クランベルグの夜
遠方のクランベルグ公国は馬車でも5日かかる距離だった。
実家のマルグリッドより都会で、公国であるが、商業で栄えているお金持ちの国。
マルグリッドはワインの産地でどっちかというと田舎の農業国だったから、都会というものがあまり想像できない。
ガタゴトと馬車に揺られる最中。私の心はここにあらずだった。
だって、目の前に、シリウス様がいるから。いつも通りの優しげな瞳で、見つめてくる。ずっと、ずーっと、見つめてくるのだ。
……ちょっとまって、つらい。そんなに見つめられると平静を保てなくてつらいの。
「あ、あのシリウス様? そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
「おや、申し訳ない。レディをいつまでも凝視するのは失礼でした。しかし、どうか許してください。本日の姫もあまりにも可憐なのでついつい、見惚れてしまったのです」
――まって、まってシリウス様。貴方、そんなことを言う人でしたっけ?
直接的にほめられて、思わず顔に熱がのぼり私は、目を伏せてしまう。
あの聖堂での日から、シリウス様の様子がおかしい。
まず、私の輿入れにシリウス様が同行すると言い出したのだ。
「クランベルグにも司教はいらっしゃるでしょうが、ここはぜひ、私が姫様の婚姻の祝福をさせていただきたいのです。姫様は幼いころからの縁深き方。是非にも、お願いしたいのです」
お父様に直談判をし、一歩も譲らなかった。
お父さまも先代プリンシパル大司教様には大恩があるからと、最終的には折れて、クランベルグ側と交渉をしてくれた。
そうして、交渉はすんなりといき、シリウス様も同行できる運びになった。どうやら、死霊の姫の婚姻など、クランベルグ側の司教が誰もやりたがらなかったという事情もあるらしいのだけど。
そんなこんなで、シリウス様と馬車旅行ができる機会に恵まれた私だったけど、なぜかグイグイくるシリウス様に圧倒されている。もちろんうれしいのだけど、恥ずかしすぎて、ろくに目もあわせられない。
隣にいるリリアも、ニヤニヤ笑うばかりで助けてくれないし……
「ときに、コルテッサ様」
「ひゃい」
あ、変な声出た。動揺しすぎよね。
「今も死霊たちはついてきていますか?」
「は、はい。馬たちが怯えるので、私の影に入ってもらっていますけど……」
死霊たちは実は、別に陽の光なんかは苦手としない。いつでも好きな時ふわふわと漂って好きなようにふるまっている。でも、私の周り以外ではそんなに見かけない存在だ。
それはなぜかというと、この子達は基本的に影に潜む習性があるからだった。
今も私の足元の影に、沢山の死霊たちがついてきている。
「そうですね……あの猫の子は、今出てこれますか?」
「は、はぁ。出せます、けど……おいで」
私が合図をすると、足元からにゅーと、小さなしっぽと耳のついたまん丸半透明な死霊が一体出てきた。
「やぁ、久しぶりだね。彼と少し話しても?」
え、シリウス様も、死霊と話せるの? 初耳だった。たしかに死霊にむかって語りかけているのは何回か見たことはあったけど、一方的なおしゃべりだと思っていた。
シリウス様はしばらく小声で元猫霊に話しかけていた。どうも話がまとまったらしく、元猫霊は、しゅるると、足元の影に入ってしまった。
シリウス様の足元の影に。
「え、え、え?」
「すいません。もう入ってしまいましたが、彼をしばらくお借りしてもいいですか?」
「それは、別に、いいんですけど……」
もともと私の所有物じゃないしね。
本人(本猫? 本霊?)がいいのなら全然いいのだけど……
「彼にはちょっと仕事を手伝ってもらおうと思いまして。何ぶん出先なので、まさしく猫の手もかりたいのですよ」
珍しく冗談をいうシリウス様。相変わらずニコニコと笑顔は崩さないけど、一体何を考えているのか最近まったくわからない。
「大丈夫、悪用はしませんよ。ですからそんな怪訝な顔はやめましょうね」
いけない。思い切り顔に出てしまっていたみたい。
私はとりあえず、下を向いてやり過ごすことにした。
しばらくして、ちらりと、シリウス様の顔を見る。
今度は、馬車のガラス窓からどこか遠くを眺めている様子だった。
◆◆
クランベルグについた私たちを待っていたのは、盛大な歓待――などではなく、数人の使用人だけだった。
王宮執事長のハンスさんは何とも言えない顔をして、私たち一行を迎える。
言葉少なく、案内されたのは、ずいぶんと日当たりの悪い、廊下の端にある部屋だった。
「奥様のお部屋はこちらになります。ご同行の方々はお隣のお部屋で」
必要な事だけ伝えたらそれっきりいなくなってしまった。
「なんだか、明らかに冷遇された気が……」
リリアがいうのも無理のない話ね。
この部屋の状態を見るだけでわかる。ああ、歓迎されてないなって。
部屋の中は日当たりが悪いってもんじゃなかった。そもそも掃除をしたかどうかすら怪しい。部屋の隅にはほこりが残ってるし、窓も木枠の雨戸が閉まったままだ。
こんな対応、わざと以外ではありえない。
「外交問題ですね、これはっ!」
しょうがない事……と一瞬思いかけたけれど、リリアが鼻息荒く怒りだした。
「姫様。抗議をしましょう。我が国は田舎とはいえ、正式な王国です。格下の公国風情に馬鹿にされてはなりません。我々は公式なマルグリッドの代表です。何か言われても私が対応しますから!」
確かに、私はマルグリッドの姫として来ているのだ。このまま黙っているというのは良くないかもしれない。
シリウス様はどう思ってるのかな――と横を見ると、
シリウス様の顔に、見たこともないような、真っ白な笑顔が張り付いていた。
「……ちょっと失礼。先方と私が話してきます」
「あ、では私も……」
「いいえ、コルテッサ様はここにいてください」
そういって、シリウス様は笑顔のまま、出て行ってしまった。
「シリウス司教……怒ってますね、あれ」
「あ、やっぱりあの笑顔って怒ってるのよね」
シリウス様って、怒るときも笑顔なんだ……と少し笑ってしまった。
しばらくして、シリウス様はハンスさんを伴って帰ってきた。ハンスさんによると、手違いがあったらしく、部屋が用意できない。主人であるクランベルグ女公は公務で不在で、謝罪もまた後日正式に……という話だった。
じゃあ今夜の宿はどうしたら……と思ったけれど、シリウス様が教会関係を当たってくれて、クランベルグの教会に泊まる事ができることになった。
シリウス様は流石司教様だけあって、クランベルグの教会にも顔がきくらしい。
都会の教会は、貴族が滞在する事も想定していて、しっかりとした貴賓室が用意されていた。
私は、教会の貴賓室の窓からクランベルグの夜景を眺める。
至る所に灯がともっていて、こんな夜なのに出歩いている人が多い。実家のマルグリッドとあまりに違う景色に、異国に来たんだなと実感した。
「明日は、マルコ様と顔合わせ、ね……」
私の旦那様になる予定のマルコ=アルマニオ=クランベルグ。
どんな人なんだろうか。ついて早々、私たちを冷遇したのは誰?
きっと明日もいろいろあるのだろう。
「あーあ、マルグリッドに帰りたいな……」
どうせなら、シリウス様が、どこかにさらって行ってくれればいいのに。
そう思いながら、クランベルグの夜は過ぎていった。
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