79. 次の場所まで
もうすぐ街に着きます。
おみやげは途中駅で買った、皮細工の小物入れだよ。
気に入って貰えるといいんだけど……
通信エリアに入ったことを確認し、翼は船上からツバサに連絡を入れた。
「翼さん!」
まるで忠犬のように、ツバサは屋敷の門の前でじっと彼を待っていた。
道の向こうから来た翼をみとめると、ツバサは目を輝かせた。
なのに次の瞬間、赤面して顔を伏せる。
予想以上に弾んだ自分の声が、少し恥ずかしかったんだろう。
翼だって同じ気持ちだ。
少しでも早くツバサとの距離を縮めたくて、門までの短い距離を全力ダッシュだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
ふたりで顔を見合わせ、照れ笑いをする。
「北川さんは、一緒ではなかったのですか?」
「うん、帝都に戻ってるってさ」
ツバサの足元には、手提げ鞄がふたつ置かれている。
そして手には、小ぶりな鳥かごが下げられていた。
ダイちゃんという名のマルホシドリが、かご中の止まり木にいた。
「その荷物は?」
「帝都への引っ越しが決まったんです」
ツバサは思わせぶりに、クスッと笑った。
そして彼女は、胸のポケットから手紙を取りだした。
蝋月からの手紙だ。
ツバサはそれを広げて見せた。
『卒業証書』
端正な、しかしどこか投げやりな文字で、大書きされていた。
直接手渡してやればいいのにと翼は思った。
しかし、さすがに蝋月も決まりが悪かったのだろう。
「卒業おめでとう。お祝いしなくっちゃね」
ツバサの制服姿も、きょうで見納めだ。
「ごめんなさい。戻ってきたばかりなのに。次の便で一緒に、帝都に行ってくれますか?」
「うん、もちろんだ」
翼がこの世界に来た日に馬車で通った道を、きょうはゆっくりと歩く。
この静かな街ともお別れだ。
「少し休みましょう。船の出発時間まで、まだ時間がありますから」
大通りまで来たところで、ツバサが提案した。
言い張って、ツバサの荷物を両手に下げた翼を気遣ってだ。
先日も立ち寄った雑貨店で、駄菓子を買った。
冷やし飴に似た香料の効いた甘い飲み物を、手持ちの水筒に詰めてもらう。
ふたつの鞄を椅子代わりにして、ふたりは道端でそれを食べた。
のどかな昼下がり、きょうはよく晴れていた。
先日の騒動なんて、まるでなかったみたいだ。
ツバサは焼き菓子をちぎって、手のひらに乗せた。
そして鳥かごの扉を開ける。
すぐさまダイちゃんはツバサの手に飛び乗り、菓子をついばむ。
すっかり、ツバサに懐いているようだった。
ツバサは翼に、出先でのことを話すようにせがんだ。
ゆらぎ姫を追ってきた二条桜木と出くわしたくだりで、ツバサは目を丸くした。
「で、二条隊長は何と?」
「んーん、なんとも。話しかけられなかったし、ぼくからも話しかけなかった」
「そうですか……そうですよね、隊長は翼さんのことを知らないんですもんね」
ツバサは少し寂しそうな顔した。
「でも、また近いうちに桜木さんとは会うことになりそうだ」
翼はひとつ、決意をしていた。
「この世界で、やりたいことが見つかったんだ」
「翼さんの、やりたいこと?」
「眠り続けている、おもかげ姫を起こしにいきたい」
間髪いれず、ツバサが言った。
「わたしも一緒にいきます」
「駄目だよ。ツバサには別に、やりたいことがあるんだろ。卒業して、やっとその夢が叶うんだぜ」
「対魔専戦隊は、消えてなくなったりしませんから。やるべきことをやったあとでも、遅くはありません」
「でもゆらぎ姫は、君の兄さんの……」
中野司は、姫を守るため死後も苦しむことになったのだ。
しかしツバサには、一遍の迷いもなかった。
「ゆらぎ姫様は、兄の大切な御方です。その御方を苦境からお救いしたい。それはおかしいことですか」
そう、翼の想いも同じだ。
その心の中にいる中野司は、翼に何も強いたりしない。
翼自身がそうしたいと思った。
それだけが理由なのだ。
「国中から集められた名医たちも、高名な術師たちも、桜木さんも、ゆらぎ姫だって……おもかげ姫を目覚めさせることはできなかったんだ。僕たちが何年かけて足掻いても、まったくの無駄に終わるかもしれない」
眠る姫の枕元で膝まづき、その唇にキスでもしてみる?
うまくいくわけもない。
ここはもう、予定調和で固まったストーリーの中ではないのだ。
そもそも翼はおもかげ姫の待つ、王子様なんかじゃない。
「それでも姫様が目覚めたとき、翼さんはそこに居なくては駄目なんです。兄さんの言葉を、姫に伝えることが出来るのは、翼さんだけなんですから」
目覚めたおもかげ姫を迎えるのは、最愛の人の喪失という残酷な現実だ。
きっと彼女は涙にくれる。
そうだ。その時にはツバサの存在も必要だ、と翼は気づいた。
翼が姫に語ることが出来るのは、中野司の思い出だけだ。
でもツバサは兄から受け継いだ意思を、切り拓いていく未来を、示すことができるだろう。
同じ色の力を持ち、同じ星を頭上に戴く、運命の相手……
初めて出会った時に、ツバサが翼に告げた言葉だ。
しかしすべての因果は暴かれ、中野翼の正体は白日のもとに曝された。
2人は赤の他人だ。
家族でも、恋人でもない。
友達というのは、ちょっと違う。
ツバサが運命と呼んだそれは、中野司の苦し紛れに紡いだ、いまにも切れそうな細い糸だった。
本当の自分はこんなにも、小さく、弱く、凡庸だ。
自分には、何の資格もないかもしれない。
それでも、翼は彼女の隣にいたかった。
ナカノツバサは、中野翼にとって特別な人だった。
「翼さんが嫌だと言っても、かってに付いていきます。どこまでだって」
あの時と同じように、ツバサはきゅっと翼の袖口を掴む。
もう、翼はどこにも行ったりしないのに。
心配そうな顔で、ツバサは彼をみつめる。
「嫌だなんて……とんでもないさ。ツバサが一緒に来てくれると心強い」
たくさんのことを言葉にすれば、感情が溢れてしまいそうで。
やっとそれだけ、言うのが精いっぱいだった。
ずいぶんと頼りない決意表明だ。
それでも、ツバサは嬉しそうに微笑む。
「きっとうまくいきます。わたしたちふたりなら」
「うん」
休憩は終わり。とツバサは立ち上がり翼の手を引いた。
「さあ行きましょう、翼さん」
これにて完結です。
ありがとうございました!
評価、感想、ツッコミ、ご指摘、叱咤激励などなど……もうなんでも。
どうか、よろしくおねがいします!(超必死)
作者は、4大週刊少年漫画誌を読んで大きくなりました。
そして十分大きくなったあとも、読み続けてきました。
いくつになっても憧れやまぬ世界を、出来る限りストレートに書いたつもりです。
読んでいただいて、少しでも楽しい気持ちになっていただければ幸いです。
ぜんぶ書きあげてからでないと、出せないタイプなもので。
次回更新までには、ずいぶん間があいてしまうと思います。
なるべく早く、戻ってこられるように頑張ります。
それではまた。
2015年8月 井上マイ




