第21話 終話
セレスティアが魔女から教えられた「盟約の抜け道」を胸に、アシュトンの元へと駆け戻ったその直後だった。
セレスティアは、意識が朦朧としながらも自分の名前を呼び、涙するアシュトンの手を握りしめ、震える声で懇願した。
「アシュトン様……どうか、当主の座を、わたくしに……!」
アシュトンは、意識が混濁しながらも、セレスティアの切迫した願いを感じ取った。彼の脳裏にも、魔女の言葉が微かに響いていたのかもしれない。苦しげな息遣いの中、彼はかすかに頷いた。その瞬間、セレスティアはアシュトンの手を強く握り、心の中で当主の交代を強く願った。
すると、奇跡が起こった。
庭の「命の木」から、残された五枚の葉が、ふわりとセレスティアの元へと舞い落ちた。そして、アシュトンの体から、彼の体を蝕んでいた何かが、まるで霧のように薄れていくのが見えた。アシュトンの顔に、みるみるうちに血の気が戻り、呼吸が穏やかになっていく。
数日後、アシュトンは完全に体調を回復していた。魔女の盟約が、セレスティアへと移ったのだ。しかし、セレスティアの体に異変はなかった。
そして、当主の交代という奇策により、子供を作る道も開かれた。アシュトンとセレスティアの間に、重い盟約の影を落とすことなく、新たな命を迎えられる可能性が生まれたのだ。なにせ、子供が当主になって魔女の力を使ったとしても、アシュトンかセレスティアが当主に返り咲けば回数はリセットされる。
いままで誰も試すことの無かった抜け道。それを愛の力で掴んだのだ。
今日、クレイヴス領は二つの大きな喜びを迎えていた。一つは、セレスティアが正式に当主の座に就く「当主就任式」。そしてもう一つは、アシュトンとセレスティア、二人の「結婚式」である。
式典は、領都の広場で執り行われた。アシュトンの政策によって復興した領民たちが詰めかけ、二人の新たな門出を祝福している。壇上には、健康を取り戻したアシュトンと、当主の証である紋章を身につけたセレスティアが並び立っていた。
まず、セレスティアが新当主として、領民に向けて力強く誓いの言葉を述べた。彼女の言葉には、アシュトンの改革を引き継ぎ、この領地をさらに発展させていこうという強い決意が満ち溢れていた。領民からは惜しみない拍手と歓声が送られる。
続いて、二人の結婚の儀に移った。アシュトンはセレスティアの手を取り、その瞳を深く見つめた。彼の声は、会場中に響き渡る。
「セレスティア。私は、お前を心から愛している。病に倒れ、孤独に苛まれていた私に、お前は光をもたらしてくれた。領地の未来を共に悩み、苦しい時も、常に私の隣にいてくれた」
アシュトンの言葉に、セレスティアの瞳が潤んだ。彼女の脳裏には、初めて出会った時の怯えた自分、そしてアシュトンと共に歩んできた数々の出来事が蘇る。
「私は、この先、何があろうとも、お前を一人にはしない。お前が私を支えてくれたように、今度は私が、お前を、そしてこの領地を守り抜くことを誓う」
アシュトンは、セレスティアの手をさらに強く握りしめた。
「私の命は、今、お前と分かち合われている。それは、私にとって、何よりも尊い、真実の愛の証だ」
そして、アシュトンは、セレスティアの顔を優しく引き寄せた。
「愛している、セレスティア」
アシュトンの愛の言葉に、セレスティアはそっと目を閉じた。二人の唇が、重なり合う。それは、深い愛と信頼、そして未来への希望を込めた、熱い口づけだった。
広場は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。アシュトンとセレスティアは、共に手を取り合い、新たなクレイヴス領の歴史を、今、ここから築き始める。彼らの未来には、きっと輝かしい日々が待っているだろう。