罵倒のリズムって素敵よね
「ふん、お前が、古臭い田舎の王国の姫か。辛気臭い娘だな」
マルコ様……いやもう敬称もいらないよ。マルコ=アルマニオは第一印象から最悪だった。
あまりに失礼な言動に、私も含めて一同絶句。シリウス様の顔はますます真っ白に笑顔が張り付いた。細めた目に殺気が宿るのが私にもわかった。
「はい、コルテッサ=マルグリッドと申します。以後、よろしくお願いいたします……」
なんとか平静に務めてそれだけ絞り出したが、最後まで言い切らないうちにマルコが言い放った。
「勘違いしてもらっては困るが――。私はお前をお飾りの妻としか思っていない。そもそもこの縁談は母が勝手に取り付けただけの話だ。私は一切関与していない。したがってお前を愛することはこれから一生無いと知れ」
はぁ――
……えぇ、えぇ。どうせ、そんなことだろうと思いましたよ。
要するにこのド失礼な男も私と同じだ。親のいう通り結婚しろと言われただけという事。それについて、憤って、乗り気がしないのはわかる。私もそうだから。
でも、だからってこの態度はどうなの。
遠路はるばるやってきた私たちに嫌がらせと罵声を浴びせる?
人として、貴族として、無礼が過ぎるのよ。
「そんなに乗り気でないのならば、この婚約、なかった事にしてもよろしいのですよ?」
なので私も言ってやった。
一見、大人しく見えるかもしれないけど、私だって死霊の姫と呼ばれた不良姫だ。悪名なんて最初から轟いている。さらに一つや二つ増えたところで、別に気にしない。
「察するに、マルコ様はわたくしのことがお嫌いな様子。そんなものをお飾りとはいえ、傍に置くのも苦痛でしょうに。その様子では、愛人の一人や二人囲っておいでなのでしょう? それらの方とちちくりあって、お世継ぎでもなんでも作られたら良いのではありませんか?」
「なんだとっ!?」
私からの思いがけない反抗にマルコが気色ばむ。
「そもそも、その恰好はいかがなものですか!? なぜ平服なんです? なぜ、そのような崩れた姿なのです。わたくしはマルグリッドの公式な使者ですよ。国家間の礼儀も弁えない不調法ものが、大きな口をたたかないでくださいませ!」
私の恰好は黒と赤を基調とした、シルクのドレスだ。レースを添えて上品に仕立ててあるとっておきの一品だった。このあたりはリリアが完璧に調整してくれるので、安心して任せている。
一方この男ときたら、ヨレヨレのシャツに、申し訳程度にジャケットを羽織った姿。よくよく嗅いで見ると、どことなくお酒の匂いもする。おおかた朝まで飲んだくれていたのでしょう。
さらにいうと、ちょっと小太りだし、脂ぎっているし、顔もちっとも上品ではない。
隣にいるシリウス様の麗しい横顔を比較したら月とダンゴムシ。いや、ダンゴムシにも失礼ね。乾燥した鳥のフン。いえ、鳥のフンは肥料になるものね、それ以下だわ!
「貴様、よくも、よくも……」
私の一気呵成の罵倒に、マルコは顔を真っ赤にしている。なんて暑苦しいんでしょう。これではご婦人にもモテませんわね。
お互い、さぁ、次はどうしてやろうか、とにらみ合っている所で
「女大公殿下のおなーりー」
と従者が大声を上げた。
さすがにこうなってくると、敵の親玉は誰か、私にもわかる。
クランベルグ公国は、早くに老クランベルグ公が亡くなり、その娘が女大公として治める国だ。したがって、この国の主というのは、この失礼な男の母親、つまりエリザベス女公その人だ。
「田舎ものの娘というのは、心根まで野蛮人なようですね。こんな大声を上げて、みっともないとは思わないのかしら」
豪奢なドレスに身をつつみ、しずしずと出てきたのは、とても化粧の濃い中年女性だった。へぇ、この人が、この男の母親なのね。なんて意地悪そうな顔なのかしら。
「ママ! やっと来てくれた! こいつ酷いんだ!」
――――ママ!?
