なんと別口で狙われているようですっ!②
校門そばで透流さんと別れた私は、ひとりで自分のロッカーへと向かう。
いろんなことを聞いたあとだからか、これからの試験も頑張ろうって気になりつつロッカーの扉をあけたわたしは、そこに一枚の紙を見つけた。
――やだなぁ。
このパターン。
前回は留城也先輩からの呼びだしだったっけ。
また先輩からかな。
そう思いながら、わたしは紙に手をのばす。
そして、二つ折りにされたB5サイズの紙を開いて絶句した。
前の留城也先輩からの手紙はルーズリーフの紙に書かれた手書きだった。
けれど、今回はワープロで打たれた無機質な文章。
『試験を受けるな。さもないと留城也を襲う』
背中を、冷やりとしたものが流れた。
留城也先輩じゃない。
けれど、この相手は、明らかにわたしがメンバー選出試験中だって知っている。
どうしよう?
わたしはその場で立ち尽くし、考えを巡らす。
そういえば前に、凪先輩と透流さんの会話の中で、試験は極秘だとしてもばれるものだし妨害も考えられるって言っていた。
だとしたら、これは第三者からの妨害なのだろうか。
一瞬、先ほど別れた透流さんを追いかけて相談するか、凪先輩に連絡をしようかと思ったけれど。
あのときの会話を考えると、この妨害はきっと、メンバーにとっては想定内だってことよね。
昨日の調理実習中で思い知らされた周囲を巻きこむ危険性を改めて感じた上で、わたしは決心する。
頼ってばかりじゃ進歩がない。
中里先生も、わたしに反撃を考えろと言ったじゃない?
わたしはその場でカバンをあけ、ペンケースからシャーペンをとりだすと、脅迫文が書かれていた紙をひっくり返す。
そして、大きな文字ではっきりと書いた。
『留城也先輩はあなたたちなんかに負けない。わたしの周りの人間を人質にしても無駄よ』
その紙を元通りロッカーの中へ、わざと目立つように置く。
そして、わたしはなにかやり遂げた気になって、意気揚々と生徒会室へ向かった。
わたしの姿が見えなくなった直後に、その紙を置いた人物が、返された紙を握り潰しながらつぶやいたことも知らないで。
「――この程度の脅しには屈しないってことか。いざとなりゃ、手錠なんかの古典的な方法をとれば、本当に電波くんを拘束できるけれど。――昨日の二次試験で周囲巻きこみに対する覚悟ができちゃったってわけね……」
生徒会長用の大きな机の上に手を乗せ、指先でコツコツと机上を叩いて聞いていた凪先輩は、勢いこんで報告したわたしに向かって、おもむろに口を開いた。
「それで、きみが返事を記した紙は別物で、当然その相手からの脅迫状はここへ持ち帰ってきているんだろうな」
「え? あ――返しちゃいました……」
首をすくめながら語尾小さく返事をしたわたしに、凪先輩は雷を落とした。
「馬鹿者! 手書きでなくともインクや活字体から使用機種が絞れるんだ! なぜ証拠品として持ってこなかった!」
「ひゃん!」
あたしは頭を抱えて悲鳴をあげた。
だって、あのときはテンパっていて、言い返すほうが最良だと思ったんだもの!
