第四十四話 蒼い花の中で、貴方にだけ聞こえない告白を。
ラクスターとはやがて四合目まできたあたりで、また休憩に――いえ、今晩はもう休みましょうということで山の中でテントを張り、眠ることに。
私だけがテントに入るのも気が引けると言ったら、ラクスターは十五分だけ一緒にテントに入ってくれた。
十五分私に子供を寝かしつけるように、私の頭を難しい顔で撫でてくれていた。
「ウルはさ、魔王の何処がいいわけ?」
「どうしたの急に」
「アルギスが諦めてくれる弱点になるんじゃあねーかなあって思って……オレの為でもある」
「ゼロはね、一番に私のこと考えてくれるの」
「そんなんオレもだし」
「えっと……大事にして、くれる」
「オレもじゃん!」
「ラクスター……惚気が聞きたいの聞きたくないのどっちなの。不貞腐れてる」
「オレはッ、お前があいつじゃなきゃ駄目で、あいつもお前じゃなきゃ駄目な理由が知りてえの!」
ラクスターは唇を尖らせたまま私の髪の毛をくしゃりと撫でた。
私は微笑んで、ラクスターの頬を撫でる。ラクスターは一気に顔色を真っ赤にさせた。
「な、んだよ」
「ゼロのことをね。信じなきゃいけないの。私じゃないと駄目だって。でも、私にはまだ少しだけゼロを信じ切れてない部分があるのを、今貴方と話してると感じる」
「どうしてだ? あの牛、浮気でもしてんのか」
「こら、わくわくしながら言わないの。……私は心の何処かで、また置いて行かれないかが怖いの。それだけよ、置いて行かれない確証が欲しいの」
「……他の奴らには、置いて行かれたら寂しいって思わないのか?」
「他の人には、私にそうする義務も義理もないわ」
「……ならさ、それが綺麗な形じゃねえとはいえ、お前が魔王を特別扱いしてる確たる証じゃねえの? 信じてないって言いながら、お前は信じてる。信じてないって言うのは、何かがあったときの保険だろ」
随分と大人びた考えをするラクスターに驚いてると、ラクスターは考え込んでからおでこにキスしてくれて、真っ赤な顔で外の見張りに出た。
私は寝袋の中で、考え込む。
私は、本当はゼロを信じ切っている、のかな……だとしたら、それはとても素敵なこと。
今はただゼロの穏やかな笑顔が見たかった。
*
ラクスターと二人で雷頂の山頂にまで来ると、あたりは青い花でいっぱいの花畑だった。
荘厳に美しく咲く景色に私は目を輝かせた。
こんな事態だというのに、花畑に胸をときめかせた。
「ほら、摘んでこいよ」
ラクスターに促され、私は大きく頷き張り切る。
摘んでる途中でラクスターが私に声をかける。
「オレさあ、認めたくない思いがあったんだ」
「なあに? ここ、山頂だから風が強くて聞こえないの」
「いいんだ、聞こえなくて。オレ、最近気づいたが多分ウルが好きだった」
「聞こえないってば! なあに?」
「好きだったんだけど、好きになったんだけど、オレはお前が幸せでさえあるのならそれでいいことにしてやる。オレは寛大だからな」
「寛大、しか聞こえないって!」
「奥様って呼ぶのにもいつか慣れていくよ。慣れなきゃいけねえ、お前を想うなら。ただ、雷頂にいる間だけ幸せな勘違いさせてくれねえか? これが、オレとお前の最初で最後のデートだってさ。そうすりゃ、ずっとこの思いは閉じ込めていくよ、お前困りそうだしな」
ラクスターは今までみたいな気易い笑顔で何かを言ってるのに聞こえないから、花を持って近づけばラクスターに力一杯抱きしめられた。
普段の支えるような抱きしめ方と違う感覚がした私は、ラクスターの顔を伺う。
ラクスター?
「どうしたの」
「べっつに。オレの淑女は今日も別嬪だなと思って」
「何よいきなり」
「……オレの主がお前で、本当によかった。嫌なときもあるが、良かったっていまは思うよ」
ラクスターは間近で顔を両頬を手で挟んで、見つめていたのにへらっと笑い。早くさっさと摘め、と私を突き放した。
私は分かってると頷いて満足のいく量を積み終えると二人で下山していった。
城につけば、ミディ団長が薬を作ってくれて、私はそれをゼロに少しずつ飲ませ、寝ずの番を過ごす。
うとうとしかけて微睡んでいる時に、ラクスターとシラユキの声が聞こえた気がした。
「決着はつけてきましたの?」
「シラユキ姐気づいてたの?」
「あんな分かりやすい態度気づいてないのは奥様くらいだと思いますわ」
「……好きな人の幸せを願う姿って、昔話でよく描かれてたがオレには分からなかった。欲しかったら奪えばって思っていたのにな。今なら見守る気持ちが分かる、それが答えだ」
「だとしたら魔王様も不問にすると思いますわ」
「そりゃあ有難いな?」
二人して楽しそうに話すのだから、ずるい、私も入れて。
脳でそんなことを願いながら私は眠っていた。
次の日誰かの眼差しを感じる。
私がそっと起きると、意識を取り戻したゼロが私を見つめていた。
それだけで私は泣いてしまった。
ゼロ、ゼロだめね。私はもう、貴方がいないと駄目ね。
泣きながらそんなことを言うと、ゼロは笑って嬉しそうに私の背中を抱きしめ撫でてくれていた。