今この男、女大公のことを『ママ』と呼んだかしら?
人前で? 30歳にも近い成人男性が!?
あまりのことに、一瞬頭の中が真っ白になった。
横を見ると、シリウス様も、リリアもお口あんぐり。
これは、マザコンというものかしらね……
でももう関係ないわ。私は完全にこの婚姻をぶち壊す気でいる。
そしたら、もうこんな国すぐにでもおさらばですからね。
「一部始終をお聞きされていたと思いますので、端的に申し上げますが、ご子息の無礼は目に余りますわ。わたくしはマルグリッドの姫として、この度の婚姻を白紙に戻して頂きたいと思っています」
ちらりと私を一瞥したエリザベス女大公は、 はぁ――と深い溜息をついた。
「弁えるのは貴女よ、コルテッサ=マルグリッド」
ぴしゃりと言い放つ。思いのほか体の芯に響く声だった。
「貴女、この度の婚姻で、貴女の国にどれほどの結納金を送ったかわかりますか? また公式に締結した、経済支援は? 我が国は公国ながら、経済的にとても豊かなのです。田舎のイノシシ姫にはわからないでしょうが、そのお金で貴女の国は大いに潤ったでしょうね」
は? この女脅す気かしら。
そんなものに屈する私じゃないわよ。
「お言葉ですが、そのようなもの、耳をそろえてお返ししますわ。我が国は、屈辱にまみれてまで豊かでいようとは思いませんの」
「あらそう、では貴女の悪名はまだまだ轟くでしょうね。勘気と短気で国を傾けた愚かな姫として。それから貴女のその、下品で不吉なあだ名……【悪霊の姫】とかでしたっけ」
悪霊違う! 死霊! 死霊なの。私の可愛いお友達を悪霊とか言わないでほしい。
「このお話を受ける前から思っていましたわ。自らを悪霊の姫などと自称する娘。なんて痛々しいのでしょう、と。そういう悪ぶったセンスは、子供時代に卒業するものでしょう? それを聞いたときから、貴女のことは、取るに足らない嘘つきの子供であると思いましたのよ。そんな嘘つきの愛されない娘を大金を払って引き取るのよ。マルグリットには感謝をしてほしいくらいです。息子は身分は低いけれど、愛している娘がいるらしいから、せめて添い遂げさせてあげたいのです。しかし、我々は貴族でしょう? 外面というものがありますからね。ド田舎の痛々しい姫でも王族は王族。だからお金で買ったの。貴女のような嘘つき小娘は、お飾りの妻として、薄暗い部屋で一生妄想ごっこをしていればいいのよ」
エリザベス大公は一息でそれだけの事を、のたまった。
私は、その傍若無人な言いように……
――――ぶちっときた。
「もういいわ。もう限界。もう、我慢するのやめる……」
――みんな、やっちゃってもいいわ
――カタ
――カタカタカタ
――カタカタカタカタカタ
突然、部屋の調度品が細かな音を立てだした。
「な……何事なの、急に……」
異変を感じた女大公があたりを見回す。
リリアは慣れたもので
「あー、姫様の逆鱗触れちゃったしらなーい」
とシリウス様を伴って部屋の隅に退散していた。
私の怒りに伴って、部屋の燭台が明滅を繰り返す。
空気の質が一気に変わっていく。
長袖のドレスを着ていても凍えるほどの冷気があたりを包んだ。
長旅でストレスたまってるよね?
たまには、思いっきり遊びたいよね?
どこからともなく、風が吹く。
スカートの裾がひるがえり、黒い霧が立ち込める。
「――いいわよ。全員でてきなさい。好きに飛び回っていいわ。思い切りはしゃいで」
瞬間、私の足元からおびただしい数の死霊たちが次々と湧き出てきた。
キャハハハ! ケタケタケタ! キャキャキャキャ!
