第五十七話 信じても許しても傷つくからね
瞳を開けて目に入ったのは、ゼリアだった。
ゼリアは、じと目で私を見つめて「やっぱりわからない」と嘆息をついた。
「恩人様、そういうのよくないとゼリアは思うの」
「そうね、ゼロからしたら、裏切りに見えたのかも」
「ううん、魔王様は恩人様を信じてる。だからこそ、何をしても信じるからこそどんな行為も見過ごして許さなきゃいけない。とても辛くて傷つくわ、きっと。あとで魔王様に会いに行ってね、怯えてたわ」
「うん……有難う、ゼリア」
私の声に、ゼリアは深々とため息をついて、少し苛立っている様子であった。
「恩人様、ゼリアね、魔王様の気持ちとっても分かるの。ほら、とと様はゼリアのこと女として全然見てくれないどころか、逃げ出すじゃない? そういう姿はゼリアは可愛いって思うけれど、傷つかないわけじゃないのよ。許すことは傷つかないことではないのよ」
「……うん。とても、身勝手だって思ってる。けど、これはきっと私の因果だから。私が解決すべき問題なの」
「難しいね、恩人様。そうそう、あの魔崩れはとと様が今は診てるわ。相当心にダメージを負っていたけれど、恩人様の魔法で少し良くなったからあとは治癒団で何とか出来る可能性もあるって」
「……分かった、有難う、今すぐ」
向かおうとすると身体は崩れ倒れかけ、ゼリアが支えてくれて首を振った。
「駄目よ。ゼリアは今は、魔王様にも魔崩れにも会うべきじゃないと思う。今は、そうね。寝て体力回復させて、魔力も。それで、明日、二人に会えばいいと思うの」
「……ゼリア、いつの間にか本当に大人になったのね。あんなに小さかったのに」
「運命の人と出会えたから。とと様のことうんと大事にするって決めたの。恩人様は、どちらを大事にするのかしら。ゼリアは、まだ少しそれが分からない」
ゼリアは微苦笑して私の頭を撫でると部屋から出て行った。
入れ替わりでやってきたのは、ラクスターだった。
ラクスターはいつもなら少し懐いた子犬みたいな仕草を見せるのに、今は険しい顔をしていた。
「奥様、なーにしてんだよ。折角アンタ自身で魔物たちから信頼勝ち取ったのに、少しざわついてるぜ」
「そうね、少し考えなしだったかもしれない。それでも放ってはおけなかったの」
「だろうな、オレはまあ? そういう? 奥様予想してたから、ざわつかねえけどな!」
一瞬でやっぱり懐いた子犬みたいな笑みを見せてくれたので、私はほっとした。
状況をラクスターから聞こうと思った。
ゼリアも魔物だし私の味方ではあるけれど、百パーセント私の気持ちを分かってくれるとは思えない。先ほど、そういう「宣誓」をしたように見えた。
私に何か思惑があったとしても、ゼロを傷つけるのなら理解しあえないから頼らないでね、と瞳が言っていた。
だけど、ラクスターは何があっても、私の気持ちを汲もうとする意思が見える。
少しだけ私もずるい人なんだと思う。味方でない限り話そうとしないなんて。
でも、今は否定の言葉より、どうするかや、していきたいことに必要な情報が欲しかった。
「アルギスは今精神面が落ち着いて、眠っている。魘されてるんだけどな、その寝言でひっかかるんだがもしかしたらアルギスはヴァルシュアと揉めたかもしれないな」
「じゃああの傷はヴァルシュアが傷つけたってことかしら」
「ワンチャンだがアルギスが、謀反したのかもな」
「……何でかしら」
「さて、そこまでは探りきれてねえ。魔王も探る気はないみてえで部屋に閉じこもっている。シラユキ姐に魔王のことは少し任せてある。姫さん、覚悟はあるか。冷たい眼差しを受けてでも、アルギスを何とかしたいって想いはあるか? 覚悟がないなら、今なら魔王に許しを請えば皆も気の迷いだって納得してくれる。だが、ここから先は茨道だ。オレにも何が誰がどうでるか予想つかねえ。それでも博打する度胸はあるか?」
ラクスターの眼差しが少し真面目になってるところで、私の意見は最初から決まっている。
ラクスターは予想していたからこそ、悲しげに笑う。
「あの人をおかしくしたのが私なら、治すのは私の役目なのよ」
「明日、明日だ。今日はよしとけ、明日アルギスに面会しよう、いいな? それと。これだけは覚えておけ。オレの主は、お前だ。誰が敵だろうと、誰が唾かけようと、盾になってお前を庇うのはオレだ。誰かが石投げるなら、噛みついてやるよ。だから、オレだけは信頼してくれよ、何があってもな」
有難うと告げると、私はまた微睡みに身を任せて眠りに就いた。