なんと別口で狙われているようですっ!③
ひとりは腰を抜かしている。
追いかければ捕まえることができるかも。
そう思ったわたしが廊下へ飛びだしたとたん、目の前に立っていた人影にぶつかった。
バランスを崩したわたしの腰に、するりと腕が巻きつく。
そして、顔をのぞきこんできた紘一先輩に気がついて、わたしは悲鳴をあげながら突き飛ばすという動作を危うくとめた。
「どうしたの? 桂ちゃん。いま、きみがくる前にふたりの生徒が飛びだしてきたけれど」
「紘一先輩! そのふたり、どっちへ逃げました? 捕まえないと!」
「あ、ごめん。きみも飛びだしてきたから、きみに注意が向いていて彼らが逃げた方向を見ていなかったよ」
紘一先輩の言葉から彼らに逃げられたと感じたわたしは、がっくり肩を落とした。
そして、自分の身体にまわされた腕に気がつき、慌てて紘一先輩の腕の中から飛びのく。
残念そうな視線を向ける紘一先輩をちょっと睨みつけながら、わたしは心に浮かんだ疑問を口にした。
「紘一先輩は、なにをしているんですか? もう授業がはじまっているんじゃ……?」
「オレはヤボ用。まあ、はっきり言えば、電波くんが体調不良で登校直後に保健室へ行ったって聞いたから、様子をうかがいに行こうとしていたところ」
「え? 留城也先輩、なにかあったんですか?」
「いや、いつものサボりだと思うけれど。そういう桂ちゃんは? きみこそこんなところでどうしたの? いまのふたりは見たことのない生徒だったけれど。彼らとなにかあった?」
「わたしは……」
あとから湧きあがってきた恐怖心や怒りを抑えて、わたしは紘一先輩へ起こった事実だけを簡単に告げる。
すると、紘一先輩は顎に指を添えながら、少し考える表情になった。
「このこと、凪先輩には知らせておいたほうがいいかも。オレから報告しておくよ。先輩なら、この一時間目に遅れた奴や休んだ生徒を調べられるだろうし」
「それは――困る!」
わたしは慌てて紘一先輩をとめる。
朝から怒られたばかりだし、凪先輩にもよけいな手間と迷惑をかけてしまう。
「報告は、やめてもらえますか?」
顔の前で手を合わせたわたしは、上目づかいで紘一先輩の顔をうかがった。
「え? なんで――って聞こうと思ったけれど。そうか、朝から凪先輩に叱られていて、また怒られたくないのか。桂ちゃんにそんな眼で見つめられながら頼まれると、オレとしては断れないなぁ」
――今朝、すでに凪先輩に怒られたって考えたこと、いま、読まれた。
笑顔でさらっと口にした紘一先輩の言葉に、わたしはできるだけ感情が揺れないように心がける。
その甲斐があったのか、紘一先輩は変わりない態度で言葉を続けた。
「その、さ。桂ちゃんは女の子だろう? オレとしては、危険なことにわざわざ首を突っこまなくてもいいと思うんだ。というか、本当なら桂ちゃんに試験をリタイアしてもらいたいくらい」
「え?」
逆に、急に違う話題を振られたわたしは、話の内容についていこうと慌てて訊きかえす。
満面の笑みを浮かべた紘一先輩は、わたしの顔をのぞきこんだ。
「オレは桂ちゃんのことを心配して言っているんだ。誤解しないでよ。ほら、いまだって襲われたわけだろう? 好きな女の子に怪我をさせたくないから」
「え? え?」
「やだなぁ。桂ちゃんは出会ったときから、オレのことを軽いナンパな男だって思っているだろう? オレは本当に桂ちゃんのことを可愛いって思っているんだよ?」
そういえば、出会ったときに彼氏がいないのかと訊かれたり、強気な態度は落としがいがあるってことを言われたような……?
好きな女の子って。
え~っ?
本気で言っていたの?