死霊たちは、部屋の中央に渦をまいて、飛び回る。
それに合わせて部屋の調度品が宙を飛んだ。
いくつか割れるような音も聞こえるけど気にしないわ。
私はもう、この子たちの好きにさせると決めた。決めたんだから。
「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーーーーーでたぁぁああ!!!!」
「う、うわぁぁあああああーーーーーー!!!!!」
死霊の奔流に巻き込まれた二人は大慌てだ。逃げようとしているが、逆巻くこの子たちの渦に阻まれて動けないみたい。
彼らの全力遊びはすごいもの。
初めてこの現象を見たお母さまも一週間は寝込んでいたわ。
まぁ、そのあと私は一ヵ月おやつ抜きになったけれど……
女大公たちは、死霊のサークルダンスの真ん中で逃げられず、泣き叫んでいる。
あんまりにも、みんなのことを馬鹿にするから、一度体験してみたら!
とみんなを出したんだけど、もしかしたらこの人たち、死霊を見るのが、そもそも初めてなのかもしれない。
嘘つきって、言っていたから、恐らくそうなのだろう。
シリウス様いわく、死霊は都会のほうでは、殆ど見ないものらしい。
人の営みが活発な場所では、死霊たちは存在しにくいとか。
だから、私のことを、嘘つきで妄想癖だとか言ってたのかな?
死霊たちに囲まれて、抱き合って悲鳴を挙げている二人を見ながらそんな事を思った。
◆
たっぷり十数分かけて怖がらせたあと、私は死霊たちを自らの影に撤収させた。
部屋のまんなかでは、涙と汗でボロボロになってへたり込んでいる二人の姿があった。
流石にやりすぎたわね……
一国の君主に対して、これは最悪、戦争になるかも。
国から追放したって事にして、私が海外逃亡したら、なんとかマルグリッドは無事にすまないかしら? さすがに無理かな……
「えー、こほん。あのですね。【悪霊】ではなくて【死霊】です。【死霊の姫】」
今更どうでもいいのだけど、一応、訂正しておく。あだ名とはいえ、他人の名前を間違えたままにするのは、失礼だもの。
「こんな娘、嫁にいらないでしょう? ね? また死霊たちをけしかけられても嫌でしょうし、ここは穏便に婚姻破棄ってことにしませんか?」
儚い願いを込めて頼んでみた。だけど……、
「――あ、悪魔……! 貴女悪魔よ! 異端だわ! 教皇庁がこんな存在許さないわ!!」
威厳も何もない姿ではあったけれど、敵意をむき出しにして、エリザベス公は叫んだ。
あー、やっぱりダメね。それはそうよね……
「きょ、今日は教皇庁の使者が来て、神の名のもとに誓いが交わされる予定だったのよ! きっと、もうすぐ使者がやってくるわ! その時、貴女は悪魔として告発されるのよ!」
ええ、それは困る……
死霊の存在は一応認知されているのだけど、教会中央のほうでは理解がすすんでいないと、シリウス様に聞いたことがある。
もし間違って、悪魔つきとか、魔女とかに認定されたら、待っているのは火あぶりの刑だ。
ただでさえ、呪われているのに、申し開きはできないかもしれない。
私はサーっと血の気が引いていくのを感じた。
「こ、こここ、こんなことをして、ただですむと思わないことね! 貴女の国も! 貴女も! 破滅するのよ、コルテッサ=マルグリッド! さぁ、教皇庁の使者はまだ!? 誰か早く連れてきてちょうだい!」
……あぁ、彼女の言った通りになっちゃった。
私の短気のせいで、国が滅ぶかもしれない。よくても私は死刑でしょうね。
……私も死んだら死霊になれるかな。そしたら、シリウス様とずっと一緒にいよう。
そんなことを思っていたら、
「教皇庁の使者ならば、最初からここにいますよ」
そう言って、場に進み出たのは、シリウス様だった。
「申し遅れました。クランベルグ大公閣下。わたくし、現教皇ハインリッヒの孫にして、教皇庁監査局所属、マルグリッド王宮司祭、シリウス=プリンシパルと申します」
一同唖然としたわ。
あっけにとられている私たちをしり目に、シリウス様はいつもの笑顔のまま、懐から書面を取り出し読み上げ始めた。
「クランベルグ公。貴女には教皇庁から、各地の教会への賄賂と、教会選挙での不正幇助の嫌疑がかかっています。ほぼ内偵はすんでいますので、言い逃れはできませんよ。まぁ、教会法でのことなので、この国での法的強制力はありませんが、よくて破門は免れないとお考えください」
つぎに――とシリウス様は続ける。
「この度のマルグリッド国とのご縁談ですが、教皇庁としても認めない、という旨をお伝えしに参りました。理由は……お分かりですよね? あまり世間には知られていないのですが、わたくしや現教皇ハインリッヒの生家はマルグリッドにありまして、我が国の姫殿下をこのように扱う国との縁談は教皇の権限を持って、無効とするそうです」
これがその、教皇の署名入りの命令書です。
とシリウス様は、呆然とするマルコ=アルマニオに書類を渡す。
「なっ……なっ……」
その隣では、エリザベス大公が、酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせていた。
驚くのも無理はないわ。かくいう私もすごく驚いてしまっていた。
あの優しい、プリンシパル翁が今中央で、教皇様をされているなんて!
