にトウワに影響を与えられる奴なんか、一人しかいない。
悔しくても。
ムカついても。
認めたくなんてなくても。
それが事実だ。
トウワは。
会えなくても。
話せなくても。
“あの女”がいる空間に。
“あの女”と同じ空間に。
居たい、と望んでるんだと。
認めるしか、なかった。
何であの女なんだ、という思いはある。
そんなにも好きなのか、という思いもある。
会えなくても。
話せなくても。
少しでも近くにいたいと。
そう思うほどに好きだったのか、という思いもある。
他にもっと良い女はいるだろう、と。
言ってしまいたくなる思いも、ある。
でも。
別れを切り出され、あの女に会えなくなったトウワは。
泣きたくなるくらい、ボロボロで。
むき出しの感情のまま、抑えきれない激情のままに荒れ狂ってて。
あの女じゃないと。
“松本奈夕”じゃないと。
――駄目なんだ。