「やだなぁ。そんな驚いた顔をされると傷つくなぁ」
ヘロリと笑った紘一先輩は身をかがめ、わたしの耳もとでささやいた。
「本当にオレとのこと、考えておいてよ。桂ちゃんがメンバーに入らなくても想いは変わらない。それよりも、危険な目に遭わないほうがオレとしては嬉しいんだけれど」
そして紘一先輩は、心ここにあらずとなったわたしを教室まで連れていってくれた。
遅刻で授業に参加したわたしだけれど。
いろんなことが一度に起こって興奮状態の頭に、当然のことながら授業内容なんて入るわけがなかった。
教室の窓から見下ろしても、中庭は死角となる。
授業中とあって静まりかえった校舎の壁に背をあずけ、携帯を耳にあてた。
「なに勝手に逃げ帰ってんだよ。なんの成果もあがってねぇじゃん」
『どこがトロそうなオンナなんだよ! 話が違うだろ? 冗談じゃねーよ! あんな凶暴なオンナ。アンタの頼みでも、もう関わりたくねーよ!』
何度問いかけても、携帯の向こうからは恐怖しか伝わってこない。
そのまま、なんの収獲もなく相手からの連絡が途絶えた。
これじゃ、わざわざ外部の人間を校内に入れて襲わせた意味がない。
苛立たしげに舌打ちをしながら口にする。
「今年の受験者は、凶暴さが能力――なわけないよな」
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、大きく伸びをした瞬間。
あきらかに怒りの色を帯びた凪先輩の声が、校内放送でわたしを生徒会室へと呼びだす。
慌てて生徒会室へ駆けこんだわたしの目に映った場面は、大きな会長机の椅子にどっかりと座ってこちらを睨みつけている凪先輩と、その前で苦笑いを浮かべている紘一先輩。
ってことは。
「桂ちゃん、ばれちゃっているみたい」
思った通りのことを紘一先輩が口にしたとたん、凪先輩の雷が落ちた。
「当たり前だ! 桂、きみはその場にある物を投げることしかできんのか! 美術準備室の壁に巨大な穴を開けておいて、まさか気づかれないと思っていたのではないだろうな!」
思っていました。
すみません。
だって、結果的にはミケランジェロもヴィーナスも壊していないじゃない?
なんてうつむきながら、心の中で言い訳したけれど。
すぐに深呼吸をした凪先輩は、声の大きさを戻して言葉を続ける。
「だいたいの事情は紘一から聞いた。学校側の防犯カメラの画像をチェックしたところ、壁を乗り越えた外部からの侵入者だと判明した。ただ、残念ながら我が校の制服を着た上に顔が映っておらず、身元特定につながるものは映っていなかった」
「外部ですか?」
それって、この高校の中だけじゃなくて、辺り一帯の高校の人間にも、自分が審査中だという情報がもれているってこと? そんな不特定多数にばれているなんて。
蒼ざめたわたしに気づいた凪先輩は、口調をやわらかくした。
「桂、おまえはどうしたい? 能力をこのまま隠し続けるほうがいいのか。自分の能力をふるえる場所で、うまく使えるようになって能力とつきあっていく気はないのか? ――ぼくは自分の能力がうまく制御できないころ、使いこなして能力と共存することを選んだのだがな」
「もとからオレは、自由自在に使っているけれどね」
紘一先輩が口をはさむ。
そんな紘一先輩を目で制してから、凪先輩はゆっくりと言葉を続けた。
「昔、能力で他人に怪我を負わせてしまったことがある。向こうが悪かったとはいえ必要以上に大怪我をさせてしまったぼくも悪い。その上、目撃していた者たちの、ぼくをみる目つきが怯えに変わった。それらはすべて、うまく使いこなせなかった自分のせいだといまでも思っている。――試験期間はもう少しある。きみもいい機会だろうから、急いで結論をださずに向き合って考えろ」
そして凪先輩は、手を打ち鳴らして場の雰囲気を変えた。
「はい、解散! ふたりとも昼食をとりにいけ。とくに桂は、しっかりと体力を蓄えろ」
たちまち生徒会室の外へと、わたしと紘一先輩は放りだされた。
わたしもお弁当は教室に置いて飛びだしてきたし、ここは凪先輩の言う通り、お昼にしようと考える。
それに、凪先輩の最後の体力を蓄えろっていう言葉、今日の放課後にも次の試験があるかもってことを、ほのめかしているのかもしれない。
そうぼんやりと考えていたら、一緒に放りだされた紘一先輩がわたしの顔をのぞきこんで言った。
「桂ちゃん、お弁当なんだ? それじゃあたまには、一緒に中庭で食べない? オレとの付き合いも本気で考えてもらいたいしさ」
笑顔でそう言われたわたしは、頬を赤らめながらうなずいた。
そうだね。
試験が行われていないときは、普通の高校生活を考えていこう。
それにいまの状況って、よく考えたら、紘一先輩に告白されているようなものだし。
わたしを女の子扱いしてくれる紘一先輩。
こんなオイシイ状況を、少しは味わってもいいんじゃない?
そう思った瞬間。
「桂ちゃんもオイシイ状況って思ってくれているのなら、喜ばれているオレも嬉しいね」
つぶやいた紘一先輩に、わたしは照れ笑いを向けた。
――ああ、気をつけなきゃ。
恥ずかしいことは考えないようにしよう。
紘一先輩には読まれてしまうんだから。