凪先輩に怒鳴られたわたしは生徒会室から追いだされ、ロッカーへ走って戻ったけれど。
当然ながら、もうその紙は差出人に回収されたあと。
登校する生徒でごった返したロッカー前で、わたしは困り果てながら立ち尽くすしかなかった。
勢いこんで脅迫状に対抗したとたんに、いきなり大きなミスをしちゃった。
あれだけ慎重に行動しなさいと、身をもって中里先生から教えられたのに。
一日二日で習得できるとは思っていなかったけれど、全然進歩がないといわれても仕方がない。
ロッカーからふたたび生徒会室へ報告に行き、こってりと凪先輩に絞られたわたしは、すごすごと自分の教室へと向かった。
――それに。
いまさらだけれど、脅迫状を突き返す形になって、このままで済むのだろうか。
大きなため息をつきながら階段をあがっていると、ふと、周りに生徒の姿がいないことに気がつく。
同時に、始業のチャイムが鳴りはじめた。
大変だ。
ロッカーと生徒会室を往復したために、一時間目の授業がはじまる時間になってしまったんだ。
わたしは慌てて四階までの階段を駆けあがり、教室へ向かおうと廊下を走ろうとした瞬間。
背後から口をふさがれ、そのまま教室のある方向とは反対にある美術の準備室へと引っ張りこまれた。
扉が閉められカーテンがひかれた薄暗い準備室に、ぼんやりとふたり分の人影が一瞬だけ確認できたけれど。
すぐにわたしは、うつぶせに押さえこまれた。
突然すぎて抵抗する間もない。
それでも、ようやく押さえつけられた相手の腕を跳ねのけようとしたとき、目の前にカッターナイフを突きつけられた。
わたしはぴたりと動きをとめる。
「きみっていま、なにかやっているんだって?」
「そのやっていること、やめてくれないかなぁ?」
耳もとでささやかれる、状況を楽しんでいるような忍び笑いが含まれた男子の声。
わたしは恐怖と気持ちの悪さで、全身に鳥肌が立った。
この人たちが、朝の脅迫状を送ってきたの?
それに、いまのこの状況って、わたしが脅迫状を突き返したせい?
留城也先輩を襲っても人質をとっても、わたしがいうことをきかないって思ったから、直接わたしを脅しにきたってことなの?
わたしが一切の抵抗をやめたためか、背中で馬乗りになっていた男子が押さえこんでいた力をゆるめた。
わたしの傍らでしゃがみこんでカッターナイフをちらつかせた男子が言葉を続ける。
「ウンって言わないと、いつまでも俺たちがきみを閉じこめることになっちゃうよぉ? 薄気味悪い電波くんを拉致るより、俺らとしては断然オンナのコのほうが楽しいけれどさぁ」
そして、男子ふたりはそろって笑った。
――わたしの中で、ゆらりと怒りの炎があがる。
同時に、パニックを起こしていた頭の中がひんやりと静まった。
「――」
発したわたしの声が本当に届かなかったのか、それとも、もっと状況を楽しみたいのか。
しゃがんでいた男子が、カッターナイフを持っていない片手を耳もとにわざとらしく寄せると、わたしのほうへ身体をかたむけた。
「なに? 聞こえないなぁ。もっと大きな声で言ってくれなきゃ」
「留城也先輩より、あなたたちのほうがよっぽど薄気味悪いわ!」
叫ぶと同時に、わたしは背中で馬乗りになっていた男子ごと身体を起こして立ちあがる。
転がり落ちた男子には見向きもせずに、わたしはそばに置かれていた美術教材となる胸像をゆらりと持ちあげて、カッターナイフを手にした男子へと振りかぶった。
美術の先生がお気にいりとの噂がある鋳物のミケランジェロ胸像だけれど、構うものか。
少しの理性が相手に怪我をさせないようにと働き、わたしの投げつけた胸像は、カッターナイフを持った男子の横の壁へとぶちあたる。
準備室の壁は大きく振動して、見事に巨大な穴が穿たれた。
口をあけて呆然と穴を見つめた男子は、壁に背をあずけたまま、腰が抜けたように座りこむ。
わたしは、そばにあった次なる像へと手を伸ばした。
少し小ぶりのミロ島ヴィーナス全身像を引き寄せ、両手で高々と掲げて男子の前に仁王立つ。
そのとき、わたしの背から転がり落ちていたもうひとりの男子が、準備室の扉へ向かって叫び声をあげながら逃げだした。
それを合図に、カッターナイフの男子もわたしの前から這うように逃げだし、明るい廊下へと転がりでる。
わたしはヴィーナス像を壊れない程度に乱暴に置くと、ふたりのあとを追うように準備室から飛びだした。