都会の情報はほとんど入ってこないほどド田舎なマルグリッドだけど、流石に自分の国から教皇様が出たなんて大事件をみんな知らないなんて、辺境すぎる。
我が国ながら危機感を感じるわ……。
「さらに申し添えると、コルテッサ様の体質は、教皇ハインリッヒ自身が、マルグリッド国大司教時代に、教皇庁へ報告し承認されている現象です。今さら騒ぎ立てた所で、別段コルテッサ様は痛くもかゆくもないという事ですね」
「で、でも、そうだとしても! こんな無法がまかり通ると思っているの!? 」
「自業自得でしょうに。私は、姫とは幼いころからのお付き合いをさせていただいていますが、姫様はよっぽどの事がない限り、死霊をけしかけたりはしません。――そして、そのよっぽどの事を貴女はしました。仮に問題になったとしても、私が証言しますよ」
「そ、そんな……、そんな……」
エリザベス公は、がっくりと肩を落とし、それきりへたり込んでしまった。
「シリウス様!」
私は、彼の元へ駆けていく。
「すいません、コルテッサ様。実は、この縁談は最初から、破談にするつもりでご同行させて頂いていたのです。コルテッサ様からクランベルグの名が出たときにはもう、教会法違反の調査が済んでいたので」
とシリウス様は、困ったように笑う。
「いいの、そんなことは、もうどうでもいいのです!」
それよりも、私は嫌で嫌でしょうがなかったこの婚姻から、シリウス様が救ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
思わず涙が零れてくる。
溢れた涙でにじんで、シリウス様のお顔がぼやけてしまう。
「姫にお借りした、この子が祖父との連絡役を果たしてくれました。すごいですね。彼はこの距離を、手紙と共に一晩で往復してくれましたよ」
シリウス様の影から、にゅうと、元子猫の死霊が出てきた。
どうだ偉いだろうというように、私たちの周りをくるくると回る。
「すごかったのね、あなた。ほんとうにありがとう」
私は涙を拭きながら元子猫死霊の頭をなでる。
ひんやり半透明の彼は私の手をすり抜けたけど、とっても誇らしげな顔をしていた。
「では、姫様。もうここには用はないと思われます。帰りましょう。私たちのマルグリッドへ」
いつも通りのとっても優しそうな微笑みをたたえて、シリウス様が手を差し伸べる。
私はそれにとっても感動してしまって、
「はい、帰りましょう。みんなで一緒に!」
手をとるのを通りこして、シリウス様の胸に飛び込んでいってしまった。
シリウス様は大変慌てていたけれど、そのまま私を受け止めてくれて、私は自分のしてしまったことに気づいて赤面。
だけど、
「大丈夫です、姫様。もし許していただけるのならば、今しばらくこのままで……」
改めて、しっかりと、抱きしてめてくれたのでした。
こうして、波乱に満ちた、私たちのクランベルグ旅行は幕を閉じたのです。
読んでくださりありがとうございます!
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